第三章「植物劇場」-012
フロントには特に何もなく、その奥にはエレベーターがあった。しかしエレベーターにはまたもやベニヤ板が打ち付けてあり、出入りできないようになっていた。まぁ入ったところで電気が来てないと動かないだろうし。
階段もあったが、これも同様にベニヤ板が打ち付けてある。非常階段はビルの外に着いているが、これは一階二階部分までが溶断されており、下からは手が届かない。
駄目だ。上に登る方法はなさそうだ。紙と筆記具も手に入らないし、完全に無駄足だったようだ。
俺は出入り口に向かう途中で、カラオケスナックを覗いてみた。こちらも喫茶店同様、店内は綺麗に片付いている。伝票やレシートの切れ端でもいい。俺はもう一度、紙と筆記具を探したが、やはり見つからない。
紙には拘らない。『学園』内で手に入るティッシュやトイレットペーパーよりは、文字を書くのに適したものならいい。あとは俺が『学園』に持ち込めるサイズ。
駄目か。見たところ紙や筆記具はない。諦めて出ようとした時、それが目に入った。
ここはカラオケスナックだ。カラオケボックスではない。おそらくビジネスホテルの宿泊客が、夜に時間を潰す為のものだろう。
だから室内の席も安っぽいビニール張りのソファになっていた。ソファの脚は短くて、ほぼ床に付いている状態だ。
待てよ。ソファの背もたれの裏に、何か落ちていないか?
俺はそう思いソファに歩み寄った。ソファは壁にぴたりと付けてあり、のぞき込んでも下まで見通せない。力を入れて引っ張ってみたら少し動いた。しかしこれでは効率が悪い。俺は店内を見回して、入り口脇に立てかけてあるモップを持ってきた。
これをソファの裏に入れてテコの原理で動かす。
動いた! のぞき込んでみると……。
あった!! 何か紙のようなものがあった!! 俺は腕を突っ込んでそれを取り出してみた。カレンダーだ。日付が書いてあるだけのシンプルなカレンダー。2017年、平成29年9月のものだ。サイズはB5くらいで、裏面には何も印刷されていない。大方、月が変わり、壁に貼ってあったカレンダーから先月のものを切り取ろうとした時、うっかりソファの裏に落としてそのままになっていたのだろう。
使えるぞ!!
さらにモップを使って、身体ごと入れるくらいに隙間を広げると、俺はソファと壁の間に降りてみた。
小銭、ポケットティッシュがいくつか落ちている。他にも名刺やレシートが数枚落ちていた。
ここがどこだか分かる手がかりになるかも知れない。俺は名刺とレシートを拾いあげて見た。
名刺は二枚。会社はいずれも工務店。住所は東京都江東区と大阪府高槻市。役職は営業。それぞれ佐伯某と前島某。名前からして男性だろう。トンネルを出た直後にあった工事現場関係者だろうか。
しかしそれ以外はなにも分からない。電話番号や電子メールアドレスも書いてあるが、スマホや自由に使えるPCもないんじゃ、それが本物なのかどうかも判別できない。
レシートは三枚。一枚は大手コンビニチェーンのもので場所は東京都板橋区。日付は2016年9月6日。時刻は8時5分で買った物はコーヒーとスポーツ新聞、そしてタバコ。大方、会社員が朝、出がけに買っていった物だと想像が付く。
もう一枚はなかなか謎だ。大手ファミレスチェーンのレシートで場所は北海道札幌市。日付は2018年の1月26日。時刻は3時2分。ドリンクバー×6。
真冬の札幌で深夜にドリンクバー六人分? 何をしていたんだ。この人たち? 昼間なら分かる。高校生やママ友たちが、ドリンクバーで粘っておしゃべりしていたんだろうとも想像できる。
しかし真夜中だ。未成年は出入り禁止の時間帯だろう。利用していたのは大人だろうけど、食事もせず酒も飲まず、夜の3時に会計を済ませて出て行ったのか?
時間的に始発電車待ちというのも考えにくい。想像をたくましくすれば、自動車で来たものの、どこかで飲んでしまい、運転が出来なくなり、運転代行業者か知人が迎えにくるのを待っていたとか……? あるいは冬の北海道を自動車で旅している連中が、夜中にちょっと暖を取りに入ったとか。
最後の一枚は徳島県徳島市の書店。店名からすると個人経営の店らしく、レシートもシンプルだ。見つけたレシートの中では一番古く2015年12月のもの。品目も『雑誌』『書籍』としか書かれていない。
しかし場所は見事にばらばらだ。名刺二枚とレシート三枚。うち東京のものが二枚。あとは大阪、北海道、徳島。だからと言ってこの『駅前』が東京近郊、あるいは東京からアクセスが楽な場所にあると考えるのは早計だろう。
そもそも東京は人口も会社の数もダントツに多いから、確率的には二枚あってもおかしくはない。
色々と推測は出来るが、今はあれこれ詮索する意味はない。
取りあえず名刺とレシートもメモ用紙には使えるだろう。俺はそれをポケットに入れた。
ソファはもう一脚ある。そちらもモップを使って動かし、背もたれの裏をのぞき込んでみた。
あった! 今度はメモ帳! それと鉛筆もだ! 赤鉛筆だけど、この際、文句は言えない。
メモ帳を取り上げてみる。手のひらにすっぽり収まる位の大きさで、三分の二くらいはすでに切り取られているが、まだ20頁くらいは使える。一番、上の頁には『74000円 8/31マデ』と走り書きがされていた。借金か何かの振り込みだろうか。
ボールペンも一本、転がっていた。手のひらに書いてみるが、生憎とインクは乾いてしまっているようだ。しかしインクは残っているようだし、お湯に浸けるなどすればまた書けるかも知れない。
俺はメモ帳と赤鉛筆、ボールペンをポケットに入れた。
よしよし、なかなかの収穫だ。
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