第一章「選ばれた場所」-027

 そう言いながら1103は、俺に背を向けたまま、校舎の方へまた歩き出した。俺は誘われるように、その後をついて行く。俺が着いてくるのをちらりと確認してから、1103は話を続けた。


「うまく言えないんだけど。みんなそんな感じで、周囲の出来事に自分で目隠しして見ないようにしているんじゃないかって……」


「まぁ、こんな環境だ。どうなってるのか考えたくないのも分かるような気がする」


 考えたってきりが無い。俺だってそう思うのも事実だ。


「……でもあたしは嫌」


 1103のその言葉には今まで以上に、強い意志が込められているように感じた。


「大人しく勉強していれば出られる。それまでこの異常な状況について考えるな。そんな勝手な言い分ある?」


「……まぁ、それはないな」


 俺は1103の勢いにちょっとたじたじとなりながらそう答えた。少し言い過ぎたと思ったのか、1103はそのまま無言で歩き続けた。


 ……何となく居心地の悪い時間が流れる。このまま黙っているのも何だが、だからといって話題を振ろうにも、どうしていいのか想像も付かない。


 しばらく俺たちは夕日を背に歩き続けた。考えてみればおかしな状況だ。


 俺は自分に関する記憶を失っており、それに気づくまでは1103とまったく面識は無かったはず。それなのに今こうして1103と二人きりで、その正体がようとして知れない『学園』を歩いている。


 運命ってものなのか? あるいはこれも『管理者』によって意図されたものなのか?


 いずれにせよ、ただ一つ言えるのは……。


 間が持たない……!!


 こういう時は無難な話題になるが……。そもそも無難な話題の筆頭である天気や季節ネタが『学園』の環境では使えない!!


 おのれ、『管理者』!!


 しかしいつまでも黙っているわけにもいかない。俺は特に話題もないまま口を開きかけた。


「あの……」


 と言った時、1103も同じ言葉を口にした。


「……え?」


 俺たちは足を止め、そしてお互い少し頬を赤らめて見つめ合ってしまった。


 おいおいおい!! なんだよ、このラブコメ展開!!


「ええと、その……。そっちからどうぞ」


 俺がそう促すと、1103は慌てて頭を振った。


「いえ、別に話したい事があったわけじゃなくて。その……。最初に切り出したのはそっちじゃないの。そちらからどうぞ」


「いや、口を開いたのは同時だろ」


「同時じゃないわよ。あたしの方が後だったでしょ!!」


 そう言われても俺にも特別話したい事があったわけじゃないし……。

 あ、そうだ。俺は一つ思い出した。


「さっき俺が『「学園」の秘密が分かったような気がする』と言った時。俺の考えを聞きたいと言ったじゃないか」


「ええ、まぁ……。そう言ったけど……」


「じゃあ今度はそっちが考えを言う番だろう?」


 そうだ。この手があったんだ。凄いぞ、俺!


「ええぇ~~ッ!?」


 1103は唇を尖らせて、少し不満そうな顔をして見せたが、俺の言う事にも一理あると思ったようだ。結局、折れた。


「もう、分かったわよ。確かに貴方の考えを聞いて、あたしの考えを言わないのは公平では無いわね。それにお互いの考えを聞いておいた方が何かとメリットがあるかも知れない」


 1103は面倒くさそうに髪を掻いてから話を続けた。


「まず太陽が動かないとか、『学園』がどこにあるのかとかはまず考えない事にするわ。それはこの際、余り重要ではないと思うの」


「う、うん」


 結構、思い切りのいい割り切り方をするんだな。俺はそう思いながら続きを待った。


「C棟三階の階段ホールにある機械のオブジェ見たでしょ?」


「あぁ、通りがかった生徒に『特に意味は無い、単なるオブジェだ』と言われた」


「そうよ。だから沈まない夕日も、裏山の黒い塔も同じ。校内にたくさんある時計が、みんな4時46分を指しているのも同じよ」


「……いや、よく分からないんだが」


 俺が首をかしげると、1103はついと顔を寄せ、厳しい目つきをして言った。


「つまり『学園』の本質から目をそらせる為に『管理者』が用意したフェイク。ギミックと言ってもいいわ」


「……要するに、仕込みか!?」


「そうよ。さすがに飲み込みが早いわね」


 そう言う1103はちょっとうれしそうだ。


「あれだけ異常なものを用意したら、注意がそっちに向いてしまう。考えても答えが出ないとしたら、もう俯いて考えるのを止めてしまう。それが狙い」


「なるほど、面白いな。俺みたいに『学園』の謎を解こうとするのは、逆に『管理者』の思惑にどっぷりとはまってるってわけか」


「貴方が悪いわけじゃないわ。もちろん、謎が解ければそれに越した事はないし、その方が『管理者』とその目的に近づけるかも知れない」


「じゃあ目的って何だよ? いや、推測でいいんだ。俺だって、確たる考えはまだないし」


「そうね、推測でいいのなら……」


 少し視線を泳がせて彼女は言った。


「シェルターとか、あるいはリアリティショーとか……」


「シェルター? 核シェルターとかか? 外の世界が全滅してるんなら、俺はどこから来たんだよ?」


「何かあったから、シェルターに避難したんじゃなくて、何かあった時の為に若者をシェルターに一時待機させてるとしたら? 戦争ならある程度予見できるけど、大地震や小惑星の衝突は直前まで予測できない事があるでしょ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る