第42話 それを知っていたという事は

 剛社長は、夜遅く帰宅した。

 彼はリビングで赤ワインを飲もうと思い、清子さんに持って来るよう伝えた。



 「お待たせ致しました。」

 デカンタに入れた赤ワインとグラスを持ってリビングに入ってきたのは、黒川だった。




 「なぜ君がここに!」

 剛社長が驚いていた。




 「ほぉ。


  私がここに来た理由を知らないという事は、西塔先生があなたの呪縛を断ち切ったという事ですね。」

黒川が言った。



 「どういう意味だ。」




 「その言葉通りの意味です。

  西塔先生は、もう医師として行動するようになったという事です。



  昼間、西塔先生とお話をしてきました。

  先生は、これから桜井会長が回復に向かうよう、治療をして下さると言って下さいましたよ。」





 「何を当たり前な事を。


  それは、医者として当然の話だ。」

 剛社長が少し大きな声で答えた。




 「ええ、その通りです。


  ですがその当たり前の行為を、今まで社長にお願いされて出来なかったそうですが…。」

 黒川は、剛社長の目をまっすぐに見ながら言った。




 「藪から棒に何だ!

  君は、また私を不愉快にさせに来たのかね。




  そうだ!なぜ君は勝手に家に入っているんだ。

  清子さん!すぐここに来なさい!」

 慌てた剛社長が清子さんを呼んだ。



 「清子さんは、来ません。

  私がお願いして、今は二人っきりで話が出来るようにしてもらっているんです。




  社長は、何をそんなに慌てているんですか。


  先生と私がどこまで話をしたのかが分からないからですか?」




 「君の言っている事は、意味が全く分からないな。


  私は別に慌ててなどいない。

  ただ、非常に不愉快には思っているがね。」




 「そうですか。

  実は私も怒っているんですよ。



  あなたが第一発見者の清子さんから、わざわざ会長の救護を引き継いだ理由は、助ける為ではなく、会長を意図的に入院させる為だったからです。



  救急隊員から話を聞いた時、隊員が話していましたよ。


  『さすがに桜井会長ともなると専属の医師がいて、同乗していた息子さんがすぐに入院の手配をしてくれた。


  なかなか搬送先の病院が決まらない患者も多い中で、羨ましい限りの対応だったよ。』とね。




  そうやって、西塔先生以外の者が会長を診察する機会を与えないようにしながら、会長をずっと入院させたのですよね。



  わざわざ薬を半分まで飲んだ時に会長が倒れるように細工をしたのも、奥様が旅行中なら会長の救護を自分だけが出来るからですよね。」




 「薬に細工がしてあったのかね?

  それは知らなかったな。


  そもそも君は今、西塔先生から聞いた話を私にしているんだろ。


  ならばそれは、西塔先生が勝手にやった事で、私には関係のない話だと思うのだがね。」



 「ほぉ、


  それは、おかしな話ですね。





  この細工についての捜査は、そもそも私が社長から聞いたお話がきっかけなんですよ。



  社長は言いましたよね。




  『会長が誤って薬の量を多く飲んだ』

  と。





  最近疲れていた会長が倒れたのに、その原因がなぜ薬の多量摂取だと判断したのですか?



  清子さんが話していたように、普通ならば薬の誤飲なんかよりも過労に伴う貧血や失神を疑うのではありませんか?




  倒れたのが多量摂取が原因だと知っていたからこそ、あの時私に思わず答えてしまったのではありませんか?」




  黒川の言葉を聞いた剛社長が、その場でガックリと項垂うなだれた。

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