竜国の王太子に番認定されましたが、化け物王女と呼ばれているので「貴方を愛することはありません」と言っているのに、溺愛されています
里海慧
第1話 貴方を愛することはありません
対峙する魔物は帝国学院の制服をまとった私の十倍も大きく、グルグルと喉を鳴らして狙いを定めていた。
次の瞬間に生臭い魔獣の吐き出す息が鼻先を掠める。
煮えたぎるような殺意を私に向けて、剥き出しの牙で襲いかかってきた。それをヒラリと躱して愛剣を一閃すれば、魔獣の頭が巨体から切り離されてゴロリと転がり落ちる。
たった今まで怒号が飛び交い、恐怖に染まった悲鳴が空気を切り裂いていたのに一瞬で静寂に包まれた。
剣についた血を振り払い、ポーチ型の魔道具に収納してほぅと息を吐く。
「もう大丈夫よ。遅れて悪かったわ」
「サライア様……此度もお見事でございました」
「では戻るわ」
声をかけてきたのは今回の魔物の討伐を指揮していた騎士団長だ。幾たびも死線をくぐり抜けてきた猛者だからこそ、私の底の見えない力が恐ろしくてたまらないらしい。十八歳の小娘に青ざめた顔で頭を下げている。
こんな小娘である私が魔物を討伐するのは王命を受けているからだ。
幼い頃は英雄王と呼ばれる父を敬愛していた。母は生まれた時に亡くなっていて、父のようになりたい、その一心で鍛錬を重ねた。最初のうちは私の活躍によって父の名声もさらに上がり、あの頃は愛情に満ちた瞳で見つめてくれていた。
そんな私に魔物の討伐を命じたのは父だった。自分の名声を高める道具としてうまいこと使われたのだと、今ならわかる。
だけどいつの間にか父をも軽く凌駕する程の剣技と魔力を身につけて、それからすべてが変わった。今では英雄王さえも敵わないような圧倒的な力を前に、まるで化け物を見るような目を向けてくる。己の理解を超えた力に恐怖しているのだ。
そうして父よりも強くなってしまった私を、以前のように愛してはくれなかった。
やがて人々は私を『化け物王女』と呼ぶようになった。
それでも、私はただひたすら愛されていた頃の父の命令をこなし続けていた。
現在私はこのスピア帝国の貴族が通う帝国学院に在籍している。十五歳から二十歳まで貴族の令息や令嬢が通い、人脈作りも兼ねて貴族としての立ち振る舞いや領地経営なども学んでいた。
私も王女ということでこの学院に通っているが、今回のような緊急事態には呼び出されることがある。私ひとりなら転移の魔法も使えるので、サッと行ってサッと帰ってくるのがいつものパターンだ。
「すみません、先生。ただいま戻りました」
「あ、ああ! サライア様、では授業を続けてもよろしいですかな?」
「もちろんです。どうぞ」
今回は騎士団だけで対応が難しい厄災級の魔物が出てきたとういうので急遽呼び出されたのだ。何事もなかったかのように授業は再開される。この学園でも私が化け物王女だと知れ渡っているので、怯えた視線を向けてくるばかりで誰も声をかけてこない。
城では父より強い私は疎まれ冷遇されている。
学園ではみんな怖がってしまい話す相手もいない。
討伐に行っても感謝されるわけでもなく、ただ恐れられるだけ。
随分前に私は誰も愛さないし、愛されることを求めないと決めた。
だから、私には愛なんて必要ないと思っていた。
* * *
「ソルレイト・ヴィラ・ラクテウスです。こんな見た目ですが、実は成人しています。どうか気軽に声をかけて下さい。よろしくお願いします」
「今回は留学ということでラクテウス王国から王太子様がやって来られた。みんなが知ってるように竜人なので敬意を払って接するように」
竜人。
人智を超えた力を持つと言われ、太古の昔に竜の血を取り入れたことが起源とされる。あまりお目にかかることのない希少な種族だ。見た目はどう見ても十二歳くらいだけど、それでも成人しているとは不思議なものだ。
でも、この種族なら私を恐れたりしないかしら?
というか……なんていうか……めちゃくちゃ可愛くないかしら!?
私はソルレイト様に釘付けだった。
透明感のある水色の髪がサラサラと揺れて、その毛先がまだ幼さの残る頬をなでてゆく。しっかりと前を見据えた瞳は大きくパッチリとしていて、紫紺の虹彩に金色の光が散りばめられて星空みたいだった。
美少年というか美少女でも通じそうなくらい可愛らしい顔立ちだ。他の女生徒たちもみんな頬を染めている。
実は私は可愛いものが大好きなのだ。化け物王女と呼ばれているくせに、レースとかフリルとかパステルカラーのお菓子とか、とにかく可愛いものに目がない。私室の壁紙はパステルピンクでリボンの柄が入っているのは誰も知らないことだ。
どうやらそれは異性に対しても有効だったようで、可愛らしい見た目のソルレイト様から目が離せなかった。
そこで、バチッと視線が絡んだ。
途端にソルレイト様の両目が大きく開いて、細くて長い足でまっすぐに私の元にやってくる。
何事かと内心焦っていたら、真っ赤な顔で爆弾発言をしてくれた。
「僕の妻になってください!!」
「は?」
思わず素で返してしまった。だけどソルレイト様はなおも続けて言い放つ。
「貴女は僕の番です! 僕の妻になってください! 生涯あなたを大切にします! どうか僕を選んでください!!」
「……何かの間違いでは?」
「何も間違ってません! 貴女は僕の唯一です!」
いや、いやいやいやいや。間違いだらけでしょう。
確かに竜人は番を伴侶にして生涯添い遂げると聞いているけど、それが私だと言われてもピンとこない。だって私は化け物王女なんだから。誰かを愛するとか愛されるとか、そういう事とは無縁なのだから。
「そう言われましても、私が貴方を愛することはありません」
「えええ! 何で!? どうして!?」
そんなこの世の終わりみたいな顔して縋ってこないで欲しい。大きな瞳にたまった涙に、うっかり絆されそうになってしまう。
「どうしてと言われましても……私は愛と無縁ですから」
「うう、でも僕は絶対に諦めません! 僕には貴女しかいないのです!」
バンっと両手を私の机に乗せて、身を乗り出して詰め寄ってくる。だが見た目が十二歳の少年なので迫力よりも可愛らしさが先行していて、今すぐに撫でくりまわしたいのを堪えるのに精一杯だ。
「ところで、貴女のお名前を教えてください」
「サライア・フォン・スピアと申します」
「サライア王女でしたか……貴女にぴったりな美しい名前ですね。サラとお呼びしても?」
可愛い見た目に反してグイグイと攻めてくる。この強引さは一体どこからくるのか。
「いえ、勘弁してください」
「えええ! じゃぁ、誰がサラって呼ぶんですか!? まさか婚約者がいるんですか!?」
「あ、それはおりません」
「はああ、よかった……」
ああ、ダメだ。その安堵し切ってフニャッとした笑顔は凶器以外の何者でもない。もうソルレイト様に見えないはずの耳と尻尾が見えるわっ! 何なのこの子犬みたいな愛くるしさはっ!? ある意味私を仕留めにきているのかしら!?
「あの……そろそろ授業始めてもいいでしょうか?」
「先生! も、申し訳ありません。どうぞ」
「ごめんなさい、番が見つかって興奮しすぎました……」
あああ! そのシュンとした様子がまさに叱られた子犬みたいなんですけど!
結局その日の授業内容はさっぱり頭に入ってこなかった。
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