第38話 それぞれの過去1

 初めて雪が積もった日の翌日は、久しぶりの晴天に恵まれた。


 昨日積もった雪はすぐに跡形もなく消え去り、ぬかるんだ土だけが残った。そんな採取日和に、昨日教えて貰ったムグの実を採取に行ける、とウキウキと浮足立っていた。


「いいや、ノア。せっかく今日は晴れたし。昨日刈ったアダを干してからだよ。陽に当てると皮が剥きやすくなるから」


 朝食を食べ、ルンルン気分でムグの実を採りに森へ行こう!と声を掛けると、ラウルにそう返されてしまった。そこでしぶしぶ外に出て、後ろの日当たりのいい岩場でどんどんアダを収納から出していき、それをラウルとリサちゃんがどんどん立て掛けた。


 それが終わった頃には昨日仕上げたもこもこのポンチョは着ていて暑くなって脱いでしまっていた。



「じゃあ、今度こそムグの実ね!保存がきくんでしょう?たくさん、たくさん採っておきたいの!」


 昨夜寝る前までわくわくとムグの実の泡立ちを想像していると、ウィトに尻尾でポンポンとリズムよくお腹を叩かれて気づくと寝落ちしていたが。ウィトは大きく成長したことで、ただでさえ素晴らしいふさふさだった尻尾が更に進化して、スーパーふっさふさでもっふもふな尻尾になったのだ!そんな尻尾で撫でられるだけで……。


 ウィトに寝かしつけられるまでは、ムグの実を加工できないか、と色々と考えていたのだ。


 液体だったら柑橘類っぽい果実の汁と合わせればシャンプーにもなるだろうし、薬草の成分を合わせることができればもふもふな毛並みも更に毛艶が増すかもしれない。そう考えるだけで、冬の間の手仕事が終わったらこの研究をしよう!と決意した程だ。


 前世を思い出してから色々状況が変化しすぎて、今まであまり気にする余裕は無かったが、やっぱり落ち着いてくるとどうしても自分の不潔具合が気になってしまうのだ。


 ああ……お風呂入りたい。お風呂が出せるスキルとかあったら、それって最強だったかも?


 なんてくだらないことを考えてしまうのは、自分の髪がベタベタなことよりも、かわいいリサちゃんのお耳と尻尾がベタついているのがどうしても許せないからだったのだが。


 絶対、絶対、ぜーーーーったい、リサちゃんも、ラウルもしっかり洗ったらもっとふわふわでかわいくなるのに!


 と、いう訳でかなりのテンションで森へ出向いたのだが。




「危ないっ!」


 ドンッと押され、無意識の内に自分を包む最小限の結界を張った。

 まるでスローモーションのように倒れ込みながら、私がさっき居た場所のすぐ横から地面が爆発したかのよう土が吹き上がり、そこから何かの陰が飛び出し、私を突き飛ばしたラウルに襲い掛かるのが見えた。


 え?何?もしかして魔物?


 見えているのが不思議なくらいにゆっくりと時は進み、私が尻もちをついて衝撃が結界に吸収されたと同時に、ラウルが斧でその影を切った。

 茫然と目を見開く私の目に、ぐしゃっと血をまき散らしながら倒れた角ウサギに似た姿が映ったのだった。



「ノア、だから浮かれてもきっちり警戒してって、森の中に入る前に言ったじゃないか」

「はい……はい、すみません。確かに言われました」


 所々残る雪と草の上に飛び散る赤に目を奪われていると、その長い耳を掴み、ブランと私の目の前に獣姿になったリサちゃんと同じくらいの大きさの魔物を掲げ、こんこんとお説教を受けている。

 きちんと森に入る前にも、今の時期から活発になる魔物、として名前を上げて注意を受けていただけに、実物を初めてみたから、とか言い訳をいう訳にはいかず、草の上に正座の体勢でラウルのお説教を粛々と受け入れていた。


 その魔物は地面の浅い場所に身を隠し、気配が近くに来た時に地面から突撃して襲って来るモグナという魔物だそうだ。今日は積雪は溶けていたが、積雪があると雪を少し掘って穴を作り、何かいるのかと覗き込んだところを飛び出して頭を襲う、というかなり頭が回る魔物のようだ。


 因みに私は角ウサギとか猪に似た魔物をボアと言っているが、きちんと正式名称はある。ラウルが何も知らない私にいちいち教えてくれたのだが、私的にカタカタの名前ばかりで覚えられる気が全くなかったので、相変わらず角ウサギやボアとだけ呼んでいる。最近ではラウルやリサちゃんも慣れてきていて、彼等もうっかりとその名前を言うまでになった。


 このモグナという魔物は、耳が長くてお尻が大きくて後ろ脚が強いところはウサギに似ているが、胴体は兎よりは長く、尻尾はネズミのようで私からすれば分かり易い呼び名は爆裂モグラ兎、だろうか。


 思わず遠い目をしつつそんなことを考えていたのがラウルにバレてしまったのか、じっとりとした視線を注がれ、思いっきり大きなため息をつかれた。


「う、ううう。ごめん、ごめんなさい!今度から外にいる時は、結界を張っておきます!」

「……フウ。まあ、ノアはその方がいいよ。気配に気づく時には気づくのに、抜けてる時には思いっきり抜けてるから」


 あーー……。おっしゃる通りで何も言い返せません。ハイ。


 一人森を彷徨う生活で、大分魔物や動物の気配に敏感になったつもりでいたが、最近では本当に気が緩んでしまっている。元々ノアは町育ちだし、私も都会育ち、神経を張り巡らせて気配を察知できていた方が奇跡のようなものだったが。


 もう何度もラウルやウィトにこうして助けられるたび、気を引き締めないと!と思うのに、やはりどうしても近くに人が居てくれると安心してしまうのだ。


 リサちゃんにも「お姉ちゃん危ないよー」との言葉を貰い、上がっていた分テンションを落としつつ、それでもムグの実を採りに行くことは諦めなかった。

 そんな私に呆れたのかラウルは私に付き添いながら、ムグの木をさがしつつ、今の時期に採れる薬草なども一つ一つ採りつつ説明してくれた。


「このキリアの葉は、熱さましになるよ。これを冬の間の分、この時期に集めておかないと冬を越せない子が出ちゃうから」


 ギザギザの、ヨモギのような葉を持つキリアの葉を見て確認しつつ、ほの暗い表情を浮かべるラウルをそっと伺う。


 他にも止血用の薬草や、それに喉が痛い時に噛みしめるという薬草など、様々な薬草を次々と見つけて採りながら教えてくれた。


「すごいのね、ラウル。薬草にもこんなに詳しいだなんて」

「……僕達の、肉食獣の獣人の集落では、薬師は一人もいないから。だから森の薬草でなんとか治すしかないんだ。薬は草原にある街にまで行かないと手に入らないし、それに薬を持っていると軟弱とか言われるから」

「えっ、そうなの?だって、強い人が強いなら、かなり大型の魔物とかと戦闘したりするんじゃないの?」


 だったら怪我だってつきものだ。そういう肉食獣の獣人の集落の方が傷薬が必要なんじゃないだろうか。そう思ってラウルを伺うとさらに暗い表情が目に入り、自分がまだ語られていない彼等姉弟の過去に踏み込んでしまったことに気づく。


「……そうだよ。なのに、傷薬が軟弱ってなんなんだろうな?そんなだから、街で売ってる薬の効き目はあまりよくないし。ノアが僕を治療してくれた時に使った傷薬の効き目が凄くて、こんな薬もあったんだって驚いたんだ」


 この国、ランディア帝国は獣人を奴隷としてしかみない、どうしようもない人族至上主義らしい。なら、いくら良い薬があったって、国を越えて買いに来ることはない筈だ。


 それに……。傷薬にも効果が出る期限があるんだよね。いくらバナの葉でしっかり包んでいても、どんどん乾燥しちゃうから。確か効果がそのままなのは変換しても二か月くらいだった筈。


 そうなると、他国から輸入するにも期限があって無理、リンゼ王国で高性能の傷薬を開発するには、主に消費するのは街に住む恐らく草食系の獣人の人達のみ。そうなると傷薬の分野的に発展はしなかったのだろうということが、簡単に想像がつく。


 ……私、自分で傷薬を調合してみようかな。こうしてラウルが色々薬草を教えてくれるし。あの傷薬を自分で調合することが出来たなら、もしかしたら改良も出来るかもしれない。私にはこのなんちゃって通販スキルがあるし。自分で調合したのが傷薬として満たしているのかは、収納すれば名前が表示されるかどうかで判断つくのかもしれないし。


 少しだけ、これからの自分が生きる道が見えた気がして、その時の私は浮かれていてまたやらかしたのだ。


「ねえ、ラウル。ラウルがあんな薪用の斧で魔物を倒せるのなら、戦闘のスキルとかありそうよね」








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すいません、うっかり遅くなってしまいました……。

どうぞ宜しくお願いします<(_ _)>

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