第8話 これから先の選択

「ああ……また泣きながら寝落ちしちゃったのか。昨日も何度も寝落ちしちゃったな」


 ぼんやりと目を覚ました時、目が涙で固まって中々開くことが出来なかった。

 ぐしぐしと乱暴に顔を手でこすってから目を開くと、自分が今は一人、家に居ることを思い出す。


 ぐう……、と微かな音を鳴らして主張したお腹に、こんな時でもお腹が減るのだということに苦笑する。


「お父さん、お母さん。……私、生きてていいのかな?私、これから一人で生きていかなきゃならないのかな?」


 そんなの当然だ。私が転生したせいでお父さんとお母さんが死んだんだから。対価が払われてしまったのなら、それを背負って生きなければならない。一人を望んだのは自分なのだから。


 そう前世の私がささやきかけるが、そんなの耐えられないと今世の私が泣き叫ぶ。それでも。


「お父さん、お母さんは……私が死んだら、悲しむ、よね?お母さん、私を庇ってくれたんだから……。私を守るって」


 過去の思い出の中には笑顔の二人の姿がたくさん溢れていてとても明るいのに、これから先に目を向けると、真っ暗で灯りのない道しか見えない。いや、道すらあるのかも分からない。


 お父さんとお母さんの両親、私の祖父母は両方とも両親の結婚する前に亡くなっていて会ったことがない。そして他に頼れる親戚も、誰も……。


「あっ……。叔父さんがいた。でも……」


 隣の村に住んでいて、いつも店に怒鳴り込んで来ていた叔父を思い出す。私はいつも奥へといかされていたから、真面に顔を合わせたことはほとんどなかった。

 あの怖い人がお父さんの弟で自分の叔父だということも、隣のナタリーおばさんに聞いて初めて知ったのだ。でも、親戚というものをあなり分かっていなかったノアは、叔父という関係がどのような関係かも実感していなかったのだが。


「……叔父さん、来るよね。この店を我が物顔で蹂躙するとしか考えられないわ」


 この雑貨屋はお父さんの両親が始めた店だったが、叔父は何度も勝手に店の仕入れ資金を持ち出したらしく、祖父母に勘当されていた。それなのに祖父母が死ぬと、店を継いだお父さんの元に俺にも遺産を相続する権利はある、と何度も怒鳴り込んで来ていたのだ。


 そんな話を私の耳に入れるのをお父さんとお母さんは嫌がったが、二階の自分の部屋にいても怒鳴り声は聞こえてはいた。ただ、ノアには理解できなかったのだが、今の前世を思い出した私ならそれがどういうことか、叔父がどんな人かは想像できる。


「元々この家で一人で暮らせるとは思ってはいなかったけど……。とりあえず準備だけはしておこう」


 この家は、両親がの思い出がたくさん詰まった大切な家なので離れたくはないが、八歳の子供一人では店を経営するのは無理だし、押しかけてくるだろう叔父から守るのも恐らく無理だ。

 能力を貰って転生しても、結局無力な子供以上の力はないのだ。


「お父さん、お母さん……」


 まだ悲しみにひたっていたい、という想いを振り払い、箪笥からお父さんとお母さんのお気に入りだった服を形見として取り出し、ギュッと抱きしめる。

 この服にはたくさんの思い出と、大好きな二人の匂いと気配が残っているような気がしてたまらなくなる。


「……ダメよ。叔父さんが来る前に、とられないように隠さないと」


 ぐっと堪え、通販スキルを使い、タブレットを出すとそこに二人の思い出の品を次々と入れて行く。ただ全部失くしてしまうと叔父が不審に思うだろうから、断腸の思いで普段着などはほとんど残しておくことにした。

 自分の部屋の荷物は、それでも全部収納した。お父さんとお母さんが買ってくれたり、縫ってくれた服は誰にも渡したくなかったのだ。ベッドは無理だったが、布団も枕もだ。


 もし叔父さんがすぐに来なくても、この家にいる間はお父さんとお母さんの部屋のベッドで寝ればいいものね。でも……。最悪の事態を予測して動いておこう。


 次に店に行き、商品の生活用品の一揃えや布、それに倉庫から小麦粉や塩などの大袋をいくつも入れておく。店の商品は全て無くなるのはさすがに不自然だからある程度は残しておいたが、貯蓄してあった芋などの食料品は全て収納していく。



「そうだ、確か……」


 あとは、と倉庫を見回した時、ある棚が目に入った。


『いいか、ノア。覚えておくんだ。もし、何かあったらここにお金を入れて置いてあるからな。それは誰にも教えずに持っておくんだぞ?』

『お父さん、何かってなあに?』

『何かがない方がいいし、ずっとノアと一緒にお父さんはいたいけど、もし、お父さんとお母さんに何かあったら、だ』

『そ、そんなの嫌だよっ!!』


 その時はそう言って泣きわめいて、その日はずっとお父さんに抱き着いて回っていたけど。


 棚に近づき、しゃがんで一番したの棚の下を覗き込む。


「あった。これだ」


 三十センチ四方の木の板を手を伸ばして外すと、その下には穴が掘られており、そこに皮袋が一つ入っていた。

 それをなんとか引っ張り出し、袋の中を覗いてみると。


「お金と……手紙?」


 普段見ることのない金貨がそれなりの枚数と、薄い木の板が何枚も入っていた。

 ドキドキしながら読むと、そこにはお父さんの字で、取引先の商店の名前と街の名前などが書き連ねてあった。そして何かがあればこのお金を持って取引先の商店に保護を願え、と。


 いつも仕入れに行くのはお父さんだけだったから、恐らく自分に何かがあった時の為に用意してあったのだろう。叔父が怒鳴り込んで来ることは、お父さんも予測していたのだ。


 ……お母さんと二人でなら、それもできたかもしれないけど。こんな子供が大金を持って保護を願っても、きちんと保護してくれるだろうか?


 グレイおじさんも、葬儀の手配などはしてくれたが私を引き取ろうとは言わなかった。いくら親しい取引先の子供でも、好き好んで引き取って育てる人はいないのだろう。


 それに……。グレイおじさんは一年の半分は行商で自分の店を離れて旅しているって言ってたもの。確か店はテムの町とは王都を挟んで逆側の国境に近い街にある、って以前話してくれたから、いくら可愛がってくれていても、八歳の子供を行商に連れ歩くにはリスクが高いものね。


 この国では成人は十六歳だが、十歳から見習いとして働き出すのが普通だ。十歳未満でも家の仕事の手伝いはするが、誰もが通う学校などはない。字の読み書きや計算などは親が教えたり、裕福な人はお金を払って人を雇うのだ。


 私はお父さんとお母さんに四歳くらいから字と計算を教わり始め、今では一人で店番もできるようになっている。だからといって八歳の子供を店番として雇ってくれる店は、この町でもないだろう。ましてやそういうことを知らない初めて顔を会わす商家の人に、見習いとしてきちんと扱われるかは疑問だった。


 これから先のことを考えてふさぎ込みそうになったが、とりあえず今は!とその手紙と一緒にお金も収納に入れた。

 お金は金貨二十枚あったから普通に五年くらいは優に暮らせる筈だが、子供が一人お金を出して宿暮らしなんてすれば目をつけられて襲われてしまうだろう。


 ……考えれば考える程子供一人で生きて行くには無理があるわよね。いくら通販スキルがもらえたからって、なんで子供一人で悠々生きられると思えたんだろう……。


 人を殺すことはこの世界でも犯罪だが、こんな小さな町でも人が殺されることは珍しいことでもない。そんな治安がいい世界ではないのだ。ましてや奴隷もいるのだから、不法に奴隷商人に売られる危険も考えなくてはならない。


 考えれば考える程先行きが暗く、フウ、と思いため息が出てしまった。でも自分の境遇に嘆くよりも、今はとりあえず生きる為にやることをやらねば!と倉庫の品物を少しずつタブレットへ入れていると。




「おら、開けろー!この店の主人が来たぞーー!フフフフ。この店は今日から俺の物だからな!」


 店の表から叫び声が聞こえて来たのだった。




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