1章 テムの町
第2話 前世を思い出したら今世の両親の死と直面した
私、ノアーティ、愛称ノアは、ザッカスという国境に近い大きな街の手前の小さな宿場町、テムの町にある、唯一の雑貨屋の一人娘として生まれた。
この世界、エルーディアには魔法があり、そして魔物や魔獣が存在している。
誰もが少なからず魔力を持ち、ちょっとした水や種火を出せる生活魔法のスキルは洗礼を受ければ全員が授かることが出来る為、庶民でも生活魔法だけは使うことが出来た。
私が産まれた国、ランディア帝国では義務として八歳になると教会で洗礼を受けることが定められており、その時に身分証が発行されて国民として国に登録される。
それでも大きな街にしか教会はなく、教会がない町や村に住む庶民は大きな街まで自力で行かねばならない為、十歳までの猶予期間はあり、庶民はかなりそこら辺はゆるかった。
そして私も八歳になったある日、店の仕入れも兼ねて店を休みにして、父と母、そして私の家族全員でザッカスの街へ洗礼を受けるために出かけた。
テムの町からザッカスの街までは荷馬車で半日ほどの距離を、早朝に同じくザッカスの街へ向かう人と一緒に街道を進む。
「ねえねえ、お父さん!今日はザッカスの街でお泊りするんだよね?お泊りは初めてだから楽しみ!」
「ほらノア、あまり騒がないの。魔物が出たら大変なのよ。静かにね」
「ハーイ!」
「ハハハハ。ノアももう八歳かー。早い物だな……。ハッ!まだまだ嫁にはやらないからな!」
「ちょっとあなた!嫁にはまだ早いし、そんなに大きな声を出したら、ノアに示しがつかないじゃないの!」
御者をする父親と荷台に母親と私が座り、仲良く話しながら歩きの人に合わせて他の荷馬車もそろってのんびりと進んでいると、もう少しで休憩所に到着する、という時、列の後方から「魔物だ!」という叫び声がした。
「えっ、ま、魔物っ!……お、お父さん、どうしよう」
「大丈夫だよ、ノア。ほら、まだ討伐ギルドの人と一緒だから」
「そうよ、街道まで出て来る魔物なら、数は少ないわ」
両親の落ち着いた様子に恐怖心は薄らいだが、それでも様子が知りたくて荷台の上に立ち上がり、背伸びをして後ろを伺うと馬車や人の間から緑の二本足で立つ小さな姿が人の間から見えた。
「ギャーーーッ!!」
「グギャァッ!」
すぐに鎧をつけた大きな背中に見えなくなったが、どうやら討伐されたらしい。
あ、あれがもしかしてゴブリン、かな?小さな魔物以外、初めて見た!
テムの町は森からは距離がある草原の中にある数件の店と宿屋があるだけの小さな宿場町なので、町の周囲は低い木の柵しかなく農地はその柵の外にあるが、ゴブリンなどが森から畑まで出て来ることはほぼなかった。
それでも農地では虫や鼠型や兎型などの小さな魔物の姿は見られ、作物への被害も出ることはある。
私はまだ子供なので自分で刃物を持って討伐をしたことはないが、魔物は人を襲う害獣だと幼い頃から教わっている為、魔物を倒すことへの忌避感は全くなかった。
「終わったみたいだな。ゴブリンは数体なら、護衛がいなくてもどうにかなるからな。まあ、大事にならなくて良かったよ」
「やっぱり町の外だと、魔物がいるんだね!」
「そうよ、ノア。だからこうして街道を行く時はあまり騒いじゃダメよ?魔物が森から出て来てしまうからね」
「ハーイ!」
テムの町からザッカスの街の方へ進むと町の周囲を抜ければずっと森が続く為、どうしても魔物に遭遇しやすいらしい。
だからこうして出来るだけ多くの人数で移動し、危険を分散するのだそうだ。
それからは一度だけ小型の魔物が出たが、休憩を挟んで結局昼を過ぎ、まだ陽がある内に無事にザッカスの街に到着することが出来たのだった。
「わあ!大きな壁がある!」
「そうだよ。この街から少し行った処に国境になる山があるしこの辺りはずっと森だから、ザッカスの街は防衛を兼ねているんだよ」
街が見えて来たぞ、と言われて見てみると、そこには周囲の森の木よりも更に上まである石の壁が長々と続いていた。
生まれて初めて見たその光景に圧倒され、茫然としている内に気が付くと門をくぐり、街中へと進んでいた。
「わあ、すごい大きい!人もいっぱいいるね、お母さん!」
「ふふふ、そうね。さあ、宿に行くわよ。そこで着替えたらすぐに教会へ行って洗礼を受けましょうね。街中を歩くのはそれが終わってからよ」
「うん!楽しみだなぁ!」
これから受ける洗礼よりも、初めて見た大きな街中を歩ける喜びにふわふわと弾む足取りで宿に入り、洗礼の為に新しく用意してくれた服を着て、更にうれしさに舞い上がったまま両親と手を繋いで教会へ向かった。
洗礼を受けると全員が授かる生活魔法の他に、稀にスキルを授かることもある。スキルには生活魔法以上の魔法や、剣術、調合など様々な種類があり、授かることが出来ればそのスキルに応じた特殊技能が備わることになる。
だが、庶民にとっては洗礼とは生活魔法が使えるようになる為に受けるもの、という意味が強く、スキルについてはスキルを授かったら幸運、くらいな認識だった。
それはスキルを授かっても生活環境的に、そのスキルを活かせる人ばかりではないからだ。例えれば農民の子供に剣術があったからと言ってすぐに剣士になれる訳もなく、半分の人はそのまま農民になるのが普通だった。
それはスキルがあっても、今まで一度もやったことのないことをすぐに出来るようになる、という訳ではなく、訓練すれば覚えが早いというだけなので、庶民にとってはどちらかというと自分の適性の判断の指標と認識されていたからだ。
だから教会に着いた時も、大きな真っ白な建物にうわーっと圧倒され、そして自分以外の洗礼を受けに来た同じ歳の子供達の姿にうれしくなり、ただただその後の街歩きだけを楽しみにしていたのだ。
「次、テムの町のノアーティ」
「はい!」
次々とザッカスの街に住む子供達から呼ばれて前に出て、台に置かれた大きな水晶の板に手を当てて行くのをドキドキしながら見守り、やっと名前を呼ばれた時にはすでに心はこの後の初めて街で食べる夕食のことでいっぱいだった。
両親に気楽にな、って言われて背をおされ、司祭様の元へと向かう。そうして示されるまま、間近でみるとうっすらと輝いている水晶の板にそっと手を当てた。そうして司祭が祈りを捧げると。
「ふむ。生活魔法とーーーうーん。これは、なんだ?この文字は読めないな。近隣の国の文字でもないようだが……」
「へ?私にスキルがあるんですか?」
水晶の板を覗き込んだまま止まった司祭に、自分は生活魔法だけだと思っていた私は不思議に思いつつ水晶の板を覗き込んだ。そしてそこに写し出されていた見たことのない文字にーーーー。
あれ?確かにこんな文字、私は見たこと無いし、知らない、筈、なのにーーー。
どうしてだか頭の奥からざわざわと何かがこみ上げて来るような、そんな落ち着かない心地なのにその文字から目をそらすことが出来なかった。
「あ、あの。うちの娘に何かーー?」
「あ、ああ、ええ。何かスキルがあるようなのですが、どうにもこの辺りの文字ではないようでしてね」
「はあ……。それだと、何か問題がありますか?」
「いや、確かに問題はないですね。ただこんなことは初めてなものですから。そうですね、もしスキルが使えるようになれば、この教会まで来て教えていただけますか?」
「はい、それはもう。まあ、スキルが使えなくても私は雑貨屋ですので、生活魔法さえ使えれば……」
恐る恐る席を立って前へ出て来たお父さんと司祭様の話し声は聞こえていたが、その文字を見ているとどんどん頭の奥からズキズキとした痛みが増し、何を話しているのかは内容が頭に入って来ることはなかった。
「ノア?大丈夫か?ーーホラ、次の子がいるから行こうな」
肩をそっと揺すられ、心配そうに覗き込んだお父さんの顔に、やっと文字から目を離す。それでも頭の痛みが無くなることはなく。
「……う、うん、お父さん」
「ああ、これが娘さんの身分証になります」
「ありがとうございます。ノア、大丈夫か?すぐに宿に戻るからな」
なんだかぼんやりとしてしまい、お父さんの言葉に頷くことしか出来ず、心配そうなお母さんを見つつそのままお父さんに抱かれて宿に戻ったのだった。
そしてその夜、私は高熱を出した。うつらうつらする意識の中で、水や薬を飲ませてくれ、心配そうに私を覗き込む両親の姿を覚えている。
翌朝には高熱は下がったがまだ熱があり、出発を決めかねている内に朝一番に街を出る商隊は行ってしまった。
私の様子を心配していた両親だが、それでも店を何日も休むことも出来ず、結局お昼前に熱が微熱にまで下がったことで、ぼんやりと眠る私を連れてザッカスの街を出た。
その時にはもう街を発つ商隊や討伐ギルドの人はおらず、街道を進むのは自分たち家族の荷馬車だけだったが、それでも半日たらずの隣町への帰り道。本来ならそれ程危険はない筈だった。
それなのにーーーー。
「へ?私、私はーーーノア?佐藤乃蒼、じゃなくてノアーティ。八歳の女の子。ってちゃんと転生したんだ?あれ、でも……」
私が意識をハッキリと取り戻した時。森の中を突っ切る街道で、横倒しになった荷馬車の中で、もう冷たくなった両親に庇われていたのだった。
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