第5話
「そうか。レティがそんなことを」
宮廷に戻ってきて1番に父ケルト王に妹姫の現状を報告したレイティアは、玉座に腰掛けた父王が面白そうな顔になるのを黙って見ていた。
「あの娘も大きくなってきていたのだな。わたしも昔などはよく王都に飛び出しては遊んでいたものだ。宮廷で得られるものなど、ほとんどないに等しいからな」
そのお忍びのときに今の妃と出逢い結婚した強者である。
しかし両親から強い反対にあい、ほとんど勘当同然に家を飛び出したという経歴をもつ国王だ。
兄である前王が急死しなければ、たぶん彼が宮廷に戻ってくることはなかっただろう。
王都で慎ましやかに母と暮らしていたと聞いている。
前王が亡くなったとき、跡継ぎがいないという理由から、臣下たちが父を捜し始めたらしい。
しかし野心家がそれを放置するわけもなく、父を名乗る者が5人も現れたという。
どうやって第二王子だと証明されたのか、レイティアは知らないが。
父が第二王子だと認められた後で、どうして平民である母を王妃として迎え入れたか?
それはそのときにはすでに母と父のあいだには、レイティアたちが生まれていたからだ。
母の出自はともかく父の血を引いているなら、レイティアたちは立派な父の跡継ぎ。
だから、渋々母のことを認めたと聞いている。
そういえば……とレイティアは気になることを思い出した。
「お父さま」
「なんだ?」
「前々から気になっていたのですが、わたしやレティが王位を継ぐに当たって、問題視されていることがあるそうですね? それは一体なんですか?」
このことは小さい頃から何度も問いかけたが、父から答えが帰ってきたことはなかった。
だから、このときも答えてくれると期待していたわけじゃない。
しかし父は苦笑して答えてくれた。
「そうだな。もうレイも知ってもいい頃だろう。もっと近くに寄りなさい」
父に言われてレイティアは玉座に近づいた。
「王位を継ぐに当たって問題視されているのは……これのせいだ」
そう言って父が左袖をまくり上げた。
そこには見たこともない腕輪がある。
見たこともない……はずなのだが、どうしてだろう?
どこかで同じ感じの物を見たことがあるような気がする。
「これがあったからわたしは行方不明の第二王子だと認めてもらえた。これはな、レイ。第二王位継承者の証だ」
「第二王位継承者の証? では第一王位継承者の腕輪もあるということですか?」
「そうだ」
「ですがわたしは……」
レイティアにもレティシアにも、そういう腕輪はない。
どういうことなんだろう?
「第二王位継承者までが、この証の腕輪を授けられる。これは当事者が3歳になったときに授けられるんだ。わたしも3歳のときに父上から授けられた。兄上も3歳のときに第一王位継承者の証である腕輪を授けられたと聞いている」
「その第一王位継承者の証の腕輪は今どこに? 伯父様にはお子様がいらっしゃらなかったから、伯父様がしていらしたのですか?」
亡くなるまで前国王である伯父には子供がいなかった。
その場合、世継ぎがいないので、当然だが伯父がしていなければならない。
しかしこの問いには父はかぶりを振った。
「お父さま?」
「不思議なことに兄上はこの腕輪を所持していなかった。この世にひとつしかない腕輪を」
「それはだれかに第一王位継承権を譲った後だったということですか?」
驚愕する。
それではレイティアたちはどうなるのだろう?
「そういうことになるな。兄上はだれかに第一王位継承権を譲った。それが紛れもない事実だ」
「それでわたしたちの王位継承を認めない臣下がいるのですね」
「第一王位継承権を譲られたのが事実でも、それがだれなのかは不明だし、早急に国王は必要だ。だから、わたしが国王になるのも反対されなかった。
だが、あれから15年。そのときに3歳だったとしたら、最低線で18歳。もしかしたらもう成人しているかもしれない。第一王位継承者はな。だから、臣下たちはレイたちの即位を認めないんだ」
「しかし伯父様にはお子様がいらっしゃらなかったのでしょう? ご自分のお子様以外に王位継承権を譲るなんてこと……あるんでしょうか?」
そこが問題なのだ。
幾ら前王から正式に継承権を譲られていても、血の繋がりがないならそもそも王位は継げない。
血統はなにより重視されるものだからだ。
「問題はそこなんだ。この腕輪はな、王家直系の血を引いていないと、そもそも受け継げない」
「え?」
「王家直系の血を引く者以外が、この腕輪を身につけようとしたら、全身黒焦げになって死んでしまうんだ」
「それでは?」
「男か女かはわからないが、兄上には子供がいたということだろうな。尤も。兄上の妃だった方は兄上より早くに亡くなられているから、今では確認のしようもないが」
ケルトが宮廷を去った理由のひとつに政争が挙げられる。
当時、宮廷内はかなり荒れていた。
もし兄に子供がいても、その子を派手にお披露目したりはできなかった可能性が高い。
兄の急死も暗殺の噂があるのだ。
徐々に毒を盛られたから死んだという噂はケルトも聞いている。
だから、ケルトは王になってから、国の安定に力を注いだ。
兄が果たせなかった夢を果たしたかったのだ。
あの当時、もしケルトが兄の傍にいたら、兄は死ななくて済んだかもしれない。
それはケルトを今も苦しめている後悔である。
「でも、お父さま。ひとつだけ疑問が」
「なんだ?」
「3歳の頃から、そんなに大きな腕輪をしていたら、失くしたりしませんか? そもそも身体が大きくなっていくときに困りません?」
首を傾げる娘にケルトは笑う。
「これは魔法の腕輪」
「魔法の腕輪?」
「よく見てみなさい。どこにも留め具がなければ、溶接の跡もないだろう?」
「そう言われてみれば……」
不思議な腕輪だった。
どこにも繋ぎ目がなく、また留め具もない。
どうやって身につけているのか、まるでわからない。
「しかもな? この腕輪は持ち主の成長に合わせて大きくなるんだ」
「大きく? まさか」
レイティアが驚いた声をあげると、ケルトは可笑しそうな顔になる。
「事実だ。わたしが授けられた頃は、この腕輪はもっと小さかった、わたしが成長するとそれに合わせて大きくなったんだ」
「信じられない」
「これは継承しようという意志がなければ外せない。次の者に継承するときにだけ取り外しができるんだ。
だから、兄上から腕輪が消えていた以上、継承権を譲るのは兄上の意志だったという証拠になる」
「そういうことですか。それならわたしたちの王位継承が承諾されない理由もわかります。臣下たちにしてみれば、正当な世継ぎは他にいるのでしょうから」
レイティアはため息まじりに呟く。
「しかし今ではだれも見たことがないのでしょう? 第一王位継承権の腕輪は。それでそれらしき物を身につけていたからといって、本物かどうか区別できるのでしょうか?」
「そうだな。判断する材料はやはりその特殊性だろう」
「特殊性?」
「魔法の腕輪だと言っただろう? 幾らそっくりに造っても、同じ特徴を宿す腕輪というのは造れない。本人に譲ろうという意志がなければ取り外しができず、本人の成長に合わせて大きくなり、なおかつどこにも留め具がなく溶接の跡もない腕輪。複製が可能だと思うか?」
「確かに無理そうですね。お父さまはご覧になったことは?」
「ある。さすがに世継ぎの腕輪というか。それは見事な腕輪で華麗な装飾の施された腕輪だった。あれほどの腕輪は、わたしも持っていないな」
国王でも持てないほど高価な腕輪?
レイティアの脳裏にアベルの顔が浮かんだ。
まさか、とは思う。
確かに彼のしていた腕輪は孤児院育ちの青年には相応しくない物だ。
だからといってすぐに繋げるのも無理があるだろう。
「お父さまがその腕輪を、わたしたちに譲らなかったのは何故ですか?」
「これを譲ってしまうと、ふたりが第一王位継承者ではないことを証明することになる。それは世継ぎ不在の今、政治的に困るんだ」
確かに父がしているのは第二王位継承者の腕輪。
それを譲り受けたということは、第一王位継承者、つまり世継ぎではない証拠になる。
それは世継ぎ不在という形になっている現在、政治的に避けた方が無難だ。
正当な王女であるレイティアたちが、第一王位継承権を持っていないとなると、邪な考えを持つ臣下たちが暗躍しないとも限らない。
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