『いいね!』が届いた

【八月二十日(土)】


「『いいね!』されてる……」


 昨夜の足跡からだろうか。それは真紀の写真を使っている者からだった。競争率から考えれば俺が選ばれるとは思えない。そうなると足跡も含めて片っ端から『いいね!』を送り、投資なんかに誘ってくる業者だろうとしか思えない。俺の休日はこんな朝から始まった。


 朝食の準備を終え食べながらアプリを眺める俺は、いたずらだと思いつつも万が一を考えて再びアプリを開いてしまう。


「プロフィールを見れば偽物かどうかわかるはず」


 偽物だろうという予想と本物であって欲しいという願望がせめぎ合う中で見た彼女のプロフィールには、俺の知る情報が並べられていた。


「本物なのか?」


 朝食を終えて歯を磨き、着替えを済ませた俺はデスクに座る。


 ここまで熟考を重ねたことで導き出した結論は、足跡から俺を発見した真紀が、懐かしさにコンタクトを取ってきたということだ。さすがにマッチング目的というのは俺に都合が良過ぎる。


 アイさんのとき以上に上がったテンションはなかなか静まらない。そんなタイミングで鳴った着信音により、俺の鼓動が一瞬倍化して内側から胸を打った。


「アイさん?」


 ひと呼吸入れてから通話ボタンを押すと、最近聞き慣れたその声に俺の心拍は高い位置で安定した。


「ハルくんおはよう。こちらは清々しい朝だけど、日本はどうかな?」


「こっちも快晴だよ。ピクニックにでも出掛けたいくらいのね。アイさんはもうご飯食べた?」


「ホテルのモーニングを食しているところさ。今日はなにして過ごすんだい? 執筆するならのちほど聞かせてくれたら推敲の手伝いをさせてもらうよ」


「あぁ、うん。書くつもりだよ。掃除と洗濯したらね。あと買い物かな。家電店に行かないと。ついでにラーメン食べようかな。好きなラーメン屋があるんだ。それと……」


「ちょっと待って」


 少しだけトーンの低い声で俺の会話が切られた。


「なにかあったのかい? いつもと違うな」


 ギクッ


 こんな擬音が聞こえてきそうなほどに体が強く反応した。


「そんなことないって。いつもとなにが違うっていうんだい?」


 こうは言ったものの言い訳がましさが乗せられた声なのが自分でも感じられていた。


「君のしゃべり方はそんなに短く区切らない。頭の中が整理されず、思ったことをポンポン口に出しているように思える」


 声としゃべり方からそんなことがわかるとは、アイさんとはいったい何者なのか? さっき『ギクッ』としてしまったことで、冷静さを欠いてしまったことが敗因だ。


 なにも悪いことをしたわけではないと腹をくくり、俺は昨夜から今朝までのことをアイさんに語った。


「なるほど、そういうことか。それはめでたいな」


「めでたいって。ちょっと……」


 俺が他の人とマッチングしてもいいのかと言いたかったのだが、『もちろん』とか言われそうなので強気に出られない。俺はアイさんとの出会いを大切にしているのだ。


「君の運命の相手はまだ決まってはいない。わたしが明日消えるかもと思えば、保険を掛けておくのはおかしなことではない。それに学生時代の想い人だったのだろ? 『人生、うしろを振り返らず生きろ』などと言う人もいるが、相手が手を伸ばしてきたのなら取ってあげてもいいのではないか?」


「ライバルが増えるんだよ」


「心配ない。君がダメなら別の者を探すまでだ」


「……」


 立場も精神も優位なのはアイさんだ。


 アイさんの許しが出たとはいえど、真紀に返すかどうかはまだ迷いがあった。それは、過去の想いを再燃させることが俺にとって良いことなのかと考えたから。前を向いて進むのならば、アイさんとだけ続けていけばいい。


 通話を終えた俺は執筆もできずに考えていた。


「アイさんが言うこともわかる。だけど、真紀はどういうつもりで『いいね!』をしたのかがなぁ」


 友達としての再会の切っ掛けのつもりの真紀に想いを再燃させて、アイさんが離れたら結局なにも残らない。というか、これはほぼ間違いない。いくらなんでも七年越しでいきなり恋愛なんてのは創作の世界の中でも『そうはならんやろ』の展開だ。


 ダラダラと時間が過ぎていく中でアイさんからのメッセージが届いた。


『友達として再会すればいいじゃないか』


「え、なに? 見えてるの?」


 思わずキョロキョロと部屋を見回してしまった直後の十二時二十三分。俺は真紀であろう人物に『いいね!』を返した。


 とりあえず、このことにひと段落つけた俺は執筆を開始する。

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