第47話 「この名刺をハルトにやるから」

8月16日



 

 シェアハウス退去まであと一日。


 朝食を食べ終わった午前中、今日こそは達成しなければならないミッションがあった!


「省吾さーーん。連絡先教えてきださいよ」

「やだ」


「雅文さーん!」

「やだ」

「まだ、何も言ってない……」


 退去前までになんとかして、二人と連絡先の交換をしたかったのだが中々教えてくれない。


「もう明日で俺いなくなっちゃうんですよ! いいんですかそれで!」

「いい」


 省吾くんにあっさり冷たくあしらわれる。


「リア充早く帰れ」


 ここに来て、何度も言われたいつも文言を雅文さんに言われる。


 くそぉ……。

 何で、男の連絡先を聞き出すのにここまで手間取らなきゃいけないのか。


 こうなったら佳乃さんに二人のこと言いつけてやる!!


「佳乃さーーん! 二人が連絡先教えてくれないんです! 助けてください!」

「あー二人とも恥ずかしがり屋さんだからなぁ」


 あっはっはと佳乃さんらしく豪快に笑っていた。


「割とマジで悩んでるんですけど……」

「まぁまぁ、そんなに落ち込むなって! この名刺をハルトにやるから」


 佳乃さんがポケット入っていた名刺入れからすっと俺に名刺を差し出す。


 “株式会社伊藤不動産 代表取締役 伊藤佳乃”


 佳乃さんのお仕事用の名刺だった。

 どうやって受け取るのか分からず、つい片手で名刺を受け取ってしまった。

 名前の下にはいっぱい聞き慣れない資格が書いてあった。


「空き家とかこういう田舎の土地の斡旋とかしてるから。ハルトがもし興味あったらこの前交換した番号に電話してきなよ」

「あ、あのすごくお気持ちは嬉しいんですけど、いいんですか俺で……? 何の知識もないですし」

「ダイジョーブ! 知識はやってれば勝手に覚えるから!」

「はぁ……」


 豪傑 佳乃さんが何の根拠もなしに俺に自信満々にそう言い放った。


「ぶっちゃけ人手不足! 誰でもいいから雇いたい!!」


 佳乃さんが俺のことを何かに期待してくれていたのかと思ってしまったが、はっきりと誰でもいい! と言われてしまった。

 本当に裏も表もない、何でもすっきりはっきり言う人だった。


「どうしても就活ダメだったら、連絡しちゃうかもです」


 俺がそういうと、佳乃さんはぐっとこちらに親指を立てていた。


「ちなみに省吾くんと雅文さんには声かけたときあるんですか?」

「ないよ、あいつらは自分の夢があるから邪魔しちゃ悪いし。その分、ハルトは何もなさそうだからいいかなと!」


 ぐっ……!

 佳乃さんの言う通りなんだけど、はっきり言われると何故だか悔しい。


「まぁ、誰かに影響されて何かをやるってのも悪くないんじゃない? 一つの選択肢として考えといてよ」

「あ、ありがとうございます!」


 佳乃さんが“らしい”笑顔でニカッと笑っていた。




※※※




「ふーん、それで春斗くんはどうするの?」


 佳乃さんに名刺をいただいたことを陽葵に報告していた。

 当然、陽葵は今後どうるのか俺に聞いてくる。


「……気持ちはすごく嬉しいんだけどさ、ちょっと考えたいかなって。全然知らない業種だし」

「そっかー」


 俺が陽葵にそう言うと、何故か陽葵は安心したそぶりを見せていた。


「……何か陽葵、ほっとしてない?」

「してる! お仕事って一日中ずっと一緒にいるんでしょ! 佳乃さんと春斗くんがそんな風になるのやだ!」

「仕事は仕事でしかないから……」


 陽葵にピントがずれたところで反対されてしまった。


「そんなことないもん! 仕事とか言って二人きりで食事に行ったりして浮気されるんだ! 佳乃さんに春斗くんが取られちゃう!!」


 暴走機関車陽葵ちゃんの妄想が止まらない。


「……もうちょっと彼氏のこと信用しない?」

「……だって、だってさー」

「とりあえず、佳乃さんのところはまだ考えてないから。自分でどこまでできるかやってみたいし」

「むむむ」


 陽葵はあまり納得してなさそうだったが、渋々俺の言うことに頷いていた。

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