魔王と呼ばれた始祖たちの話

 そもそも、リースト一族の始祖からして、相当に強い執着の持ち主だったことが窺われる。


 この一族は魔法樹脂という、物品を中に封入する非常に特殊な魔法を開発したことで知られている。

 魔法樹脂を開発した最初のきっかけは、始祖が己の伴侶を不慮の事故で亡くしたことだったそうだ。

 亡骸の肌の色が変わり腐敗する前に、何としてでも、と保存する方法を編み出したのが最初だ。


 結果的に上手くいかず、始祖の伴侶は土に還ってしまったが、始祖はその後も魔法樹脂の術式の構築を諦めなかった。




 次第に、魔法樹脂は精度が上がり、中に封じ込めた物品の時間を止めることを可能にしていった。


 その頃になると、始祖とその一族の魔力使いたちは、まず古代において癒しきれない難病患者を保存していくようになった。

 魔法や魔術、医術などでも治癒できない病状の患者を、治療の解決方法が開発される時代まで保存するという目的が、魔法樹脂の使い手の使命となっていく。


 やがて始祖と一族の者たちは、円環大陸上の絶滅寸前の種族を安全に保存することに魔法樹脂を使っていくようになる。


 現在ではほとんど見ることがなくなったが、この円環大陸では古い時代には、どの種族においても古代種というものが存在した。


 エルフならハイエルフ、ドワーフならハイドワーフ、魔族ならハイデーモン。


 そして人間ならハイヒューマンと呼ばれる、その種族において格別魔力の高い上位種がいた。


 あるいは、今では人々の前から姿を消してしまった、獣や幻獣に変身できる種族もこれら古代種、上位種の一種と言われている。




 そうやって、様々な種族を魔法樹脂に封印していく様子が人々の目に“悪”と映り、やがて始祖は魔王と呼ばれて一族ごと迫害されるようになった。


 そこへ魔王退治にやってきたのが、今はこのアケロニア王国の王家となった一族の先祖だ。

 魔王の一族と対峙した彼らは必然的に勇者と呼ばれた。

 これが、現在まで続くリースト家とアケロニア王族の縁の始まりだ。


 魔王と呼ばれたからといって、悪役をやっていたわけではない。

 あくまでも、必要だから依頼されて古代種たちを魔法樹脂に封印していったまでだが、人々の目には随分と衝撃を与えたる光景だったようだ。


 結果的にある程度の戦いを経た後で、誤解は解けて和解している。

 そもそも、魔法樹脂は封印される対象者が生きて自由意志を持つ者ならば、本人の許可がなければ発動できないという開発者の始祖本人によるセーフティ機能が設定されている。

 術者が勝手気ままに透明な樹脂の中へ封じ込められるような、非人道的なものではなかった。


 勇者の一族とは、千年ほど前にともに現在アケロニア王国がある土地に移住してきている。

 当時はどちらの一族も、国からは一貴族の身分を与えられるのみだった。


 それから200年ほど経過して、前の王家が邪道に堕ちて勇者の一族の男に討たれた。

 勇者は新たな王家を興して、現在のアケロニア王族まで続いている。




 勇者の一族は王族となったが、リースト一族はこの国に移住してきた当初、当時の王家から伯爵に叙爵されて以来、伯爵家のままだ。


 身分は上がりもせず下がりもしない。


 数多くの貴族家が興り、また滅んでいったが、リースト家だけは変わらない。


 ほどほどに国と王家に貢献し、ほどほどに王家との関係を持ったり持たなかったり。


 時代ごとに一族の方針を定めて、自分たちの安住の地を守り続けてきている。


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