養父との対話
サロンで黙って百年前の話を聞いてくれた養父ルシウスの顔を、オデットはしみじみと眺めた。
今年37歳だという彼は、背が高く、鍛えられた男の身体を持つが、オデットともよく似ている。
リースト家の一族は、青みがかった銀髪と、湖面のような薄い水色の瞳が特徴だ。
中でも本家筋の者は、扱えるダイヤモンドの魔法剣の数が増えて一定本数を超えると、水色の瞳の虹彩に、銀色の花が咲いたような模様が出る。
オデットと今の当主ヨシュアの瞳には、銀の花が咲いている。
目の前の男、ルシウスにはない。
ただ、澄んだ湖面の水色の虹彩があるだけだ。
ということは、扱える魔法剣の本数が一桁ということだが、それにしては本人の醸し出す力が強すぎる。
しかも、よくよく見ると本人の身体の表面には薄っすらとネオンブルーの魔力が陽炎のように立ち昇っている。
この魔力の波長には覚えがあった。
「あなた、ずっと倉庫で眠ってたバブちゃんよね? いつ頃起きたの?」
リースト家、領地の本家の倉庫には、魔法樹脂に封印された一族の者たちが複数体保存されている。
国外のオークションで発見されたオデットもそのうちの一体だった。
それらの中で、最も古い一族だと伝えられていたのは、男の赤ん坊のものだった。
真っ赤に腫れた尻や頬をして、何かを堪えるような、むずがるように眉間に皺を寄せた顔で親指を咥えて蹲っている男の子。
一族の中で、最初に魔法樹脂に封印された者だと聞かされていた。
「37年前さ。君のことは覚えてるぞ、オデット。子供の頃、蹲った私を持ち上げて『あら男の子』などと言って笑って、兄に慌てて取り上げられてただろう」
「あら、そんなことまで覚えてるの? 魔法樹脂の中にいたのに?」
通常、魔法樹脂の中に封入されると本人の意識も肉体の時間とともに停止する。
それなのに、中にいながら意識があるとは、なかなかのものだ。
(ということは。この男、並の力量ではない)
百年振りに蘇ってから、屋敷の者たちや周囲からも、このルシウスという男が強いことだけは聞かされていた。
何がどう強いのか、具体的なことはまだ知らない。
「ヨシュアは戦う前に出立してしまったけど。お相手していただけますか?
「……あのメイスとは戦いたくないな。当たったら痛そうだ」
「じゃあ、あなたの魔法剣を見せてほしい」
一族はそれぞれ、自分の使いやすい形に魔法剣の形状を成形する。
元は魔法樹脂だから、形状の変更も容易だ。
オデットはレイピア。兄クレオンは手に握る片手剣以外は槍の形にしていた。
ちなみにオデットのメイスは、彼女が“新しく”創り出したものだ。もしオデットに将来的に子供が産まれることがあれば、その子にも受け継がれる可能性が高い。
「私はたった一本きり。数ならお前の勝ちだよ、オデット」
「じゃあ、やっぱり両刃剣?」
「刃はないんだ」
持っていたティーカップをソーサーに戻して、ルシウスが自分の身体の前に、両手の平を上にして突き出した。
直後、速攻で侍女たちがテーブルの上の茶器や茶菓子などを下げて、トレーとワゴンごとサロンから出ていった。
いったい何ごと、とオデットが見ている目の前で、ルシウスの捧げ持つように差し出された両手の辺りに莫大なネオンブルーの魔力が渦巻いて集積していく。
そしてルシウスの手の中に現れたダイヤモンドの両手剣は、そこからまた形を変えた。
「アダマンタイトの聖剣!?」
ルシウスの剣の最終形態は白く輝く光の剣だった。
ダイヤモンドのときにあった、透明で繊細に光を反射する輝きとはまるで違う。
清涼感のある莫大な魔力がオデットの白い頬を撫で、青銀の長い髪を棚引かせる。
「あなた、剣聖だったの?」
「残念、“聖者”だ」
「聖剣の聖者ってこと……」
ダイヤモンドの上位鉱物と言われるアダマンタイトは、リースト家の魔法剣士たちが目指す究極だった。
最初、一族の魔法剣士たちが魔力で生み出したのは単純な魔法樹脂の透明な剣だったと言われている。
少しずつ魔力を込め続けて、様々に性質の変化を実験し、辿り着いたダイヤモンドはひとつの一族の結論だという。
だがそこで、魔力が足りなくなった。
血筋の中に魔法剣を受け継ぐことがやっとで、もう何百年もダイヤモンド以上の鉱物や金属に変化させられる者はいなかったはずなのだが。
「そっか。もう我が一族は辿り着いていたのね。最高峰に」
復讐も終えてさあ次は、と気合いを入れていたところに出鼻を挫かれた気分だった。
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