さようなら、熊さん
「ですが、俺は、俺は……!」
サムエルはドマ伯爵家の五男で庶子。
家の中での立場は低かった。
そんなとき、学園の悪友たちからオデットの話を聞いた。
百年前誘拐され、陵辱寸前の半裸の惨めな姿で魔法樹脂に固められていた女の話を。
本人が復活し学園に戻ってきたことを聞き、閃いた。
あんな傷物女がメンツを大事にする貴族社会で相手にされるわけがない。
庶子とはいえ名門伯爵家のドマ伯爵令息の自分が婚約を申し入れれば、涙を流して喜ぶだろう。
そして実際その通りに婚約は上手くいった。はずだった。
「何でだ! 何でなんだよォ、上手くいってたじゃないかッ!」
これまでの経緯をごちゃ混ぜにして怒鳴り始めるサムエルの発言は、聞くに堪えない。
実に見苦しい。
オデットの養父、リースト伯爵ルシウスが、ユーグレン王太子を肘で軽く突っついてきた。
(えっ、私が突っ込むんですかこれ!?)
(私がやっても良いが、あの男の息の根を止めるぞ? うちの
(アッハイ、やります、私が言いますので!)
幼い頃から世話になってるせいか、王族の王太子とはいえどうもユーグレンはルシウスに弱い。
キリッとその端正な黒髪黒目の顔立ちを引き締めて、ユーグレン王太子がドマ伯爵令息サムエルに向けて事実を告げた。
「お前は最初からオデット嬢の手の上で踊らされていただけだ。……サムエルとドマ伯爵、関係者らを連れて行け!」
即座に、練兵場で控えさせていた衛兵と騎士たち、魔法騎士たちが動く。
ドマ伯爵家の者たちは体術や身体強化の術に優れる。
魔法騎士たちに魔力の発動を阻害する魔導具を使用させ、手練れの騎士たちに縄で拘束させてから衛兵に牢へ運ぶ手筈をあらかじめ整えてあった。
練兵場の地面にその場で拘束され地に伏したサムエルを、オデットが冷徹に、銀の花咲く湖面の水色の瞳で見下ろしている。
「お、オデットォ! 貴様、絶対、絶対、許さないいぃ!」
「ンフフ。許さないからどうだっていうの?」
笑いながら、まだ持っていたダイヤモンドのメイスを両手に持ち、思いきり振りかぶった。
サッと、サムエルを拘束してきた騎士たちが左右に避ける。
良い判断である。
「え、ちょ、待て、まさか!?」
魔導具で魔力を封じられた今のサムエルは、身体強化の術も解除されている。
体術の訓練をしている男だから、素のままでも筋肉のある鍛えられた肉体を持っているが、あくまでも生身。
オデットの魔力で創られたダイヤモンドのメイスは棘付きである。
破壊力も折り紙付き。
「鮭でも熊でも豚でも、……人間でも、とりあえず頭をぶっ叩けば一撃なのよ。知ってた?」
「待て、オデット! 謝る、謝るからッ」
「お前のような
オデットから大量の魔力が噴き出し、長い青銀の髪をなびかせる。
練兵場にいた者たちを一気に怖気立させるほどの膨大な魔力に、観客たちの中には腰を抜かした者も出始める。
「ヒィ……ッ!」
勢いよく振り下ろされたダイヤモンドのメイスだったが、オデットは絶妙なタイミングで勢いを殺して棘の部分でちょん、とサムエルの首筋を突っついた。
それだけだ。
だが、ほんの小さなその感覚だけで、サムエルは泡を吹いて卒倒した。
「お前を殺しても、誰も返ってこないのよね」
優しかった両親も、兄も、そして慕っていた王女殿下も、誰ひとりとして戻ってこない。
(こんなとき、先輩がいたら速攻駆け寄ってきてお説教なのに。……今にも入り口から長い黒髪を乱して現れそうなのに)
有り得ないとわかっていても、どこか期待していたオデットは、目を閉じて頭を振った。
こうして、リースト侯爵家の簒奪事件は未然に防がれることになった。
人々にリースト一族の実力を見せつけ、畏怖の念を抱かせながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます