少しずつ、獲物を罠に嵌めていく


 調べてみると、ドマ伯爵家は数年前に四男ナイサーが起こした犯罪により力が落ちていた。

 経済力も、貴族社会での影響力も。


 何をしたかといえば、四男が学園に在籍していた間、性犯罪を含む恐喝や暴力事件を多数起こしたのだ。


 それを当時のヨシュアや、彼の幼馴染みだった王弟や友人たちが摘発したことで被害者たちに莫大な慰謝料を支払うことになった。


 まだ学生の未成年が犯した罪とはいえ、内容が内容だ。

 強姦被害に遭った子爵令嬢が自殺したことも含めて、本人や取り巻きたちは重い罪の報いとして処刑や去勢刑を受けたとされる。




「この有様で、よくもまあリースト伯爵家うちに婚約の打診をしてこれるものだわ」


 オデットは呆れたが、相手の意図は手に取るようにわかる。


 今の当主のヨシュアは、数年前に大きな功績を立てていて、間もなく伯爵から侯爵となることが内定している。


 その情報をいち早く掴んで、新たに陞爵したリースト侯爵家の縁戚となることで傾いたドマ伯爵家を盛り返したいわけだ。

 サムエル自身は庶子で家の中の立場が弱いようだから、足場を固めたい意図もありそうだった。

 とても簡単で効果のあるやり方だ。


 ただし、上手く話がまとまればの話である。




 そして、当主のヨシュアがカーナ王国に発つ前に、彼は伯爵から侯爵へと陞爵された。

 ヨシュアの元々の伯爵位は、返上するのではなくそのまま従属爵位としてリースト家が保持することを許された。


 そこで、ヨシュアの叔父で後見人の、子爵位を持っていたルシウスが受け継いで伯爵となった。


 陞爵に伴ってリースト家に起きた大きな変化はこの辺りだ。




 ちなみにオデットは伯爵となったルシウスの養女なので、称号は変わらず『リースト伯爵令嬢オデット』のままだ。


 だが、属する家の本家が侯爵家となったことで、学園で周囲は彼女を自然と『リースト侯爵令嬢オデット』と呼ぶようになった。


 誤りである。

 オデットはあくまでも伯爵令嬢だ。


 その間違いに気づきながらも、オデットは自分は決して侯爵令嬢であるとは名乗らず、周りが勘違いしたままに任せておいた。


 これからに必要な仕込みとして。




 ヨシュアが侯爵となり、カーナ王国への出立を見届けた。

 その叔父ルシウスも、女王陛下の命で国内の地方出張を命じられて屋敷を留守にした後。


 オデットは自分の一存で、ドマ伯爵家からの婚約を受けることにした。


 ドマ伯爵家の五男サムエルはそこそこ強い魔力使いらしい。体術も使えるし、身体強化もできる。

 オデットが腕っ節が強いことは既にこの頃には貴族社会で再び知られるようになっていたので、強い男だったから婚約したとの噂を流していった。


 大したことはしていない。

 親友のグリンダと一緒に生徒会役員として生徒会室に集まったとき、他の役員たちとお茶をする休憩時間に話をして、それぞれが教室に戻ったときそれとなくクラスメイトたちに話をしてくれるようお願いしただけだ。


 ドマ伯爵令息サムエルはあまり素行の良い生徒ではなかったから、3年の役員たちは彼のこともよく知っていた。




 サムエルは見た目、熊のような大柄でずんぐりむっくり体型の男だ。

 顔も人相が悪く、普通の淑女なら選ばないタイプの男といえる。


 ドマ伯爵家の男は皆同じような容貌なのだが、それなりに強く、また利殖に長け、芸術品収集で財を成した家でもある。

 百年前のリースト伯爵家がオデットとドマ伯爵家の跡取りとの婚約を結んだ理由は、互いの家の事業に支援し合うためだったと聞いている。


 それは最悪な形の裏切りとなって破綻してしまったけれども。




「さあ、子熊ちゃん。私を楽しませてちょうだい」

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