BLACK And WHITE
くしやき
第1話
壁に、天井に、床に、テーブルに、絵画に、花瓶に、ランプに、像に、棚に、窓に、
豪奢(ごうしゃ)な寝室のそこかしこに突き立てられたましろ色の短剣、短剣、短剣、短剣―――
―――総計97の鋭利が、合計124の警戒を射抜いている。
そうして拓かれた寝台に腰かけ、女が短剣を弄んでいた。
薄い金属板からくり抜いたようなシンプルな短剣は、部屋を飾るのと同じもの。
そうでなくともこの光景を作りだしたのだと一目でわかる―――短剣のような女だ。
短く切りそろえられた静かな黒の髪。鋭い目つきは今はどこか退屈そうに細められ、薄暗闇の中でまたたく鮮血色の瞳だけが妙に印象に残る。
そんな見も知らぬ女がいるのを自分の寝室に見た老人は。
「なるほど。貴様が、そうなのか」
ただただ深い納得を吐息に乗せ、晩酌となるはずだったワインを一息に煽った。
額を中心に膨張する輝きのタトゥを戴く堂々たる老人。
絢爛(けんらん)なる魔王と呼ばれるその人物は知っていた。
おのれの仕掛けた124の魔術、その全てを破壊する無垢の短剣(しろいろ)を。
けれど老人はその女の、特徴的な色彩さえも知らなかった。
その意味することを理解しながら、老人はワイングラスをサイドテーブルに置いた。
「―――神父様によろしく」
「ふむ」
とつぜん放たれる女の言葉。
魔王が問い返せば、女はひいらと魔王を見すえる。
静かな瞳だった。
いま自分が放った言葉にも、目の前の魔王にもなんの感情も抱いていない。
「そう伝えるように依頼を受けた。それだけ」
女が老人とすれ違う。
なにげなく胸に突き立てた短剣が、あっさりと魔王の命脈を絶っていた。
それでもなお彼女の中にはなんの感情も芽吹かない。
思うことはただひとつだった。
(これでようやく、めいっぱいいちゃいちゃできる……)
自宅で待つ愛おしい人に一刻も早く会うために、彼女はさっさと寝室を後にした。
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