今回の舞台は・・・
リムジンは私と七加瀬の前で止まる。
そして運転席から出てきた、いかにも執事という初老男性が後部座席の扉を開くと、二人の女性が出てくる。
一人は先程運転席から出てきた初老男性とお揃いの燕尾服を着た女性、そしてもう一人は
「うわっきゃほーい!!七加瀬くーん!久しぶりぃーーーー!!!」
出てきたそばから七加瀬にミサイルの様に飛びつく。
七加瀬は特に嫌がる様子もなくその女性を受け止めた。
その女性はとても派手な見た目をしていた。
赤が薄く混じった金色の髪に派手なメイク。
服装に関しては嫌味にならない程度に抑えられてはいるが、みるからに一目で高級ブランド品であると想像できる物ばかり。
そして、それらの外装に負けない程の美貌と起伏のあるプロポーション。
てか、胸デカっ!
私は実際に会ったことも見た事もないが、彼女が迫間蕗で間違いはないだろう。
てか、抱きついてる時間長くないかぁ?
有利ちゃんに言いつけるぞ!
そしてひとしきり抱き終わった後に、迫間蕗は七加瀬にその吐息すら当たる距離で話し始める。
「生の七加瀬君だ!七加瀬君の匂いがするねー!最高だー!!ところで、結婚しない?」
「丁重にお断りさせていただきます〜」
「丁重なら仕方無いなー!また、次の機会にお願いするよ!」
そういった、光月有利が聴けば卒倒する様な話を、卒倒しそうな距離で話す二人。
そんな二人の会話は七加瀬の声色を察するに、いつも通りの会話であるのだろう。
よくある、慣れ親しんだ者同士の行う内容の無い、脳味噌のトロけた様な会話だ。
てか、本当にいつまで抱きついてるんだよ!マジで!
そんな事を考えるも、口に出せない私であった。
しかし、そんないつまでも続くのでは無いかと感じた抱擁を、リムジンから一緒に出てきた、燕尾服を来た女性がやんわり引き離す。
そして、一息置いた後に話し始めた。
「いつまで引っ付いてるんだ、ウジムシ。早く離れろ、迫間様が汚くなるだろうが」
いや、怖っ。口悪すぎだろ。
燕尾服を着た女性の立ち振る舞いは、まさに高貴な者に仕える執事然とした厳格な姿勢であるのだが、その口からはとんでもない爆弾が飛び出していた。
・・・ウジムシなんて、普通言わないよね?
そんな口の悪い女性に対して、七加瀬は怒る素振りを見せる事もなく、むしろ軽く微笑みながら話し始める。
「相変わらずだな、神舵。俺に対して当たりが強すぎるだろ」
そんな人当たりの良い七加瀬の態度に、神舵と呼ばれた女性は更に嫌悪感を増した様な表情を浮かべる。
「当然だ。私は何度も言っているが、お前が大の大嫌いだからな」
コミュ障である私からでも察せるが、どうやら二人はあまり仲が良く無い様だ。
仲が良く無いとはいっても、神舵が一方的に七加瀬を嫌っているだけの様だが。
「神舵ちゃんさー。七加瀬くんに喧嘩売るのやめろって言ってるよねー。直ぐに忘れるよねー」
そんなギスギスした神舵を、迫間が諌める。
迫間は笑顔を崩さないが、心なしか少し顔が怖い所を見るに、怒っているのだろう。
単に神舵の口が悪い事だけでなく、迫間を七加瀬から引き剥がした事も関係がありそうだ。
「お言葉ですが迫間様!こいつは、絶対にさっき抱きつかれてる時に鼻の下を伸ばしてました!危険です!何をされるか分かったもんじゃありません!!」
「いやー、神舵ちゃん。私はそれを狙ってるのに、君の口からそんな事を言っちゃおしまいだよ。主人の作戦をバラすとはボディーガード失格だぜー?」
「す、すいません・・・。って、そういう話ではなくてですね!」
「アーアー。聞こえない。そうだ、七加瀬くん!海を背景に写真撮ろうよ!!バえるぜー、RT1万超えるぜー」
そう言い、また七加瀬の身体に密着する迫間。
そんな迫間を許す筈も無く、引き剥がしに行く神舵。
そしてその二人に困った様な表情を浮かべる七加瀬。
ここは地獄か何かなのだろうか。
「早く迫間様から離れろ七加瀬!」
「七加瀬くん、写真撮るから笑ってー!てか、神舵ちゃん、ツーショットの邪魔だよ。離れなさい」
「幸子。この二人を何とかしてくれ」
なんだ、この中学生の恋愛より分かりやすい三角関係は。
いや、別に中学校に通った事はないので詳しくは分からないのだが、それ程にこの3人の関係は分かり易い。
迫間は七加瀬が大好き。
神舵は迫間が大好きで、七加瀬が嫌い。
そして、七加瀬は特に際立った感情を二人には抱いていないであろうが、板挟みに合っている。
この様な関係だ。非常に分かりやすい。単純明快。
だからこそ、間に入りづらい。
・・・よし、無視しよう。
「幸子〜頼む〜助けてくれ〜。」
いやー、今日も空は綺麗だなー。
おっ、入道雲じゃないか。
予報では、明日から天気が崩れると言っていたし、アレのせいかな〜。
そんな現実逃避を行なっていると、乳繰り合っていた3人の内の一人である迫間の視線がこちらに向く。
「あっ!君が七加瀬くんの言っていた、斑井幸子ちゃんだね!!」
・・・やばい。他人のフリをしていたが、見つかってしまった。
といっても港は閑散としており、他人を装うのはハナから無理な話ではあったのだが、できれば関わりあいたく無い雰囲気を感じ取ってソッとしておいて欲しかった。
仕方なく、迫間の言葉に私は言葉を返す。
「は、初めまして。ま、斑井幸子といいます。こ、この度は事務所に依頼していて頂いて有難うございます。」
そんな当たり障りの無い挨拶を返した私に、迫間はズンズンと近づいてきて、私の目の前で止まる。
近くで見ると分かったが、身長は私より少し高いようだ。
猫背に加えて、目線がいつも下に向いている私の眼前に、こんなにボインボインに育った乳房があるのだ。間違い無いだろう。
G?・・・いや、もしかするとH?
しかしこうして落ち着いて見てみると、他人の乳というものは同姓であっても意外と興奮するものだ。性的興奮というより、憧れといった感情には近いであろうが。
「うんうん!七加瀬くんから聞いたマンマの子だね!良きかな良きかな。・・・で、七加瀬君と一つ屋根の下で暮らしてるって、マジ?」
迫間は、そんな他人が聞いたら誤解しそうな内容の話しを、言葉の頭とお尻で明らかに圧力の違う声色で話す。
「い、い、いや。そ、そ、それには色々な事情があってですね。」
この言葉の詰まりは、決して七加瀬とやましい事をしているという理由から来るものではなく、迫間の乳をタダでガン見していた罪悪感から来るものである。間違い無い。
そして迫間の言う通り、私は七加瀬特別事件相談事務所に所属してすぐに、前の借家との契約を切り、事務所の一室に引っ越したのだ。
これは七加瀬と有利による提案であり、夜に私が暴れるのを防ぐ為である。
といっても七加瀬いわく、夜は普通に寝てるだけで、もう一人の私はまだ見たことがないとの事なのだが。
何故もう一人の私が出てこないかというと、先の事件で剣豪・鍔蔵剣華に打ちのめされた反動であろうとの事なのだが、真相は当の本人の私ですら分からない。
しかし、七加瀬とは一つ屋根の下とはいえ、何かが起こる訳がないではないか。
確かに、先の事件で少なからず七加瀬の事は好意的に思ってはいるが・・・。
思考の内に篭り、手遊びを始める私に迫間は更に距離を詰める。
もう乳房しか見えない。
「何もなければ良いんだけどね!まあ、交月も居るし大丈夫だよね!」
オッパイが喋った!
と、冗談はさておき、実際に有利ちゃんの恋愛センサーは厳しく、好感度が上がる様な事を七加瀬や私がすると、必ず有利ちゃんが釘を刺してくる。
七加瀬と彼女らの関係性も、七加瀬達が過去を話したがらないので詳しくは分からないが、迫間といい有利ちゃんといい、何故それ程に七加瀬が好きなのだろうか。
「そ、そうですよ。は、迫間さんが思ってる様なことなんて、な、何も起きてませんし、有利ちゃんが居るのに、そんな度胸もありません」
「そりゃそうかー。いやー、聞いて悪かったね!」
納得したように頷いた後に、神舵にまだ絡まれている七加瀬の下に駆け寄る迫間。そして、また三人で地獄の様な掛け合いを始める。
それにしても、疲れた。
私は、初めましての人物と会話するのが苦手だ。
私の言葉の何が相手の癇に障るか分かったもんじゃ無いというのもあるが、どうしても会話の途中で、考えが纏まらなくなり、自分の中での自問自答が始まってしまうのだ。
いうなら、思考の海に溺れてしまう。海辺だけに。
この事を七加瀬に過去に相談した事が有る。
その時に七加瀬は、
『良い事じゃ無いか、思慮深いって事だろ?俺とは真逆だな』
と好意的に受け取っていたが、私からしたら私なんてのは返事が遅くて言葉に詰まる変な奴だ。
七加瀬みたいに思った事をはっきりと言える性分であれば良かったのにと、何度思った事か。
案の定、そんな考えても仕方ない事を考え込む私であったがその時、じゃれあっていた迫間が黄色い声を挙げる。
「おっ!キタキタ!コッチコッチー!!」
そう言い海の方角に大きく手を振る迫間。
何か来ているのであろうかと、今まで下に向けていた視線を海の方にやると、いかにも金持ちが所有していそうな、2隻のクルーザーが迫間達のいる波止場に近づいて来ていた。
どうやら、あれが今回の依頼の舞台へ向かう為の船の様だ。
そう、迫間の依頼は波止場で七加瀬とイチャコラするといった内容では無い。
今回の依頼の舞台は・・・。
「それじゃあ行こうか!!美術島へ!!!」
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