第24話 ︎︎縁は異なもの味なもの

 食堂に足を踏み入れると、キーナが既に料理を配っていた。今日はちゃんと俺の席にも準備されている。


 ひとつ息を吐き、キーナの元へ行く。


「……おはよう」


 俺を見るなり、身を縮めるキーナ。その視線は忙しく動いていた。何度か口をパクパクさせて、上目遣いで見上げてくる。


「あの、昨日は……悪かったわ……ごめんなさい……」


 少し口を尖らせ、不本意を隠せていない。それでも、きちんと謝ってくれるのは嬉しいと思った。だから俺も頭を下げる。


「いや、俺も悪かった。言いすぎたよ。ごめん。……この後、時間をくれないか? ︎︎お前とはちゃんと話しておきたい」


 そう言えば、キーナは分かりやすく狼狽うろたえた。イルベルから話はいっていたはずだけど、まさかこんなに急に申し出るとは思っていなかったんだろうな。


 でも、イルベル達だって、俺が魔術師として使い物になるまで、じっとカンパニーハウスで待っている訳じゃない。この3日間は依頼終わりの休暇だそうだ。俺と出会った時、既にあの森に入って5日が経っていたらしい。


 依頼で植物の植生を調べていたとか。町から近い森だけど、定期的に調べておかないといつの間にか外来種が入ってきたり、いるはずのない魔物が繁殖したりしているからだそうだ。


 この『青猫』の活動は依頼を完了後、休むスタイルを取っている。今回は5日だったから物資の補給や、武器の手入れなども含めた3日の休暇だった。


 だから、明日からまた依頼を受けに行く。ゆっくり時間を取るには今日しか無かった。


 キーナもそこは分かってくれたのだろう。不承不承という感じではあったけど、頷いてくれた。


「ありがとう。じゃあ、後でまた。そうそう、昨日の料理、美味しかったよ。今日は何かな、楽しみだ」


 表情を緩めて緊張を解く。キーナもほっとしたようだ。料理を褒めたら、少し頬を染めた。


「べ、別に、そんなに大したものじゃないわよ。昨日の残りの野菜スープに若鶏のソテー、パンも焼きたてだから、ソテーを挟んでも美味しいわ。でも、簡単なものばかりよ」


 そう言いつつも、どこか自慢げだ。俺は笑って食卓に着く。


「いやいや、簡単って、どれも美味そうじゃないか。パンもお前の手作りか? ︎︎すっげーいい香り。野菜スープは昨日も食ったけど、めっちゃ美味かったし、メインの魚も俺好みでさ。あのソースって何? ︎︎今日のとは違うよな。お前いい嫁さんになるよ。俺、まだこっちの料理とか食材が分からないから、教えてくれると嬉しいんだけど」


 キーナが普通に話してくれたのが妙に嬉しくて、つい早口で捲し立ててしまった。でも返事が無くて、不思議に思ってキーナを見ると、その顔は真っ赤に染まり、何故か瞳が潤んでいる。


「へ、キーナ? ︎︎どうしたの。何か気に障った……?」


 おずおずと問いかけると、キーナの肩が跳ねて、フルスイングで頭をぶっ叩かれた。


「う、うるさい! ︎︎これくらい誰でも作れるわよ! ︎︎ほ、褒めたくらいで私が落ちると思わないでよね!」


 喚くキーナは、そのまま背を向け、自分の席に座った。でもそこは俺の目の前。バチりと視線がぶつかり、また茹でダコのように真っ赤になる。慌てて視線を外し、キーナはカトラリーを手に、勢いよく食べだした。


 俺は何がなんだか分からず、呆然として固まってしまう。半口開けたまま、隣のイルベルに目をやれば、ニヤついた顔で俺を見ていた。


「ふーん。俺好みに、いい嫁さん、ね」


 へ。

 え、もしかして、キーナに気があるとか、そういう風に聞こえたの!?


 今度は俺が慌てる番だ。何も意識せずに出た言葉だったから、深く考えていなかったのに。


「いや、そんなんじゃなくて、ほんとに美味かったから! ︎︎イルベル達だって、そう思うだろ!? ︎︎こんなに美味い料理が食べられる旦那は幸せだろうな~って、そういう感じで……」


 俺まで顔が熱くなってきた。変な汗が背中を伝い、しどろもどろだ。


 しかし、イルベル達はそんな俺の反応にもニヤケている。メイムとディアなんか、見せつけるようにお口あ~んをしていた。


「確かに、キーナの料理は美味いけど、俺は貴族だし、そこまでじゃないかな。あ、でも婚約者が作ってくれたお菓子は世界一美味いと思うよ。ここの所会えてないから、久しぶりに会いたくなってきた」


 イルベル婚約者いるの!?


 って事は、今の段階で独り身は、俺とキーナだけ……。


 いやいや!

 だからって、そういう気は無いし!


 そもそも俺達はそれ以前の問題だ。まずは、お互いのわだかまりを解決する事が優先であって。


 でも、そういうのも、あり、なのか?


 ほんの少しだけど、ちゃんと俺の目を見て話してくれたキーナは、正直可愛かった。


 ちらりとキーナの様子を窺うと、まだ頬を染めたまま、小さな口でもそもそと食べている。


 それは薄く色付き、果実を思わせた。


 ――甘そうだな……。


 過ぎった不埒な考えに、ハッとする。


 ――何考えてんだ俺!


 その後は、イルベル達の生暖かい視線を感じながら、キーナを意識せずにはいられなかった。

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