第11話 ︎︎見つけたもの

 夢と希望に胸を踊らせる俺の目の前に現れたのは、それは見事な雄っぱいだった。


 筋骨隆々の体は活力に満ち、綺麗に剃られたスキンヘッドが輝く。


「やぁ、諸君。初めまして。私はゲイデ・ハーナイ。現役の冒険者だ。カンパニーは『輝ける刃』という。新人育成のためにこうして研修を受け持っている。この時間は冒険者に必要な基礎知識を伝授していくぞ。だがこれはあくまで基礎だ。諸君らはこれからカンパニーに所属する事になるだろう。そこで最低限必要になる知識だと思ってくれ。大丈夫。カンパニーで活動するうちに自ずと身についていく」


 周りの子達は真剣に聞いてるけど、俺はというとちょっと胃もたれしていた。


 いや、あのさ。

 俺、確かにおっぱい好きだよ?

 でもなにこれ。


 どうしても視線が惹き付けられる谷間に柔らかさは見当たらない。


 見せつけるようにポージングを決めるおっさんは満面の笑みだ。


 俺の拳はプルプルと震える。


 ふっざけんなやぁぁぁぁっ!!


 受付嬢もいない!

 教官は筋肉ダルマ!

 出会いをくれ出会いを!


 あ、言っとくけど俺ハーレムって嫌いだかんね。たった1人の女性を愛し、生涯を賭けて幸せにするのが漢ってもんだろ。


 ハーレムは男の夢とか言うけどさ、俺には何が良いのかさっぱりだ。1人の男に群がる女なんてひとくせもふたくせもあるに決まってる。醜いいさかいを見せられるのが関の山だろうよ。


 俺がこういう考えを持つようになったのは、親父が浮気症だったから。大した稼ぎも無いくせに他所に女を作りまくって、刃傷沙汰も1度や2度じゃない。それに巻き込まれて、どれだけお袋が苦労したか。


 そんな両親を見て育ったから、俺は絶対浮気はしないと決めている。


 今の所、知り合いの女性といえばディアとキーナの2人だけだ。


 特にディアは付き合いやすそうだなと感じた。少し男勝りだけど、聞けば26だと言うし歳も近くてサッパリした性格は好感が持てる。こういう人とならいい関係を築けそうだと思っていた。


 ところが、だ。


 なんと既にメイムと付き合っていると言うではないか!


 カンパニーハウスで妙に距離が近いからまさかと思って聞いてみたらそのまさか。イルベルなら有り得るかもと思ってたけど、メイムとはなぁ……。でもメイムは俺から見ても良い奴だもん。わかる気がする。


 残るはキーナだけど……うん、論外!

 あんなツンケンした子は好みじゃないし、そもそも俺には若すぎる。顔はいいんだからもっと愛想良くすればいいのに……。


 腕を組んで若干の現実逃避をしていると、前の席から冊子が回ってきた。質の悪い紙を紐で束ねただけの薄い冊子だ。何度も使い回しているんだろう。インクが滲んでいたり、端が破れていたり。こんな物でも貴重なんだと分かる。


 不意に、会社で何も考えずシュレッダーにかけていた事に罪悪感が込み上げてきた。


 例えどんなにブラックな企業だろうと、俺は恵まれていたんだ。日本という国に生まれて、戦争も昔の話。コンビニに行けば簡単に美味いものが買える。蛇口を捻れば安全な水が飲めて、美味いビールもゲームなんかの娯楽も望めばいくらでも手に入っていた。


 でもここは、魔物が闊歩する異世界。


 ハッとして顔を上げ、周りを見渡せば子供達の瞳は信念に燃えていた。この子達はこんな若さで命のやり取りが当たり前の世界に飛び込もうとしている。


 それに比べて俺は……。


 あの年の頃に考えていたのはアイドルが可愛いとか、河原にエロ本が落ちてたとか、そんなくだらない事ばかり。


 今もそう。

 この異世界を現実だと頭では分かっていても、どこかゲーム感覚でいたんだ。この世界で初めて出会ったイルベル達の親切心に乗っかって、服とか飯とか、貰える事を当然のように受け入れていた。


 何が自分の価値だ。

 それが分かっていないのは俺の方。

 偉そうに語ってんなよ。


 託すなんてカッコつけた所で、負け犬には違いない。


 子供達が眩しくて冊子に目を逸らす。

 表紙には『冒険への手引き』と大きく書かれている。その下には鎧を着た戦士と弓を持った狩人、そして節くれだった杖をかざす魔術師が描かれている。何故か教会の聖術師はいない。


 ペラリとページをめくれば飛び込んできた文字。


『君は守りたいものがあるか』


 俺の……守りたいもの……?


 そんなの考えた事もない。


 家族?

 就職してから1度も会っていない。


 恋人?

 いない歴=年齢だ。


 俺の人生、ほんとにビールとゲームだけだな。惨めになってきた。それでも何かあんだろう。こう、熱中できるもの。


 教官の話もそっちのけでうんうんと唸る。


 瞼を閉じた暗い先に灯ったもの。


 それは。


 ……カンパニー……?


 そう考えた時、どくりと胸が鳴った。

 次々と脳裏に浮かぶ仲間達。そこにはキーナもいた。


 今の俺が持っている唯一のもの。


 そうだよ。俺には仲間がいるじゃないか。貰ったんなら返せばいい。働いて働いて、倍にして返せばいいんだ。俺を拾って良かったと思ってもらうために、危険をかえりみず助けてくれたその恩に報いるために。


 俺って本当に馬鹿だな。昨日決めた事がもう頭から抜けていた。焦りもあったんだと思う。俺の半分も生きていないような子供達の熱に気後れしてしまった。


 いいじゃないか。アラサーの執念見せてやるよ。これでも1度は勇者に選ばれたんだ。あの高飛車天使の言う神が選んだのなら、適正か何かの理由があったはず。それがスキルなのか特性なのかは分からない。でももし、依頼をこなしていく中でそれが分かれば、きっとイルベル達の役に立てる。


 それにあいつらにも吠え面かかせてやらなきゃならないしね。どこかで勇者に会う事もあるかもしれない。その時どう動くかも考えとかないと。


 あとはキーナだよな……。

 後衛同士、連携を取らないといけないのに、今のままじゃ確実にイルベル達の足を引っ張ってしまう。普段はいいけど、戦闘中だけでも合わせてもらわなきゃ。どうしたもんかね。


 う~ん。

 俺が頭下げるっきゃないか?

 年上として折れる事も必要かもな。悔しいけど、それで聞いてくれるんならいくらでも頭を下げるさ。命にゃ変えられないし。


 それにはまず実力をつけないとな。キーナが俺を必要だって思ってくれなきゃ、話し合いにもなりゃしない。とことん俺を嫌ってるんだから。


 よし!

 やる事は見えてきた。


 今の俺にくすぶっている暇は無い。


 見てろよ。絶対『青猫』を最高のカンパニーにしてみせるからな!

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