第8話 ︎︎仲間という財産
え?
ちょっと待って?
カンパニーハウスって言ったらもっと質素な物じゃないの?
だって、できたてのカンパニーよ?
それが何?
この豪邸。
俺はアホみたいに口を開け
その間抜け面に皆が吹き出した。
ハッとするも後の祭り。揃って腹を抱えて笑っている。あのメイムまでも!
お前の声初めて聞いたぞ!?
でかい図体の割りに可愛い声だなオイ!
しょうがないじゃん。こんな豪邸お目にかかる機会なんて滅多にないし、皆の身なりだって素朴だから家もそんなもんだと思ったのに。
気恥ずかしくなって俯きシャツの裾を弄っていると笑い声が大きくなった。涙まで流してやがる。
俺はとうとう耐えられなくなって声を張り上げた。
「んな笑わなくてもいいだろ!? ︎︎俺はただの庶民なんだからこんな豪邸見た事無いの! ︎︎しかもこれから住む場所だなんて……マジで?」
改めて口に出しても現実味がない。俺が住んでいたのは6畳のワンルームだ。押し入れも狭かったし風呂もユニットバス。昔は1LDKに住んでいたけど寝に帰るだけの部屋に金をかけるのが馬鹿らしくなって引っ越した。
今でも広い部屋には憧れがあるさ。ある意味成功の証だもん。それがこんなに容易く手に入っていいの?
もちろん正式な持ち主はリーダーのイルベルだけど、家賃も格安、3食付でこの豪邸に住めるなんて。食事は当番制とはいえできすぎじゃない?
俺、もしかして夢見てるのかな。
だってさ、いきなり真っ白な空間に迷い込んで天使に会って、捨てられたと思ったらこんな仲間に巡り会えたんだよ?
落とし子って境遇は喜べる物じゃないけど、もうこれだけで十分幸せかもしれない。超ブラックから超ホワイトに転職できたんだから。
あのまま日本にいても過労死が待っていただけだろう。狭いアパートで孤独死する。そんな未来だ。その上腐乱死体で発見とかなったら目も当てられない。それを万が一なんて笑っていられるような生活じゃなかったんだ。
それがすぐそこにあるリアル。
彼女を作る時間も無い。
眠る時間はごくわずか。
食事さえままならない。
それが一転して、こんなに恵まれた環境に身を置く事になるなんて思ってもいなかった。
つっと流れる涙。
ああ、俺は生きている。
長い間感じられなかった感覚だ。
周りには笑い転げる仲間達。
あまりに笑うから声を荒らげてしまったけど、就職してからの10年間こんな事無かった。
飲み会は上司のご機嫌取り。取引先にペコペコと頭を下げ、有給なんて夢のまた夢。
でも今は――
「お、おい。ルイ? ︎︎そんな泣くほど嫌だったか?すまん、笑って悪かった。あまりに驚くからつい……」
3人揃ってワタワタと慌て俺を宥めようとする。それすらも嬉しくて俺は泣きながら笑った。
「いや、こんなに笑ってくれる仲間なんて今までいなかったからさ、気づいたら泣いてたわ。嫌だね、いい歳した男がこう何度も泣き顔見せるなんて」
涙を拭い、息を吐く。
イルベル達には出会い頭から泣きついてたしな。泣き虫だと思われたかもしれない。
でも、泣いたのなんて久しぶりだ。そんな感情さえ麻痺していた。笑ったのもそう。ここに来てから俺の心は再び動き出した。
それは自分の意思で踏み出したものではないけど、結果としては上々だ。
皆を見渡すとホッとした様子で視線を交わしている。そして改めて俺をカンパニーハウスへと招いてくれた。
前庭には素朴ながら色とりどりの花が咲いている。なんとメイムの趣味だとか。とても丁寧に手入れされていてメイムの几帳面さがよく分かる。凄いと褒めると照れながらはにかんでいた。
花々を見送り玄関に辿り着く。古いけど重厚な扉はまだまだ現役だ。軋んだ音を立てて開かれると階段のある小さな広間が出迎えた。左右に伸びた廊下は窓からの日差しで明るい。
1階にはキッチンやダイニング、風呂にトイレなんかの共同部分が集まっていて、2階が男性、3階が女性の部屋だ。各5部屋ずつあり、今の目標は2組に別れて依頼を受けれるようにメンバー10人を目指すらしい。
大御所カンパニーともなると100人単位の巨大な集団だとか。それをまとめるにはリーダーだけでは無理がある。補佐や事務処理担当、後方支援、経理etc.....。前線に出る冒険者だけではなくハウスを維持するための人員も必要になってくる。それを集めるためにも依頼達成度は重要だし、冒険者の層も厚くなければならない。
ここに集まった最初の5人。
俺達からこのカンパニーは始まる。
それは結構な大役だと言える。俺達がポシャればこのカンパニーが終わってしまうから。それは嫌だ。助けてくれた恩に報いるためにも頑張らなければ。
モチベーションは最高潮。ブラック企業にいた時とは段違いだ。きっと今俺の顔は輝いている。働く意欲が湧き上がって、嫌が応にもこれからの生活に期待が高まっていく。
1階の案内が済むと俺の個室に通される。その広さに感動した。10畳はあろうかという洋室に大きなクローゼット。清潔なベッドも用意されている。寝具はすぐに持ってくると言ってくれた。
いやに手際がいいと思ったら、そろそろ新メンバーを募ろうとしていた所らしい。そこに俺は運良く入り込めたっていう訳だ。
少しでもタイミングがズレていたらどうなっていたか。狼に追われたのも今では良い思い出だ。ほんの3日前の事だけどね。
部屋は大きな窓から風がそよいでくる。今はクローゼットとベッドだけしかなくてまだまだ余裕のある室内に、家具は自由にしていいとイルベルが言う。
う~ん。
それならまずは机かな。魔術の勉強にも使うだろうし、あれば何かと便利だろう。
そういえば、この世界って本はあるんだろうか。異世界物では貴重なイメージが強い。これから冒険者として力をつけていかなければならないんだ。肝心の魔術書が手に入らないとなったら詰んでしまう。
「なぁ、イルベル。この世界って本はあるのか?あるとしたら価格とか知りたいんだけど」
そう聞いてみたら渋い顔で答えた。
「本か……あるにはあるが高価だな。1冊で家が買える。なにせ装丁から文章まで全て手作業だからな。写本でもいい値段するんじゃないか? ︎︎お前が欲しがるって事は魔術書だろう? ︎︎読みたいなら図書館がいいかもしれない。入場料を取られるが買うより何倍も得だ。あとはギルドにも置いてある。あまり高度な本は無いがまだレベルも低いし、しばらくはそれで事足りると思うぞ」
なるほど。ギルドで基礎は学べそうだな。明日行った時に見てみよう。そもそも俺が魔術師になれるかどうかもまだハッキリしないし。
イルベルが向いてるって言ってくれたから特に必要な技能は要らないみたいだけど念の為、断られた時の心構えがしとかなきゃね。その時は今後の生活もまるっきり変わってしまうんだから。
ここにもいられなくなるかもしれない事を覚悟しとかないと。そうは考えたくないけど負け馬根性はそう簡単には治るものでもない。
何はともあれまずは明日の居住届と冒険者登録を無事終わらせる。俺の冒険はそこからだ。
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