11 ダメ王子と妖精様によるゴミ屋敷掃討大作戦
妖精様、紅野エリカの美味しい(辛い)昼食の後の小休憩として二人でソファに座り、(拳5個分開けて)以前放送していたバラエティー番組を見ていて30分が経った頃、エリカが急に「一度家に戻りますね。鍵は開けておいてください」と言って家へと帰宅した。
言われた通り鍵をかけずに待つ事10分。
ソファで座って待っていると、ガチャリと扉が開く音が聞こえた。
玄関ではきちんと相手を出迎えるようにと母親の教育に従い、玄関までエリカを出迎えるとエリカの姿に驚愕した。
ダンボールなど運ぶのに便利なカートを引っ提げていてその上にはモップに箒にちりとり、ブラシ類、掃除機、その他諸々の掃除アイテムが揃っていた。
更に髪型もサイドアップではなく、頭の後頭部にシニヨンを作り三つ編みで纏めている。
先ほど見たジャージの上に清掃用のエプロンを付けており、エリカの格好が何故ここに来た時ジャージだったのか納得がいった。
動きやすいかつ、汚れてもいい格好だったのだろう。
それにしても随分気合の乗った格好だなと唖然とする。
今から掃除でもするような格好に恐る恐る頬を引き攣らせながら「何だ?その格好」と聞くと答えは即答で返ってきた。
「勿論、今から貴方の部屋を掃除するのです。以前は星川さんは熱を出していたので一人でやりましたが、今回は手伝っていただきますから覚悟してくださいね」
「・・・・俺それいる?前も一人でやったんだから今回も一人で」
「いえ、自分で汚した家くらいは自分で片して下さい。それが普通です。というか今まで放置していたのが悪いのですよ」
「うっ。・・・おっしゃる通りです」
中々エグい所を突いてくる。それを言われては何も言い返せない。
どうにもやる気満々のエリカのペースに飲まれて素直に承諾してしまった。
「・・・ではまず初めに散らかり放題の星川さんの部屋からやりましょうか」
「・・・かしこまりました」
「よろしいです。では、お掃除しますよ」
「へい」
「言っておきますけど、徹底的にしますよ。それと返事はしっかりと、はい。ですよ」
「ハイ」
「それと、部屋で掃除している最中にサボる事はしないように。妥協なんてさせませんしさせる気もありませんから」
「了解」
「部屋の掃除ですが、まず初めに服は洗濯かごにまとめて放っておきましょう。あれは後でも出来ます。本来は掃除機や箒などでゴミを攫っておきたいところですがこれはそれ以前の問題です。・・・あ、かごに入れる際ですけど小分けした方が後でやり易いので小分けして下さい。しかし・・・これ着てる物と着てない物の区別付かなそうですから、落ちてる物は全部洗濯しますがよろしいです?」
「ハイ」
エリカの有無を言わさぬ威圧に押し負け、冬華はただ「ハイ」と返事をするしかない。
「それと絶対に要らないと思った物は迷わず捨ててください。後、念を押しておきますが絶対にサボらないように。ぐちゃぐちゃなんですからね」
「へい・・・いやもういい。勝手にお好きなようにしてくださいませ」
冬華の性格をある程度認識したのか、サボるなと念を押して言ってくるエリカにもう反論する気もなくなり流れに身を任せるだけになった。
「では初めて行きましょう」
「うす」
こうしてエリカと冬華によるゴミ掃討作戦が開始された。
エリカの采配は大した物で、冬華は感心しながらエリカの采配通りに動く。
「・・・・洗濯物はそこの二つのかごに入れてください。きちんと分けるように」
「ハイ」
「それと・・・服が終わったら雑誌やプリント類ですが・・・基本的に全て処分です。
コレクションとかしてるなら残しますけど、この様子なら全て捨てても構いませんね」
まるで風のように部屋の掃除をするエリカは、冬華に落ちている服などの小分けの指示をしつつ、持参したと思われるビニール紐で雑誌を縛っている。
雑誌を纏めながらエリカが必要な雑誌はないのかと改めて聞いてくるので、数秒空を仰ぐように考えて特にないので首を横に振る。
エリカはそれを見てさっきよりも遥かに早いスピードで雑誌を纏めていく。
「衣類が終わったら、私物の雑貨物の仕分けをしてください。必要と不必要はきちんと分けるように。いいですね」
「おう」
「采配に不服があるようなら述べてもらって構いませんよ」
「いや、采配に不服なんてないよ。・・・うん。ただテキパキしてて凄いなぁと思っていた所でございます」
「そうしないとダメでしょ。時間もないですし何よりこれを1日で終わらせようと思ったらテキパキしないとダメなんですよ」
「ごもっともです、はい」
今日が休日で良かった。と、本気でそう思う。これが平日の学校終わりとかなら地獄だ。
片付けを滞りなく終わらせ早めに掃除機をかけてしまいたいところだ。
何故なら、近所迷惑になるからだ。
それも見越してか、エリカは掃除機を早く掛けるために片付けのペースを早めているのだろう。
「ほら、もっと手を動かすスピードを早めてください。ただでさえ星川さんは要領が悪いんですから」
「・・・・言ってくれるな。本人が理解してる事を言う必要なんてないだろ。そんなのは分かりきってるんだからいちいちイラつかせんな」
「・・・・でしたらもっとペースを早めてください」
「左様で。そりゃすんませんね」
冬華が人生で一番気にしている事を百パーセント悪気の感じられない毒舌インパクトが炸裂した。
まさかここまでノーフィルターで言ってくるとは思っておらず、かなり心にぐさりと刺さると同時に、妙にイラッとした。
冷たくかつ言葉遣いの悪いエリカに対してイライラしたような態度で返してしまった。
少々心が痛んだが、あそこまで言われていては黙っている訳にはいかなかった。
頭を小突くくらいの事はしてやりたい気持ちではあったが、流石に怒りの気持ちでやればかなり力が入って普通に暴力になりかねないので、三度深呼吸して落ち着いた。
「・・・・紅野司令」
「・・・・そう呼んでくれるのは嫌ではありませんが、まずは私を手本にしてください。司令に従うなら少尉や中尉になってください。今の貴方には命令や指示を出す事もないでしょう。
あ、今までのは指示ではなく私が言った事を貴方が聞いて勝手に動いていただけですからね」
「・・・・はい」
もうこれ片付けじゃなくて女王かドS司令官に永遠に踏まれ続けられてる下っ端じゃん。と、心の中で思い無性に悲しくなった。
流石に言葉のナイフが鋭すぎる。
「さぁ、手が止まってますよ。夕食にありつきたいなら最低5時には終わらせないといけませんからね」
一切手を止める事なく、念を押して言ってくる妖精様に対してもう何も反論する気もなかった。
図星である事もそうなのだが、どうにも異性を警戒している猫感が強すぎる。
よく今までぼろが出なかったなと思う。
まぁ何にせよ、あまり時間もかけられないので、少々癪に思うがエリカの言う事を聞くことにした。
「イエッサー、司令官」
「あの、私女なんですけど・・・・・勝手に男にしないで下さい」
滅茶苦茶さりげなくツッコミを入れた妖精様は顔の表情を一切崩す事なく見事な手捌きで処分する物を処分していく。
必要な物が多く有り、溜め込んでしまう冬華にとってはこのような性格の人間が後片付けをしてくれるのは非常に有難い。
全くという訳ではないが、殆ど知った中ではない他人の部屋を遠慮なく片付けをしているエリカを見て、家政婦だったらどこの家でも雇われているだろうなと思う程の動きをしている。
冬華が風邪をひいた時もそうだったように、エリカ一人に全て任せてしまってもいいレベルではあるが、ここまでさせてしまって申し訳ないと思うのも事実であり、エリカの見事な采配によりみるみる内に足場が出来ていくのだから本気で感心してしまう。
だが、急いでいれば足元を掬われるなんて似たような言葉があると目の前の光景を見て思った。
これは擁護出来ないほど冬華のせいなのだが、エリカは落ちていた服らしいものを踏んでしまったらしく、そのままバランスを崩して前のめりに倒れる。
エリカの口から「きゃ」と声がしたと同時に冬華は反射的に簡易的な身体強化を発動し瞬き程の速さで、前のめりに落ちるエリカの目の前に滑り込み受け止める。
ふんわりと甘く、何処かで嗅いだ事のある匂い。それと同じく鼻を刺激する埃の匂い。まだ掃除機もかけていなかったので、埃が舞ったのだろう。
目の前に落ちてくるエリカを真正面から受け止めたので、背中を思いっきり打ってしまいかなりの痛みが走った。
エリカの背中に手を回した状態でゆっくりと体を今の状況を確認する。
思いっきり抱き締めている状態なのだが、背中の痛みが思ったより酷く、すぐには立てそうもなかった。
だがこの程度で済んだのなら儲けものだ。
なにせ美少女であるエリカを咄嗟に受け止められたのだから。
これでそのまま転けさせて怪我でもさせてしまったらやばい。
「・・・・あの、星川さん」
「・・・・なんだ?」
ぶっきらぼうに返すが、心臓は酷くうるさかった。
なにせ顔が近く、女性なら誰もが羨むしっかりと実り成長した胸が押し当たっていた。
ポーカーフェイスを維持しながらエリカを見ていると、冬華の胸の中にいるエリカが顔を上げて怒ってはいなさそうだが、色々と物申したいけどなんで言おう、みたいな顔をしている。
「転んでしまったのは私が全面的に悪いのは認めますが、こういう事故があるので掃除をしているのですよ?」
顔が近い。胸が当たってる。いい匂いする。
「誠に申し訳御座いません、大変滅茶苦茶反省しております。・・・・それで、怪我は?」
「平気です。貴方がしっかりと受け止めてくれたお陰です。態々ありがとうございます」
顔が近い。胸が当たってる。いい匂いする。
「いや、そもそもは俺のせいだし。・・・というか女の子が目の前で危ない目に遭ってるんだから助けるのは普通だろ?」
顔が近い。胸が当たってる。いい匂いする。
心臓の脈打つ音がうるさい中だが、冬華の言った最後のセリフに驚いたのかエリカはキョトンとした目をしている。
何も不思議がられる事ではない。
女の子を助けるのは普通だと思っているし、何よりここまでお世話になっているのだから、これくらいの事をするのは当たり前だ。
元々片付けを一切していない自分のせいでこうなったのだから、これで怪我でもさせてしまったらそのまま一生目も合わせられないと思う。
彼女が望むのならば、土下座までしてやろうと思ったが、それは望んでいなかったし、転んだ事についてはもういいようだ。
「まったくもう、これだからおバカさんは」
かなり可愛らしい声で悪態を吐く。最後のだけは余計な一言だと思ったが、敢えて言及はしなかった。
冬華の心臓はこれでもないというほど早く脈を打っていた。
いやもうこのまま心臓が止まってしまうのではと思う程だ。
女子との交流は昔からあり、それなりに免疫のある冬華だが、ここまで密着して顔も近い状態でいるのは一度もない。
しかも見た目は完璧に整っている学校一の美少女の紅野エリカだ。
当然恋愛感情などありはしないが、こんな所を誰にも見られなくて良かったと心底思う。
冬華はいつまでも抱き締めている訳にもいかず慌ててエリカの肩を掴んで剥がし顔が羞恥で真っ赤になる前に立ち上がる。
冬華は手を差し伸べてエリカを立たせる。
エリカは体操着に付いた埃を払い除ける。
エリカは先程までのやり取りに加え、顔が近かったことや胸が当たっていたなどの事は全く意識していないようだった。
しかも幸いな事に、冬華の動揺にも気づいていないようで助かった。
「さっ、早く済ませましょう」
「ああ、本当にな。誠にすみませんでした」
「そこまで言ってませんよ。私が勝手にあれやこれやしてるだけなので」
「・・・さいですか」
「・・・背中、大丈夫ですか?」
「え?・・・おう。多分大丈夫」
見抜かれていた事に驚き慌ててまだ少し痛い背中に触る。
擦りむいた感覚も無いところ、恐らく単純に痛いだけなので大丈夫だろう。
「多分ではダメです。今すぐに氷で冷やしてくるべきです。片付けはこちらでやっておきますから」
「・・・・分かった。正直かなり痛かったから少し休みたいと思ったとこだ。でもあんま気にすんなよ?別にこれくらいは慣れてるしな」
「怪我する事に慣れたなんて言わないで下さい。そうやって自分を軽んじているといつか取り返しがつかなくなりますよ」
「・・・・・分かった」
真剣な顔で言われて冬華は押し黙り、短く返す。正直そんな言われるなんて思っても見なかったからだ。
改めてエリカの心の広さというか、心の余裕の大きさに頭が上がらなかった。
更に冬華からすれば、エリカのような数多の邪な気持ちを抱いている男達に好意を寄せられている少女が自分のような自堕落ダメ人間に動揺する筈もないと、納得はできるのだ。
平然とかつ、若干怒っているエリカを一人残し、救急箱を何処に置いたかを思い出しながら部屋を後にする。
「・・・心臓うっさ」
「・・・びっくりした」
冬華が部屋から出たと同時に、二人は同じタイミングで声を小さくして呟いた。
冬華はどくどくとうるさい心臓を摩りながら洗面所へ向かう。
一方部屋の中にいたエリカはほんのり顔を赤くし、耳は真っ赤になりその場に膝を抱えて蹲ってしまった。
お互いに意識しまくっている事など梅雨知らず、時間だけはあっという間に過ぎていった。
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