第22話 8月13日- 黒と青
真夜中の公園で一人踊る男がいた。白、一見そう見える青白い装束。その色は街灯に照らされ闇に浮かび、亡霊を思わせる。
周囲には狼の群れ。五頭の翼の生えた異形の狼。
それを拳で、足で蹴散らしている。生身でマルコシアスの分身体を相手するのは色の騎士団、臨時メンバーの青騎士こと
獅子の妖怪、
単に効率の問題から分かれて分身体の撃破に当たっている。
黒騎士はホテルの上層階からの魔法で対処している。
分身体との生身での戦闘は、いい肩慣らしになる。
分身体をすべて屠ったとき、ネコ科特有の喉を鳴らす音が聞こえた。
「戻ったか唐獅子」
「こやつら喰っても消えてしまう」
「確かに、喰ってもなんにもならないのな」
「わしがただ働きとは世も末よの」
「前にでっかいタコを喰わせたのな。我慢してほしい」
「でかいだけで
唐獅子はいつも文句ばかりだ。そのことに獅子は慣れっこだった。
「喋るライオンってすごい」
「妖怪には珍しくないのな」
無邪気な調子で言いながら現れたのは黒騎士だった。金色の髪が夜風に撫でられ揺れている。
「確かに悪魔もしゃべるわね……。それにしても大きいライオン」
結構違うところもあるのだが、西洋文化圏では唐獅子はライオンに見えるらしい。そもそも唐獅子は向こうに存在しないのだろう。
唐獅子は象ほどまでとはいかないがよく動物園で見られるライオンと比べると体高は倍近い。
学院の人間は妖化に似たような技術を使うと聞いたことがある。
黒騎士は猛獣を恐れないのか軽い足取りで唐獅子へ近づく。
「なんだこの小娘が
唐獅子が発した言葉に黒騎士は足を止める。
「細くてまずそうだ」
獅子は黒騎士の魔力の出力が上がるのを感じた。
「青騎士。この獣に私を食べないよう。教えておいてくれるかしら」
嫌に丁寧な口調で黒騎士は言った。笑顔だが眉毛の辺りが細かく動いている。
「わかったのな。唐獅子、お前は人を食べないのにそんな冗談はやめるのな」
「むう、このおなごかわいらしいが怖いぞ、獅子」
「まあいいや。今日は終わりだよ。青騎士」
唐獅子のかわいらしいという言葉に機嫌が持ち直したのか黒騎士は魔力を潜めた。その後に怖いと言っていたがそこは気にしなかったらしい。
「わかったのな」
「いい加減分身の相手も飽きたわ」
大きくあくびをして黒騎士は言った。
「確かに弱すぎるのな。これでお金をもらっているのが申し訳ないのな」
「そう言っても、値下げする気はないんでしょ」
獅子は鳥居と同じく、四ツ橋を破門された身である。
鳥居が会社に属しているのに対し、獅子はフリーランスで妖怪退治を行っている。今は悪魔退治だが。
「ないのな」
「そうでしょ。それにしても他の勢力と共闘だなんて、一人法師との戦争を思い出すわ」
一人法師が現れ、最終的に四勢力が五勢力となった出来事。
「その時は確か……君はいなかったのな」
「話に聞いただけ。四勢力がみんな手を組んで戦ったなんて、おとぎ話みたいで信じられない」
一人法師他の四勢力は互いに争うことあれど手を組むことは滅多にない。
滅多にないというだけで本当に全くないというわけではない。今回の共闘のようなものは公になっていないだけで少なくない。
「俺は破門の身なのな」
とりわけ本殿橋獅子は四ツ橋を破門された身だ。他勢力と連携するにはちょうどいい立ち位置にいる。
「まあいいけど、おかげで今回も無事に仕事を終えられそう」
「油断大敵なのな」
「油断タイヤキ?」
時折、外国人であることを忘れてしまうレベルで日本語を操る騎士団メンバーだが、ことわざや慣用句、四字熟語には弱いらしい。
というかたい焼きは知っているのか。
「油断すると怪我するってことなのな」
「Don't get overconfident yetってことね」
そんな意味の言葉があるみたいだった。余り英語に明るくないので聞き取ることができなかった青騎士だった。
「そういうことだから気を付けるのな」
「そんなこと言ってあなた何体倒したの? 私十二体」
黒騎士はすこしむくれたように言った。
「俺は五体なのな。数を競うなんて子供みたいなのな」
「こ、子供みたい!? そんなこと言うなんて信じられない! 私これでもお酒飲めるんだけど」
黒騎士の逆鱗に触れたらしくまくしたててくる。本人は、百七十センチを少し下回る身長を度外視し、その幼げな顔のつくりを気にしているらしい。
その様子は年の離れたきょうだい喧嘩のようだった。
「わしは十五匹ぞ!」
お構いなしに割って入ったのは唐獅子だった。
自分よりも子供っぽい存在が現れたためか黒騎士も一気に落ち着いた。
「ねえ」
「ああ」
「?」
黒騎士の呼びかけに青騎士は何か察したようだった。
「今日、多くない?」
「唐獅子、嘘は言っていないのな?」
「インドライオン嘘吐かない」
確かに嘘はついていない。本人(本獅子?)は気が付いていないが嘘を吐くと尻尾が特殊な揺れ方をする。それがなかった。
「やはり多いのな」
「ってことはそろそろ?」
「かもしれないのな」
召喚士。その動きが活発になりつつあった。予知夢のあの瞬間が近づいていることを確かに二人は感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます