第16話 8月7日-1 五木の友人
前日の不可解部、
白騎士はただ「それまで自分の身は自分で守ってください」とだけ言い、他の騎士三名を連れて帰っていった。
三日前の夜、五木と剣が初めてその姿を見た件の獣――マルコシアスの分身体も昼間には出てこない。
ただ、今回の事件においてやることがなくとも不可解部には毎日顔を出さなければならない。五木は部室に向かっていた。
「なんだ五木か」
階段を上っている最中にかけられた声、五木は振り向く。
そこにいたのは一人の男子生徒。
学校推奨の髪型を真面目に守り、前髪は額の半ば、耳にもシャツの襟にも掛からない長さの髪の少年。背は五木と同じくらいかほんの少し低いくらいだろうか。
「なんだとはご挨拶だな、
歩みを進める。階段で立話は迷惑だろう。次の階は三階。そこの廊下に場所を移す。
「部活か」
「そうだけど」
「不可解部ねぇ、あの新規創設の」
不可解部、本年度から新設されたその部活動は一般生徒には怪しい集団のように思われている節がある。目の前の燈籠にはそんなこと思っているような
「ああ、お前は……科学部だったか」
さっぱりした見た目だが、燈籠は科学少年だった。その記憶から五木は当てずっぽうに言った。
「ご名答、メインは生物部だけどな。あと物理部に地学部、天文部に……」
「それは兼部しすぎでは?」
理科系部活のオンパレードだった。そんなに部活の種類があるとは五木も思っていなかった。不可解部という得体のしれない部活もあるのだから今更だが。
「兼部ができるから種類が多いんだろうな」
五木の考えを見透かしたように灯籠は言った。
「こちとら、謎の不可解部だけだからな。お前の多才ぶりというかなんというかは羨ましいよ」
「多才っていうかただ興味があるだけさ」
歯が見えるくらいの笑顔で燈籠はそう言った。爽やかな容姿と性格は変わっていないらしい。
「五木も他に何かやればいいのに」
「今はこれで十分だ。そもそも高校に入って部活に入るなんて考えていなかったからな」
まさか何かしらの部活に強制加入しなければならないという時代錯誤も甚だしい決まりがあることを知らずに入学したのは失策だった。
進学校でそこそこ悪くない大学の推薦入学の枠があるからこそ入っただけだ。それこそそこそこの成績を修めさえすればいいと思っていたのだ。
おかげでこんなヘンテコな部活に入部することとなってしまった。
そういえば、と五木は思い当たる。
剣と風名は異端者さえいれば不可解部が創設されることを知っていたようだった。不可解部創設計画はこちら側の界隈では有名な話だったのかもしれない。二人が不可解部へ所属することを決めた理由について五木は考えたことがなかった。入りたくなければあの問題に答えなければいいという簡単な回避方法があるのだから。
「いやぁ残念だったよ」
唐突な燈籠の物言いに首を傾げる。
「刀刃君に、嵐呼さん。お前の新しいお友達にお目にかかりたかったんだけどね。特に、白群高校十二大美人の嵐呼さんに!」
そういうことか。容姿と性格、どちらも爽やかな燈籠であるが、彼女いない歴は五木と同様、年齢と同じだ。その大きな理由が女好きだ。
女子の前で平気な顔をして他の女子の話をしたりする無自覚な軽薄さを持っているのだ。とりあえず可愛い女子の話があれば見ておこうとするのが燈籠だった。
「その十二大美人ってなんだよ。多くね?」
十二大美人というワードに興味が向いてしまう。世界三大美人の四倍か。
ちなみに世界三大美人で小野小町が入るのは日本だけというのは有名な話だ。それ以前に世界ではその枠組み自体が浸透していないという話もある。
「ああ、当校の新聞部が毎年五月に発行する記事に載っている。その枠組みとメンバーは僕が決めたわけじゃないから、文句はやめてくれよ」
「ずいぶんと熱く語ってくれるな」
「お前にはわからないのか!」
残念な奴だった。そもそも十二大美人というワートを聞くのも五木は初めてだった。
「
「まじか」
高校入学で別のクラスとなった今ではそんな二人とも疎遠になってしまったが。
不可解部の活動もその一助だ。風名、剣とはおかしな事件や危機を乗り越えた友人を超えた仲間になっていると五木は思っていた。
「あいつ困ってるんじゃねえか?」
棚乃の性格を思い出しながら五木は言った。
生粋の文学少女の彼女は極めて引っ込み思案で恥ずかしがり屋の少女だった。
五木と燈籠となんとなく話、ウマが合った。
「まあそのせいで人見知りが加速して授業中と十分休憩以外の時間は図書室に避難しているから、図書室の妖精、横文字でフェアリーインザライブラリーなんて呼ばれるようになってる」
自分以外におかしなあだ名がつけられた同中の友人がいることに僅かばかりの嬉しさが湧いた五木だった。学校生活もままならなくなっている彼女にしてみればはた迷惑で大変なことだろうが。
確かに彼女は人形のような可愛らしい見た目だった。同世代と比べて低い身長に腰どころか膝あたりまでの長い髪、丸い目、いつも困ったような八の字眉。
その性格と相まって庇護欲をそそられる男子生徒が数多くいるらしい。
「そいつは大変だな。いつか助けてやらないとな」
「えーいいじゃん面白そうだししばらくそのまま――」
「だ、誰が面白そうだって、いうんですかぁ!」
燈籠の話を遮ったのは今話題の本屋棚乃の声だった。怒っているようだが、それを全く感じさせない甘めの声は健在だ。
声のした方へ五木は振り向いた。一瞬姿を捉えられないが、視線を少し下へ落とすと目が合う。
五木も一七〇センチを少し超えたところと大きい方ではないが、同じくらいの剣、燈籠、女子にしては高めの一六四センチ(なぜ五木が風名の身長を詳しく知っている理由は本人のために割愛する)と言った人物と話をすることが多かったせいか、自分より頭一つ分低い目線は久しぶりだ。
そういえば棚乃の姿を最後に見たのはいつだったか思い出せない五木だったが、彼女は自分の記憶のままの容姿だった。
「久しぶりじゃん」
「い、五木⁉︎」
久しぶりに会ったとはいえ、オーバーリアクション気味に棚乃は言った。
「ほんと久しぶりだねー、別に避けてたわけじゃなくてね。私文芸部にも入っているけど、図書部の活動が主たるものだから、この部活棟よりも図書室にいる事が多いからたまたま会うこともなかったんだよね。クラスも違うし……。いや、別に五木のことを忘れていたわけじゃないよ? 去る者は日々に疎し、なんて、結局これじゃ忘れちゃってたみたいだけど。そもそもね。五木も私たちに会いに来ないじゃない? 燈籠はたまに図書室に来るんだよ? 隠れてても見つけてくれるし。あれ? やっぱり悪いのは私じゃなくて、私に全く会いに来ようとしない五木だよね」
棚乃は長々と言葉を並べ、結局悪いのは五木という結論に落とし込んだ。確かに、図書室に足を運んだ回数はそう多くはない。
「そ、そこも相変わらずなんだな……」
「そこ、も! ってなんのも!? って誰が小さいままですって!?」
とまあ、人見知りだけど慣れた人間にはこんな風によく喋る。五木にあたりが強めなのは風名と一緒だ。どうして自分に近しい女子は皆こうなんだろうと思うと同時に、棚乃おかげで耐性が付いたといっても過言ではとも思う五木だった。
内弁慶ってこういうやつのことを言うのだろうなと五木は思った。
「そうは言ってないだろ。ったく被害妄想が過ぎるぜ」
こういう昔と変わらないやり取りは心休まるものがあるな、と五木は思った。最近は騎士団だ、召喚士だの話で心が休まることはない。
「お二人さん、俺のこと、忘れてない?」
「五木ってばいっつもそう。自分だけ大人ぶってさ」
「そう言われても元々こんなんだし」
燈籠は無視した。
「ふん、まあいいけどね」
どうしても棚乃は同世代の女子とは思えない。妹が一人増えたみたいな感覚。クールな上の妹
燈籠もなぜか棚乃は口説こうとしない。同じような感覚なのだろうと五木は思っている。
「つかさ、三人集合なんてめずらしくね?」
「確かに、まあ別に揃ったからって何にも思うことはないけどね」
「ツンデレのテンプレみたいなセリフを吐くな。キャラが固まってしまうぞ」
「だ、誰がツンデレだって?」
五木の心の声は漏れたらしかった。
「脛を蹴るなよ! しかも俺の!」
棚乃は燈籠の脛を的確に蹴っていた。お優しい(?)ことにちゃんと靴は脱いでいる。
この無口人見知りキャラが崩壊した棚乃を他の連中が知ったらどうなるのだろうか。それには大変興味が湧く。
「ああ、もう! こんなところで遊んでる場合じゃないんだった」
「遊んでたつもりはないんだけどな」
歩き始めた棚乃。数歩行くとこちらを振り返った。髪が流れる。シャンプーのCMみたいだなと五木は思った。
「たまには連絡しなさいよ。あんたたちくらいしか話せる奴、いないんだからさ」
さっきまでとは打って変わって棚乃は静かに言った。
「ツンデレじゃん」
「やっぱツンデレかよ」
「う、る、さ、い!」
五木と燈籠の意見は合致した。棚乃は走って去って行ってしまった。文芸部に行く途中だったのだろうか。
「俺もそろそろ行くわ。じゃな、五木」
「お、おう」
「俺にも連絡よこせよ」
「わかったよ」
燈籠は階段の方へ向かっていった。どの部室に行くのかはわからない。
二人とも相変わらずで安心した。十二大美女に祭り上げられている棚乃に関してはいつか何かしらの手を打たねばならないだろう。
そう考えながら階段へ向かった。
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