23日目 クルングルのヘパペパ へリョペニョソース掛け

 子供の頃、父に「今までの人生で一番美味しかったものは?」と尋ねると、そうだなぁ、やっぱりあれかなぁ、と呟いてから、よくわからない単語を言った。

「なんて言ったの?」

「クルングルのヘパペパ。それに、へリョペニョソースを掛けた奴」

 どんな料理なのか尋ねると、「よく分からないけど無性に美味しくて。ソースは辛くて……、肉汁が凄いんだ」という説明をされた。

 私はそれ以来、どんな料理かも知らないクルングルのヘパペパをいつか食べよう、と夢見ていたのだった。


 その思いが噴出したのは、大学二年生の頃だった。父が亡くなって一年ほど経ち、父の部屋の整理をしていたところで、私はクルングルのヘパペパのことを思い出したのだ。

 子供の頃は何がなんだか分からなかったが、今であれば何でも調べられるし、お金も時間もある。結局どんな料理なのだろう、とわくわくしながらネットで調べてみてみたが、それっぽいものはなにもヒットしなかった。

 母に尋ねてみると、笑われてしまった。

「あんた、それはからかわれたんじゃない? お父さん、そういうところあるから」

「えー、そうかな」

 記憶の中の父が、本当に嬉しそうに語っていたので、私の中でクルングルのヘパペパは、とてつもなく美味しいものというイメージになっていた。もしそれが嘘だとしたら、私としては大ショックである。

「いや、絶対あるって。あの感じはからかってる感じじゃなかったもん」

「そうねぇ。確かに、若い頃に海外に長期旅行してたって話は聞いたかも。部屋に写真とかあるんじゃない?」

「あ、パスポート見ればどの国か分かるんじゃない?」

 部屋の片付けをする中で、パスポートは重要なものとしてまとめられていたので見覚えがあった。

「えーと、これはチリ? メキシコ? うーん、南米に行ったってことなのかな」

 私は父のパスポートだけとりあえずもらって、その日は一人暮らしのアパートに戻った。


 ネットで調べるには限界があったので、ダメ元で友人に海外の料理だったり、海外旅行だったりに詳しい人がいないか聞いてみると、ちょうど良い人がいる、と紹介された。

 その人は、サークルの先輩にバックパッカーで海外に行って、留年と休学で三年くらい多く大学にいるという人で、髭を長めに伸ばしていかにも怪しげだった。

「それでどういう用なんだっけ?」

「クルングルのヘパペパってわかります? へリョペニョソースっていうのを掛けるらしいんですけど」

「いや、それじゃマジでわかんないよ」

 先輩はそう言いつつも意外と面倒見が良くて、海外旅行の経験を語りながら、手元のスマホで色々と調べてくれた。

「今度アラブの方に行こうとしててさ。あっちだと、髭がないと子供扱いらしいんだよ。おっ、これとかそれっぽいんじゃない」

 見せてくれた画面には、Krunguruで検索した結果が表示されていた。

「クルングルって、適当にアルファベットにして検索してみたんだけど、ニカラグアにそういう名前の店があるみたい」

「おぉ、メニューはあります?」

「いやー、住所しかない」

「残念。でも、後はヘパペパと、ヘリョペニョソースだけか」

 その日は先輩にお礼を言って友人と一緒に夕飯を食べに行った。

「南米らしいから、メキシコ料理を食べに行こう」

「メキシコって北米じゃない?」

 そう言ってメキシコ料理の店に行くと、友人があれ? と言った。

「あのさ。へリョペニョソースって、ハラペーニョソースのことじゃない?」


 クルングルのヘパペパ・へリョペニョソース掛けの謎も、残るはヘパペパの部分だけになったが、そこから先はなかなかわからなかった。ニカラグア料理の本を探してみたり、旅行に行ったことのある人に話を聞いてみたが、そこから先の情報がない。

 ここまで来たら行ってみるしかない、と私は決意した。友人を誘ってみたが、笑顔で断られた。ニカラグアには直行便はない。アメリカ経由でニカラグアの地に降りたち、予算の都合でKrunguruに直行した。

 Krunguru Restaurantは、海に近い店で、素朴で風通しの良い場所だった。綺麗な所ではないが、それもこの場所に合っているように思える、そんな場所だ。

 私は席に座り、店員さんに「ヘパペパ、へリョペニョ」と告げると、オーダーは通ったようだった。テーブルに置いてあったメニューを眺めると、ヘパペパはHetto Pa Pepperという綴りのようだった。

 私は外の景色を見ながら、遠くに来たものだ、と改めて思った。この景色を、若かりし頃の父も見たのだろうか、と思うと感慨深い。

 店員さんが料理を運んでくる。ヘパペパは肉料理でその上にソースが掛けられている。見た目はよかった。私は長年の期待もあって、ドキドキしながらフォークとナイフに手を伸ばす。

一口大に切った肉にソースを絡めて口に運ぶと、確かによく分からないけど無性に美味しくて、ソースは辛くて、肉汁が凄かった。

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