第106話 コースターが落下中に写真撮られるとき、ピース以外をする男子は可愛くない

 富士興ウルトラランドの中は俺たちみたいな若者で賑わっていた。東京からも送迎バスが出ているそうだ。


「あれ?なんかこう想像してたよりやんちゃな雰囲気かな。カップルじゃなくてお友達同士グループの方が多い感じ?」


 五十嵐は園内にいる他の客を見て不思議がっていた。遊園地っていえばわりとカップルが多い方だろうけど、ここは違うようだ。 


「みたいだね。まああれじゃない?乗り物がガチ系だからじゃない?」


「あーそっかーなるほどなー。あ!常盤くん見てみて!あれやばくない!?あのコースター頂上でレールがくいって内側にまがってるんだけど?!」


 きゃっきゃと楽しそうにエグいカーブを描くジェットコースターを指さし笑っている。


「あれはもうちょっと先に取っておこう。もっと緩い奴から行こう。うん」


「あれぇ?常盤くんビビってるぅ?」


「びびってませんー。体がびっくりしちゃうから慣らしていこうと思ってるだけですー。怖くなんてないもーん」


「ほんとかなぁ?ふふふ。別に怖がってもいいんだよ。昇ってる間は私がお手手をぎゅっとしててあげるから」


 そう言って五十嵐は俺の左手に抱き着いて体重を預けてくる。その柔らかな感触に心地よい安心感を覚えた。だけどさりげなくヤバいコースターの方に俺の足が向くように体を預けてくるのは許しがたいね。俺は男らしく五十嵐の圧力にあらがって、わりと普通めのコースターの方に足を進める。


「ねぇところでさぁ。さっきからなんか見られてる気がするんだけど気のせいかな?」


 五十嵐が周りをきょろきょろと燻し気に見回している。


「お前のスカートが短いからじゃね?つまんでめくっていい?ぺらぺらってさ」


 俺は右手をワキワキさせた。五十嵐は舌をペロッと出してべーっと口にした。


「ベーだよ!べー!そんなエッチマンはダメでーす!」


「あら残念。まあ誰かに見られてるのは気のせいでしょ」


「んー?まあそうだよね」


 五十嵐はそれで納得してくれた。元々綺麗すぎて視線を集めがちな女だ。気のせいだ。たぶん。俺も視線のような気配のような何かを感じているので、ちょっと五十嵐の言っていることが気にはなったけど、意識を切り替えて遊びに集中することにした。










 本郷キャンパスにある友恵の研究室。僕の目の前のPCのモニターには周りをきょろきょろと見回す理織世と常盤奏久の姿が映っている。その映像を見て友恵は驚きを隠せないでいるようだ。


「うそだよね?りりは監視の目に気がついてるってこと?」


 モニターに映っているのは、富士興ウルトラランドの上空に展開している最新の軍用ドローンの撮影したリアルタイムの映像だ。


「別に不思議でもないよ。あの遊園地は今や澪の狩り場なんだ。殺気に満ちたそのおかしさに気がつかないわけがない。とくに富士は霊峰としても名高い場なんだ。『際の揺らぎ』を理織世が無意識にキャッチしてるんだよ」


「人民が共通の目的を持って集まる場は臨時の祷際場になりえる。ねぇ、ひろ。いまからでもいいからやめない?」


 友恵は気まずそうな顔でそう言った。モニターから目を外して、落ち着きなさげに指を弄っている。


「やめないよ。これは格好の機会だよ。僕が彼に仕掛けると揺らぎが大きくなりすぎる。だけど澪が仕掛けるならばその限りじゃない。闘争が祷際場にどのような影響を与えるのかをリアルタイムで観測できる機会はしばらく来ないだろう」

 

 友恵は口が重かったが最近になってやっとGWに理織世が襲われてそれを常盤奏久が助けたことを僕に吐いた。幼馴染の身に危険が迫ったことに、やはり彼女を世の中に放っておいてはいけないという気持ちを新たにしたのと同時に、これは計画を進めることができるのではないかという重いが頭をよぎったのだ。理織世の傍では闘争が起きる。いままではそれを僕が対処してきたが、それをモニタリングすれば研究は加速すると確信した。


「りりを囮みたいに使わなくても他の実験系は組めると思うの。あの二人は放っておこうよ。どうせひろがリードしてるんだよ。焦らなくてもいいんじゃないかな?」


「焦り?ああ、そうかもしれないね。だけど僕は夢に殉ずると決めた。その成れの果てに臨むことをすでに覚悟した身なんだ。僕はもう止まらないよ」


 僕はもう止まれない。止まり方は忘れた。だから走り続ける。僕の夢を叶えるためだけに。


「友恵。観測を続けるんだ」


「…わかった」


 友恵は悲し気に俯きながら返事をした。そして遊園地の各地に仕掛けたセンサー類やカメラからの情報をモニターすることを開始した。その姿に満足した僕はスマホを取り出して電話をかける。


『はーい!!待ってたよヒロっち!あーしの筑波での観測は順調だよ!微量だけど『際の揺らぎ』の観測が衛星から確認できたよ!!それも富士や出雲だけじゃなくて、世界中!あのアナトリアからも見つかったんだよ!!禿げの演劇おじさんのコンサルは確かにあってたみたい!!』


「そうか。ありがとう。ではそのまま観測を続けてほしい」


『りょ!でもウケるねー!澪っちってまじでアホだよね!ぎゃはは!文系ってどうしてこうすぐに猪突猛進しちゃうのかなぁ?確かにひろっちの役に立ってるけど実験材料としてじゃん!バカみたい!ぎゃはは!』


 筑波での観測も順調なようだ。一度筑波との通話を切って、今度は出雲に電話を入れる。


『ひろひろ。自分。待ってた。実験結果。『際の揺らぎ』による対象のネットワーク化。順調』


「そう。感謝するよ。ではそのまま実験を続けてほしい」


『澪。感謝。愚かに感謝。笑。笑。わらわらわらわら!』


 出雲の方もうまくいっているようだ。僕は思わず笑みを浮かべてしまう。あまりにも上手くいきすぎているがゆえに楽しくて仕方がない。常盤奏久は鬱陶しい男だが、理織世を貸してやったかいもあった。僕はこれで彼を大きく引き離すことができた。これでこのまま、澪の手によって彼が死ねば完璧なのだが、そこまで求めなくてもいいだろう。僕はソファーから立ち上がる。


「あの二人のデートは最後まで見ていかないの?」


 友恵はモニターを真剣な顔で見続けている。


「今回の観測実験は成功がもう確定している。僕が理織世たちのことをこれ以上見る必要なんてないよ」


「…そう。ならいいけど」


 僕はそのまま研究室から出て行った。実験の成功に安心してどっと疲れてしまった。適当に女でも用意して憂さ晴らしでもしようと思った。僕は早足で研究室から離れたのだった。




































「うそつき。りりをあいつが笑わせているのを見るのが辛いだけのくせに…」









































 最初にやってきたのはこの富士興では温めのジェットコースター。俺たちは列に並んで適当なお喋りを楽しんでいた。


「そう言えばこの間の川のお魚さん美味しかったよね。あれって常盤くんが釣ったの?」


「いや違うぞ。真柴が釣ったやつ。あいつがくれたんよ」


「え?友恵が?そう言えばあの日はすぐに私の傍からいなくなっちゃったけど、釣りしてたんだね。でも寂しいな。友恵が釣りしてる時ってなんか悩んでるときなんだよね。常盤くんは何に悩んでるか知ってる?」


「さあね。見当がつかないな」

 

 たぶんあいつが悩んでいるのは五十嵐についてだと思う。五十嵐のことを心配していて、それで悩んでいるように俺には思えた。だからそれを五十嵐に伝えるのは憚られた。


「友恵が悩んでるのは久しぶりかも。大抵は宙翔に相談して解決してるんだけど、その感じだと相談してないみたいだね。心配だなぁ」


「心配はそうだな。だけどな。今日は。今日だけは」


 俺は五十嵐の両手を握り唇が触れ合いそうになるくらいに顔を近づける。


「ちょっと。ここじゃ…」


 五十嵐は俺にキスされると思ったのか、珍しく狼狽えてる。だけど今はそんなことしてやらない。俺は唇を五十嵐の耳に触れるくらいに近づけて囁く。


「今日はあいつの名前を出すの禁止だから」


「あっ…う、うん。そっか。うん。そうだよね。えへへ」


 頬を赤く染めて五十嵐が俺の手を握り返してきた。恥ずかしがっているのに、笑みを浮かべている。


「シャイなのにジェラってる?ふふふ。なんかかわいいね常盤くんって」


 五十嵐は俺の胸に頭を預けてくる。俺たちに甘い空気が流れる。そのまま順番が来るまでまったり過ごそうと思ったのだが、後ろから舌打ちが聞こえた。そっと目を向けると屈強で荒くれ者っぽい男の二人組が俺たちの後ろにいた。遊園地の雰囲気には全くと言っていい程馴染んでいない。俺のことがうらやましいのか嫌な目で睨んでくる。俺はすぐに視線を反らして、五十嵐の背中に手を回した。何か嫌な予感がする。そしてそれからすぐに俺たちの順番が回ってきた。俺たちはコースターの後ろから二番目の席に並んで座った。男たちは俺の後ろに座った。そしてベルトが閉まりコースターが発進した。コースターはゆっくりと加速していき、レールの上をどんどん上がっていく。


「この昇っていくところがいいんだよね。それで上に上がってギアが外れるようなふわっとした瞬間がね。ホント最高なんだ」

 

 ワクワク笑顔でそう語る五十嵐はかわいいが俺は気が気でなかった。後ろから感じる嫌な気配に背中がすごく冷たく感じる。


「常盤くん!そろそろ落っこちるけど!写真を撮られちゃうからちゃんとピースするんだよ!ピースしてなかったらチキン常盤ってあだ名付けちゃうからね!」


「そうだな。そりゃ勘弁だ。でもドキドキしてきたよ。はは、すごく高ぶるな。あはは」


 そしてコースターは頂上に達して、一気に落下を始める。五十嵐は楽し気に両手をあげてピースしていた。俺はピースしない。なにせそのポーズは勝ってからするものだから。だけど写真を撮られるのだから、何かしらポーズは取りたかった。落下していく中で俺は閃いた。真柴は五十嵐を女神といった。なら女神に願掛けしてみようと。だってこれからここで始まるのは…。


「五十嵐。俺はピースしないけどチキンじゃないから」


「え?ええ?!」


 俺はカメラのフラッシュが光る中で、五十嵐の頬にキスをした。五十嵐はあっけに取られていた。そしてそのままコースターは急カーブに差し掛かる。五十嵐はされたことを理解したのか、顔を真っ赤にして俺から目を反らして正面に目を向けた。恥ずかしがってやがるかわいいの。これで願掛けは終わった。コースターはトンネルに差し掛かった。同時に後ろから感じる殺気も大きく膨れ上がった。俺はポケットに隠している工具でベルトの装置を弄り倒す。そして。


「「ふん!」」


「せや!!」


 俺と後ろの男二人は同時にベルトを外して立ち上がった。激しく揺れるコースターの上でバランスを保つのは正直ちょっときつい。そんな中で荒くれ男の一人が折り畳み型ナイフで俺の喉を狙ってきた。俺はそれを躱して、ナイフを持った手を掴んでひねり上げてそのまま隣の男の方に向けさせて、そいつの肩に刺してやった。


「ぐああああ!!」


 男の苦悶の声が響くが隣に座る五十嵐も他の乗客も異変に気付いていない。さらに俺はナイフを持っている男の髪の毛を掴んでそのまま隣の男の頭に思い切りぶつける。


「ぐぎゃ!」「ぶえろ!」


 俺は張り手で男たちの耳を思い切り引っ叩いた。もう声をあげることはなかった。二人は鼓膜を俺に破られて気絶してしまった。肩に刺さったナイフを抜き取り折りたたんで男のポケットに入れて、その後すぐに二人をコースターに座らせてベルトを締めて、俺自身も席に座ってベルトを締める。すぐにコースターはトンネルを抜けて、レールは大きなループに差し掛かった。後ろを向くと気絶した男たちが両手をぶらーんと地面に向って力なく下げていた。俺はそのお間抜け面を確認してほくそ笑む。そしてその後いくつかグニャグニャと曲がったりしてコースターはゴールにたどり着いた。


「あれ?お客様?!うわぁ気絶してるよこの人たち…見た目おっかねーのにチキンかよ全く…」


 俺と五十嵐はホームから降りて写真売り場に向かう。後ろの気絶した男たちは係りの人たちが医務室へと運んでいった。


「…常盤くんはずるい…」


「え?なにが?」


「だってあんな事されたら、ジェットコースターがいくら激しくてもそれよりドキドキできないじゃん…もう…」


 写真売り場にはさっきのコースターの落下シーンの写真がモニターに表示されている。俺が五十嵐のほっぺにチューしている写真がドアップで写っている。それを五十嵐は両手で顔を押さえながら見詰めていた。とりあえずその写真は買っておいた。


「むぅ。常盤くん。その写真は他の人に見せちゃだめだからね!」


「ん?そうなの?」


「だめったらだめ。ぜったいにだめ。だってこれは」


 写真を見ながら五十嵐は微笑んだ。


「これは私たちだけのはじめてだからね」


 かけがえのない思い出が五十嵐との間にできた。俺は今日ここに来れて本当に良かったと思った。まあなんか陰謀の匂いがすごくするけどな!五十嵐を喜ばせつつ、敵を秘密に排除する。必ず果たして見せる。そう誓った。



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