第104話 超神話級サークルクラッシャーについて語らせてほしい

 テストの季節が近づきつつあった。だけど大学生なんて生き物はたいていの場合テストの勉強を真面目にはこなしたりしないものだ。だからテスト前BBQしようぜうぇいいwwwwってノリになる。我らが建築学科はそのノリで奥多摩の川のそばにあるBBQ場にて、現実逃避を楽しんでいた。


「川って気持ちいいね。冷たくて爽やかだよね」


「たしかにね。足が気持ちいいよ。ほんとに」


 俺と五十嵐は岩に座って、川の水に足を浸して酒を楽しんでいた。たまにぱちゃぱちゃと五十嵐が足を動かして水が跳ねた。彼女の水に濡れたくるぶしからふくらはぎにどことなく色気を感じる。


「五十嵐さーん!男子がドンペリもってきたんだってー!飲まなーい!?」


 後ろから同じ学科の女子の声が聞こえてきた。


「え?!ドンペリだって!!行こうよ常盤くん!」


「ええ。いいよ。ドンペリ飲み飽きてるんで」


「それってスオウのお店?!ダメだよ常盤くん!!大学生のうちからハマりすぎじゃない?!」


 すでに俺はなんどもスオウのお店に足を運んではドンペリタワーシャンパンタワーを建設ラッシュしまくっていた。ああいう酒は夜のお店で飲むのがいいんであって、外の自然の中で飲むようなものではないと個人的には思う。


「まあまあ。とりあえず行って来いよ。俺はここで涼んでるからさ」


「そう?じゃあまたねー!ドンペリ!ドンペリ!!」


 五十嵐はドンペリを飲みに学科のみんなのところへ行ってしまった。俺はしばらくそこで涼んでいた。そしてふっと上流の方の岩の上で真柴が釣竿をたてているのが見えた。女の子が釣りをしているのはもしかしたら初めて見たかもしれない。俺は興味を持ってしまったので、彼女に近づいて声をかけた。


「どう?釣れる?」


 真柴は静かに俺に振り向いて頷いた。横に置いてある桶には魚が2匹泳いでいた。


「釣り好きなの?」


「別に。一人でいてもいい理由になるからやってるだけ。楽しいわけじゃない」


「そう。それはなんとも言い難い理由だな」


 なんか闇の深いことを言ってやがるな。五十嵐はたしか真柴は葉桐に助けられたとか言ってたけど。


「あんたもやりなさい。ほら、貸してあげる」


 もう一本の竿を細長いバックから取り出して、俺に渡してきた。俺はハリに餌をつけて水面にそれを投げ入れた。女の子と二人並んで釣りとはなかなかシュールな気もする。そう思っていた時、真柴が口を開いた。


「ひろはうちを助けてくれた。うちの両親は無能なお人好しで、借金の連帯保証を押し付けられたの。いつも半グレな連中が家に来ては暴れて金を回収していくなんていうどうしようもない生活をうちは送ってた。ひろはね、借金の債権を体を張って半ぐれ達から回収してくれたの。まだ力のなかったころだから、ひろはボロボロでボコボコにされた。でもね、彼はうちを守ってくれたの。そんなことをしてくれる人は今までの人生で誰もいなかった。だから愛する以外にうちにできることなんてない。そうでしょ?違う?」


 ちょっと想像ができない。葉桐は狡猾な男だ。体を張って女を助けるような熱い奴には見えないのだ。だけど人間は複数の面を持つ多角的な生き物だ。俺には見せない部分が当然あってもおかしくはない。


「だけどそういう男の子はひろ以外にもいたんだね。りりは昔から沢山の男の人に狙われてた。全部ひろが何とかしてきたけど、ひろ以外にもりりを守ってくれた人がいた。うちはりりが大好き。他人とも社会ともうまくやっていけないうちにもりりはいつも優しかった」


 前の世界のことを思い出す。五十嵐は真柴を最後まで尊重し続けていたと思う。まあキレることはあったけど、それでも友情は厚かった。真柴だって俺に五十嵐とやり直すようにずっと言い続けていた。方法は間違っていても、真柴は五十嵐を一番に考えていたんだ。


「そっか。お前と五十嵐はきっと一番の友達同士なんだな」


「うん。そうだったら嬉しい。でもね所詮ただの女のうちには女神の傍に永遠に居続けることはできないんだよ」


「女神?五十嵐のこと?たとえが大げさすぎないか?」


 俺の問いかけに真柴はひどく曖昧な笑みだけを浮かべている。


「ねぇアーサー王伝説は知ってる?」


「まあ概要くらいなら」


 個人的には好きではない。NTR界の大物アーサー王の話を聞くと心が疼く。


「アーサー王がどうしたの?俺がアーサー王に似てるって言ったら川に突き落としてやるけど」


「あんたがアーサー王を嫌ってるのはわかったけど。続けるね。アーサー王は岩に刺さる剣を抜いて王になった。知ってるよね?」


「まあそれは知ってるけど」


「じゃあ質問。なぜ岩から剣を抜いたら王様になれるの?どうして?」


 はて?そう言われると謎だ。剣を抜いたら王様っていうのはエモいけど、論理が通っていないような気がした。


「剣がアーサーを王様に選んだんでしょ?」


 真柴はその回答を聞いて、ふっと人を小ばかにするような笑みを浮かべた。なんか腹立つな。けっこうかわいいとは思うけど。


「たしかに多くの人が思ってる。聖剣がアーサーを王に選んだように思える。だけどね。もっと合理的な説があるの。アーサーを王に選んだのは剣じゃないの。『岩』の方なのよ」


「岩のほう?…あっ…確かに言われてみれば納得だ。剣を締めつけて挟んでいるのは岩の方だ!」


「アーサー王伝説の原型はケルト文化にある。ケルト文化は古いヨーロッパの信仰をよく反映している。ケルト圏では多くのストーンヘンジが見つかっている。彼らは岩を信仰の対象にしていた。今でもアイルランドでは国家団結の象徴としてリア・ファルという直立した岩の広場を利用している。イギリスの王室は戴冠式の時に岩の玉座に座るなんていう儀式も行っている。だから岩の方が王権の選定に重要なの。剣はね、ただのおまけのおもちゃなのよ」


「ほうぉ。なんか面白い話だな。てかお前頭よかったんだな」


「あんたうちをなんだと思ってたの?まあいいけど。かつてアイルランドでは岩に宿る女神と王様が結婚を行うという儀式があったそうよ。その結婚の儀式で王権に正統性を与えていた。だからアーサー王の岩にもおそらく女神が宿っていた。ここまでいえばもうわかるよね?」


「岩に宿っている女神がアーサーを王に選んだ。アーサー王は岩に宿る女神と結婚したから王様になれた?あれ?でもアーサーには人間の妻がいたよね?グィネヴィアってビッチが」


「ビッチって言わないであげて。グィネヴィア、その名の意味は『白い幽霊』というの。グィネヴィアはね。神話の意味上では女神の化身と解釈されるのよ。その例を挙げてあげる。アーサー王っていえば円卓の騎士よね?その円卓ってじつはグィネビィアが嫁入り道具としてもって来たものなの。変だと思わない。円卓は席順がないから騎士同士は対等なの。そこにアーサーも座ってるのよ。アーサーは王様なのに、部下の騎士たちと同格と扱われているのよ!王妃に過ぎないグィネビィアが持ち込んだ円卓によってアーサーは他の男たちと同じ序列に置かれているのよ!!王様なのに!他の騎士たちと同格!!アーサー王は英雄であっても王様としては全くと言っていい程『権威』がないのよ。だって彼の王権は女神の化身であるグィネビィアが与えたものに過ぎないから。アーサー王はいつも彼女の顔色を窺っている。機嫌を損ねれば自分は王でいられなくなるからね」


「おぉ。すげぇそんなロジックがあったんだ…すげぇ…」


 俺は感心してしまった。神話の奥深さというやつに魅了されている自分がいるのを感じた。


「話がそれちゃったね。うちは残念だって思ってる。あんたとひろは絶対に仲良くできないから。あんたがひろに協力してくれればきっとどんなことだってできるってうちは思う」


 俺と葉桐が妥協し合うことは絶対にない。俺とあいつのどちらかが必ず破滅する。俺はそう確信している。


「これを口にするのは嫌だけど、りりがいる限りひろとあんたは絶対に相いれないんだと思う。女の子はハーレムを作れる男が大好きだけど、男の子は可愛そうだね。他の男と愛する人を絶対に共有できないものね」


 真柴は悲し気に笑った。そしてバックから何かを取り出して俺に手渡した。


「ん?なにこれ?セロハンテープ?ん?」


 渡されたものは太めの幅のセロハンテープだった。とくになにか変わったところはなさそうに見える。

 

「使い方は教えてあげない。それを思いつけない程度の男ならりりの傍にいてほしくないからね」


 そして彼女は俺に魚の入った桶を渡してきた。


「りりのところに持って行ってあげて。塩焼きにしたらたぶん美味しいと思うから」


「お前もくればいいじゃないか」


「それはお供え物だよ。女神への供物。それを口にするのは王と女神だけ」


 そう言って真柴は水面に目を向けた。明確な拒絶の意思を感じた。この魚は俺と五十嵐だけで食べろってことらしい。その好意には甘えることにした。俺は立ち上がって真柴に背を向けて五十嵐の方へと向かう。


「最後に一つだけ。スオウに気をつけてね」


 その言葉は印象深く心に残った。真柴は何かを俺に必死に伝えようとしている。だけど葉桐を裏切る気もない。そんなぐちゃぐちゃした感じに思える。真柴の配慮は無駄にはしない。俺は真柴に一礼して彼女の傍を離れたのだった。










***作者のひとり言***



ちなみにですが、アイルランド神話のクー・フーリンの宿敵メイブは、岩に宿る聖婚の女神だとする説があります。また神話のバリエーションの中にはクー・フーリンとメイブは和解し、メイブの娘とクー・フーリンが結婚したというストーリーもあります。そのメイブの娘の名はフィンダヴィルつまり「白い幽霊」というグィネビィアと同じ意味の名をもっているのです。通例ですが、神話においては一つの女神が複数の登場人物に分裂して語られていることがあります。例えばアルテミスと、カリストーのような感じですね。メイブとグィネビィアは母子と語られていますが、おそらくは同じ女神の別の側面だと思われます。つまりクー・フーリンとアーサーは超時空穴兄弟なのです!!



ちなみにですが、グィネビィアはランスロットのほかに、ガウェイン、ケイ、モードレッドなどとも愛人関係にあったという神話のヴァリエーションがあります。だから円卓の騎士の真の主人はアーサーではなく、グィネビィアなのです!!アーサー王はせいぜいグィネヴィアから見れば騎士たちのリーダーくらいの位置でしかないのですよ。

超神話級サークルクラッシャー・グィネヴィア!!なにこのくそビッチ…やばすぎでしょ?!アーサー王伝説はアーサーではなくグィネビィアを中心に解釈しなおすとすんなりと納得いくイベントがすごく多いのです。とくにモードレットの反乱で彼がいち早くグィネビィアを誘拐して結婚しようとしたというのも、王権という視点では非常に納得がいくのです。アーサーは聖剣を振り回すから王様なのではなく、グィネビィアの夫だから王様なのです。実は因果が逆なんですよ。


ちなみにですが、アーサーの姉モルガンはアイルランド神話だと女神として語られています。彼女はクー・フーリンと戦ってツンデレして味方になりましたが、結局メイブにクー・フーリンは殺されてしまいます。

そしてアーサー王伝説でも、モルガンはひたすらアーサー王狙っている。と見せかけて実はグィネビィアをつけ狙って彼女のことを破滅させようとしていますが、上手くいきません。なにせ自分の親類のガウェインも、息子のモードレットもグィネビィアにNTRされてるので…。


モルガンもアーサーも姉弟でグィネヴィアにNTRかまされてんの超笑える!しかも勝てないの超わろりっしゅw


みなさんもアーサー王伝説を今一度読んでみてください!面白いですよ!

華麗なる騎士伝説と読み解くよりも、グィネヴィアちゃんの超サークルクラッシュ物語としてよむと笑いが止まりません!マジでお勧め!ぜひ一度NTRバカファンタジーとしてのアーサー王伝説の面白さに気付いてほしいなって思います。



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