第42話 肩書で語る男はダサい
自称シンデレラこと五十嵐理織世はトロ酔い笑顔のまま両手でピースしている。可愛いけどなんなんだろうね、この絶妙なウザさ。
「さっきの騒ぎはなんだったの?」
あの馬鹿騒ぎはいったいなんだったのか。当然サークル側がやってるイベントじゃない。こいつらが勝手にやってることだろう。
「んー?なんかね!どんな男の子がタイプか聞かれたから、お酒が弱い人はいや!って言ったの!そしたら俺酒TUEEEE!って言いだしたから、そんなにお酒強いなら見せて欲しいなぁって思ったんだけど、私も飲みたくなっちゃって!デモでも弱いよね!がっかりだよ!何で発泡酒!?ウチでそんな不味い酒を飲んでるのはお父さんくらいだよ!若い人は発泡酒なんて飲んじゃ駄目だよ!そんなの飲んでると娘にお父さんのとパンツ一緒に洗わないでっていうような軟弱な男になっちゃうよ!!でも安心して!私はお父さんと一緒にパンツ洗っても別に気にしないよ!!将来の旦那さんのパンツもちゃんと洗ってあげる!ところで常盤君はブリーフ?トランクス?」
「ボクサー派だ。というかお前の言ってることがマジで意味不明過ぎる。あーこれ仕上がってるぅ…」
普段からド天然でポンコツ極めてる奴が酒飲むとどうなるか?答え。もっと意味わかんなくなる。
「ボクサーぱんちー??なんじゃくー!なんじゃくものー!あはは!女受け狙いか!狙ってるのか!やーい!シャイボーイのくせにぃ!あはは!あはははは!」
「うわぁ…手遅れだ…」
前の世界でもこの女の酒癖の悪さには手を焼かされた。付き合いたては猫被ってた。ポンコツ化が始まってからはこうだった。もうひどいひどい。言ってること意味不明だしテンションが高いし、他にも悪癖が沢山ある。主に犠牲者は俺か真柴であった。そして一番恐ろしいのはこの女、マジで底なしのドランカーなのである。酔いつぶれたところを一度も見た事がない。今も目の前でがぶ飲みしてるけど一向に体がふらつく気配が見えない。うわばみとかザルとかそんな言葉では形容できないアルコールモンスターである。
「ちょっと君!五十嵐さんとは今僕達が話していたんだぞ!五十嵐さんを困らせないで欲しいね!」
横から声が聞こえた。眼鏡をかけたいかにも勉強できそうで意識高そうな男がいた。
「困ってんのはむしろ俺なんだよ。くそ」
「というか君、五十嵐さん相手に馴れ馴れしいんじゃないのか?!僕たちと五十嵐さんは同じ高校の出身なんだぞ!」
てことはこいつは葉桐の知り合いでもあるわけだ。え?うざ。葉桐の知り合いとかうざ!
「そうだそうだ!馴れ馴れしいぞぅ!いつも私を邪険にしやがって!こんなときだけ馴れ馴れしいのか!!このあげちんやろう!さんぴー!さんぴー!硝子の靴拾って来い!あはは!あはははは!」
そして五十嵐さんもなんかウザいです!
「ふっ!君がどこの誰だか知らないけど、五十嵐さんと一緒にいたければそれなりの格が必要なんだよ」
眼鏡っぽい男がなんかとつとつと語り始めた。
「格?なにそれ?どんな格?」
「ふ!僕は速応大学医学部医学科の…」
偏差値的には皇都の工学部とかと一緒くらいか?私大でもトップの医学部の名前が出てきて俺様超萎えた。医学部男子は嫌いです。だって葉桐も医学部だし。間男憎けりゃ医学部憎しですわ。
「あ、けっこうです。そういう肩書的な格なら間に合ってるんで」
「なに?!」
「男が最初に名乗りを上げるときに肩書名乗る時点で器が知れるんだよ」
眼鏡の男とその周りにいる連中が俺を睨む。五十嵐さんはなんか楽しそうに俺をにやにや見詰めてた。
「このぉ!僕達を馬鹿にしてるのか?どうせ君のような見るからに野蛮そうな奴には医学部には入れないだろうに!そうか!ひがんでるのか!はは!」
医学生たちが俺の事を蔑むように嗤う。五十嵐さんもなんかツボってるのか笑う。
「確かに野蛮っていうか、たまに髭面で歩いててワイルド全開な時あるよね!なんかこう!あれ!海外ドラマの犯人より暴れるヤバい刑事さんみたいだった!!」
どういう雰囲気だよ。はじめて反社以外に例えられたのに、どっちかって言うとヤバい人みたいじゃん。というかもう!締まらない!全然締まらないよ!
「偏差値なんかで人を測るな。情けない男どもめ。どうせお前らは医学部行けばモテて童貞卒業できると思って目指した勘違い君共だろ?違うか?」
男たちの顔がぴくッと引き攣った。そして周りの女の子たちがクスクスと笑いだす。
「あーわかるわかる。そんな感じだよねー」「わたしさっきあの人たちに声かけられたんだよね。でも名前より先に医学部って言ってさ!」「くふふ!ないわー。医者になってから自慢しろって!」「だよねー!医学部あるあるトークとかしてアピールしてくんのマジで必死過ぎてキモいよねー」
ぶっちゃけこういうパーティーで女の子が出会いたいのって、将来の安定した男じゃなくて、理屈じゃなくキュンとくる男だと思うんだよね。何に女の子がときめくかは男の俺にははっきりと言えない。だけど肩書で釣れると思っている勘違い男には言いたいことだけはある。
「お前らは大層努力をしたそれは認めよう。立派だ。だけど方向性が間違ってる。男なら肩書じゃなくて、瞳と背中で語れよ。金とか社会ステータスとかそんなものに換算できないもので自分を表現しろ。お前らに問おう。肩書を消し去った時、お前らに何が残る?」
まあ俺が言ってることははっきり言ってただのブーメランだし、そうあって欲しい妄想の類だ。前の世界じゃ、ビリオネアでイケイケベンチャー社長で医学部卒というすばらしい肩書を持ったスーパー間男に妻を寝取られています。切ない。はは!自虐じゃないか!
「わかるわー!めっちゃわかるわー」「だよねー自分の世界持ってる男の子とか憧れちゃうよねー!」「それね!自分の腕だけで生きてる系男子とか!」「クリエィティブ系とかいいよね!」
「「「「ねー!」」」」
「「「「「ぐはっ!!!」」」」」
女子たちは俺の意見に賛成なようだ。それが医学部系男子たちには大きなダメージになったらしい。
「い、五十嵐さんも、この男の言うことが正しいと思うんですか…?幼馴染の葉桐も医学部だし、医学部すごいって思いますよね?」
「…?…え?なんであなたたち、私の名前知ってるの?それに宙翔の事も?私たち同じ大学だったっけ?」
「え?いや…僕達、同じ高校だったんですけど…クラスも一緒になったことありましたよね?」
五十嵐は首を傾げていた。俺はそれだけで察した。
「あの…それに僕以前あなたに告白したこともあるんですが…」
「???…?…?…?…え…ごめんなさい。いつも告白されてたから、誰が誰だかわかんないや」
「がはっ!!」
やっぱりこの女こいつらの事覚えてないんだ。自分の興味から外れた事にはまるっきり無関心を通すのが五十嵐理織世という女である。膝をついてプルプルと震える眼鏡の男に俺は同じ男としてちょっと同情してしまった。
「もうわかったろ?この女はお前らには荷が重いよ。悪いことは言わん。不幸を重ねる前に手を引け」
「くそっ!僕はもう一度!もう一度告白するために医学部に行ったのに!!五十嵐さんが凄い人と付き合いたいっていうから!頑張ったのに!」
陰キャ系男子は告白失敗した後に女がいうことを真に受けがちだ。どうせ五十嵐が適当になんか言ったんだろうなって事だけはわかる。まあ俺だって前の世界じゃ五十嵐が戯れにかけてくれた褒め言葉を真に受けてがんばっちゃったしな。気持ちはわからんでもない。だけどこの女に執着されるのはごめんだ。なにせ前の世界じゃそれで何度も痛い目見てる。葉桐はもっともくそ野郎だっただけで、五十嵐理織世に執着し続ける男は沢山いた。俺はそれと戦ってきたし、時にはそういう連中を潰してきたのだ。だからこいつも
「格が必要と言ったな、格が。じゃあまずは俺を潰してみろよ」
俺は膝をつくそいつを見下ろしながら睨む。そして眼鏡の男と目が合った。
「ひっ…あっあの…」
「どうした?こわいか?ならやめとけ。この女を手に入れるために戦わなきゃいけない相手は俺よりもっと怖いぞ。あはは!」
前の世界での元カレの中にはやべぇ奴が何人もいた。自分の人生を壊してでも五十嵐を手に入れようとする者たち。そいつらをなんとかして、俺は結婚にまでこぎつけたのだ。まあ最後は駄目になったけど。
「くそ!ちくしょう!」
眼鏡の男とその仲間たちは俺の前から姿を消した。俺にビビって逃げるようじゃ話にならない。この程度では五十嵐と付き合うなんてとてもとても出来やしない。
「はいはーい!騒ぎはこれでお終いだよ!さあ皆さん解散解散!パーティーはまだまだ他のイベントあるからそっちを楽しんでってね!」
俺が手を叩くと周りにいた沢山の人だかりは自然とばらけていった。後に残ったのは俺と五十嵐だけ。
「ほぇ…すご…」
なんか五十嵐が感心したような顔で俺を見ている。呑気なもんだな、自分のせいで男たちが戦う羽目になったのにね。
「常盤くんってじつは結構すごい人?一睨みするだけで、あの人たち追っ払っちゃたんだね。すごいね。あの人たち私にかなり必死に声かけてきてちょっと怖かったから、ありがとうね」
「どういたしまして」
俺は気持ちを入れ替えるためにふぅと息を吐いた。五十嵐は俺の事を何処となく穏やかな笑みを浮かべながら見詰めていた。俺が逆に見詰め返すと、ふっと恥ずかしそうにはにかんで視線をずらした。そして緊張を誤魔化すためにか、すぐそばのテーブルから青い酒のグラスを取って、それを口に運んでいく。
「青い酒…?…っ!!五十嵐!」
俺はグラスを持つ彼女の右手を掴んだ。
「えっ…きゃ!」
その拍子に彼女はグラスを落としてしまった。ぱりんと音を立ててグラスは割れて、床に青い液体が広がる。そしてヒールを履いていたせいだろう。五十嵐は足元を崩して倒れそうになる。俺は彼女の腰に手を回し、転ばないように胸元に引き寄せた。俺たちの顔が凄く近づいてしまう。もう少しでキスできそうなくらいに。五十嵐の瞳が少し濡れているように見えた。勘違いしてしまいそうになる。その瞳の濡れる時が何を意味するのか俺は知っているつもりだ。それを前の世界で何度も見たんだ。勘違いなんだと自分に言い聞かせる。きっと驚いたから、少し涙が出てしまっただけだ。そうに決まってる。
「す、すまん!」
俺は彼女の腰に回していた手をどけて、体を離す。
「え…あ…うん…ちょっと驚いちゃった…」
五十嵐はモジモジとしている。
「あー。お酒勿体ないね。青いお酒は珍しいから飲んでみたかったんだけどな」
「…ダメだ」
「え?なに?何がだめなの?」
「青い酒は飲むな。特にこういう場では絶対に飲んじゃ駄目だ」
俺が真剣な顔でそう言ったからだろう。五十嵐は怪訝そうな目で俺を見ている。
「どうかしたの?常盤くん?」
「ちょっとこっち来て。運営の休憩場がある。ミランもいるから」
俺は五十嵐の手を取って休憩場に引っ張っていく。
「お?なになに?!カナタってば、お持ち帰りしてんの?やるじゃん!」
「ふぁ?!五十嵐さん?!ひぃ?!その顔はめっちゃ飲んでる?!いやぁあああ!」
「あ!美魁じゃーん!やっほー!さっきの出し物見てたよ!すごく可愛かった!あはは!あはははは!」
五十嵐はミランのすぐ傍に座って彼女の首にほっぺをこすりながらおっぱいを触り始める。五十嵐の悪酒癖の一つ。昭和のおっさん系セクハラ。
「うーん美魁ってばいつもすべすべだし意外におっきくてモチモチしてるよね。男子たち…みんなここ見てたよ…ふふふ…」
「くぅ!や、やめろぉ!ボクは絶対に屈したりしない!!はぁ…はぁ…う!っ…ん…あ」
めっちゃ屈してるやんか。まあ今はミランの童貞はどうでもいいんです。
「ケーカイ先輩ちょっと」
「…なんかマジモードだな。何があった?」
俺の真剣な様子を察してケーカイ先輩もマジモードになった。俺たちはひそひそと話す。
「五十嵐の近くのテーブルに青い酒がありました」
「おいおいおい!マジかよ…くそ!何処の馬鹿だ!」
ケーカイ先輩はガチで怒っている。青い酒。それはこういうパーティーの場で一番警戒しないといけない脅威の一つだ。
「すみません。誰の仕業かはちょっと。ただあのテーブルの酒は五十嵐だけが飲んでたんで、犯人は間違いなく五十嵐を狙ってたはずです」
青い酒を見たら警戒しないといけない。なぜならば強力な睡眠導入剤は液体に融けると青く染まるようになっているのだ。いわゆるデートレイプドラックと言われる薬の事である。アルコールに混ぜて飲ませれば簡単に人の意識を失わせることができる。卑劣で唾棄すべき行いだ。
「なるほどね。まあ、あれだけの別嬪さん相手ならそういう悪さをしたくなるだろうさ。くそ。俺たちは警察じゃないから、荷物検査なんてできない。っち!犯人をみすみす逃がしちまうのかよ!くそ!」
「ケーカイ先輩。今日のイベント、出席者の名簿取ってますよね?」
「ああ。取ってる。まさかお前?」
「犯人は俺が探します。貸していただけますよね?」
「……わかった。お前にまかせる。必要なものがあれば言ってくれ。協力は惜しまない」
ケーカイ先輩は少し悩んでいたようだが、俺にこの事件のことを任せてくれるようだ。
「ありがとうございます。必ず犯人は締め上げてやります。ええ。必ず後悔させてやりますよ」
この出来事は未来の知識には当然ない。だからいったい誰が犯人かはわからない。だけど必ず見つけ出して、
***作者の独り言***
ラブコメ…?ラブコメ!
本作がよそ様のラブコメとちょっと毛色が違うとすれば、多分主人公であるカナタ君の存在だと思います。
シーズン・2ではカナタ君がどういう男なのかを知っていただける機会になるといいなって思います!
シーズン・1まではヘタレで優柔不断なところがあったけど!
シーズン・2では男らしく大学サークルの闇と戦うよ!!
サークルクラッシュ(物理)をぜひ見届けてください!
これからもよろしくお願いします!
なお次回はヨッメーとの新宿デートです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます