第18話 リア充の玉座を奪え!

 グラサンを掛けた先輩の顔は未来の知識の中にあった。だけどぶっちゃけ重要人物ではない。数あるテニサーの庶務という役割についているが、ただのキョロ充だ。名前を覚えておく価値はなかった。


「おい一年坊主、お前あれだろ?倉又のお気に入りなんだって?入学式で有名になってたよな?ん?」


 グラサン先輩はさっきまでケーカイ先輩とキリンさんが遊んでいたソファーに座った。そして両脇に後輩らしき可愛らしい女子二人を座らせる。多分二人は他所の女子大の学生さんだろう。うちの大学のテニサーは大抵他所の女子大とインカレしてるからだ。


「はい。ケーカイ先輩にはお世話になってます」


 俺は無難に返事をする。それを見たグラサン先輩はニヤリと笑う。


「何だよお前つまんねぇやつだな!あの倉又のお気に入りなら面白いやつなんだろ?なんかやれよ!ひゃははは!」


 周りの取り巻き連中も一緒に笑う。あーこれ俺が入学式プチバズしたのが面白くないって思ってるパターンだ。あと多分このグラサン先輩、ケーカイ先輩を嫌いっていうか嫉妬してるな。ケーカイ先輩どう考えてもリア充の王だしな。


「はは、何かって言われても困っちゃうなぁ。俺、お笑い枠じゃないんですよ。あはは」


「はぁ?何お前?俺たちは倉又に誘われて来てやってんだぞ?なのに楽しませる気がないのか?倉又に恥かかせるとかないわー!」


 グラサン先輩は俺を挑発してきてる。スルーしてもいいし、あとでケーカイ先輩にチクってもいいんだけども。


「くすくす」「顔はいいのにねー」


 ソファーに座る女子二人が俺の事を蔑むように笑っていた。ちょっとカチンときた。女の子に馬鹿にされるのはやっぱりきつい。嫁の悪行を嫌でも思い出す。まああいつは浮気バレしても俺を蔑むような顔は一切しなかったし馬鹿にするようなことも口にはしなかったが。それでも舐められていたのは事実だろうじゃなきゃ浮気なんてしない。いいだろう。楽しませてやる・・・・・・・


「いいっすよ。倉又先輩のメンツがかかってんなら仕方ないっす。これから超面白いことやるんで、ちょっとご協力くださいね!」


 俺は男子寮近くにつんであるラックから、外国産の500mlビール瓶を一本取る。そしてついでに近くにあったとある物・・・・も拾って、ソファーのところに戻ってきた。


「で、なにやってくれんの?」


 ソファーに偉そうにふんぞり返ってるグラサン先輩に猛烈な苛立ちを覚える。そのソファーは言うならばこのパーティーでもっともリア充な男のみが座ることを許される玉座だ。そこに座りながら後輩弄りなど玉座への侮辱そのものである。俺は先輩にビール瓶を渡す。


「先輩まだ飲んでないでしょ?どうぞこの瓶を持っててください」


「なに?まあいいけど、これ瓶のふた空いてないぞ?お前アホなのか?ははは!」


 周りがクスクスと笑ってる。俺が緊張のあまり空いてないビール瓶を持ってきたと勘違いしてるのだろう。それは違う。


「ここからっすよ!おもしろいのはね!俺はそれを栓抜きなしで開けてみせます!!」


「なに?手品?うわー。さむ!」


「まあまあ!見ててくださいって!まずはその瓶に何の仕掛けもないことをご確認ください!」


 先輩と両隣の女子はビール瓶を確認した。当然何の仕掛けもない。ただのビール瓶。


「ご確認は終わりましたね?ではその瓶の底の方をもって天に掲げてください!俺はこれから神に祈って天使からパワーを借りますから!」

 

 女子たちがちょっと本気で笑った。何かツボったらしい。だけどグラサン先輩が睨むとすぐに笑みを引っ込める。そういうのが本当にないわーって言ってやりたい。こういうイベサーテニサーにいる後輩をいびるキョロ充は嫌いだ。


「おお、かみさまー!我に力をおおおおおおおおおお。ふーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーやーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーほいぃいい!」


 俺は奇声を上げながら、先輩が丁度俺の胸くらいの位置に掲げたビール瓶の首を思い切り睨みつける。


「ふーーーーーーーーーーーやーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!ちぇすとーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」


 俺は握りこぶしを作って手の甲を下にして手刀をつくった。そしてそれをビール瓶の首の部分に向かって思い切り振ったのだ!


「え?」


「「「「「ええ?!」」」」」


 ぱきんと音を立ててビール瓶の細い首は折れて飛んで行った。そして開いた口からビールの泡が吹きこぼれる。


「はい!手品成功です!見事にビールの瓶が栓抜きなしで開きました!!」


 周りがあんぐりと口を開けて驚いていた。グラサン先輩は両手を震わせている。そりゃ目の前でビール瓶を手刀で真っ二つにしたらビビるわな。だけどこんなもんじゃないんだよ。


「さあどうぞどうぞ先輩!ビールおいしいですよ!ささ!飲んでください!俺の奢りですよ!!あはは!」


 ビール瓶の割れた断面は鋭い。そんなもんに口をつけたら唇が切れるなんてもんじゃない。できるわけがないのだ。


「あ、ああ、ああああ。あー。あれだ!俺はこの後、講義があるから酒は飲めねーんだわ!ほら、お前飲めよ!!」


 先輩は近くにいた後輩男子に割れたビール瓶を押し付ける。だが後輩君だっていやだろう。別の奴にそれを押し付ける。そしてそんな間抜けな押し付け合いをしているうちに、ビールの瓶を彼らは地面に落としてしまった。


「あーもったいねぇー!ないわーコレどうすんすか先輩ぃ?俺が出す酒は倉又先輩がすすめる酒と同じですよ!なのに飲めないとか!だっせ」


 俺は思い切り挑発的に侮蔑的にそう言ってやった。


「くっ。この。一年のくせに」


「つーかその席からどけよ。あんたはその席に座る資格はねぇよ。両側見てみ?わかんだろ?」


 グラサン先輩は両隣の女子に目を向ける。あからさまにグラサン先輩のビビりに冷めた女の顔があった。逆に彼女たちは俺の方に熱い視線を送っている。どの男が勝つのかを決めるのは女だ。それを俺は嫁の浮気から学んだ。グラサン先輩は悔しそうな顔をしながら席から立って一人とぼとぼと広場を後にした。そして空いた席に俺が座る。


「ねぇねぇ俺、お腹すいちゃったぁ。ピザ食べようぜぇ!酒飲もうぜ!」


 そういうと両隣の女子は楽し気な笑みを浮かべて、1人が近くのテーブルからピザを取ってきて、もう一人はクーラーボックスからビール缶を取ってプルタブを開けた。


「はい、あーん!」


「あーん!ぱく!」


 可愛い女の子が俺の口までピザを運んでくれた。俺はそれにかぶりつく。口の端が汚れたが、女はわざわざ自分のハンカチで俺の口の端を拭ってくれた。


「はい、キンキンだよ!どうぞ!」


「いや!サンキュー!一気に飲んじゃうよ!うぇーい!」


 もう一人の可愛い女子がビールの缶を俺の口に優しくつけて飲ませてくれた。調子に乗ってそのビールは一気に飲んでしまった。


「ぷはぁ!最高だねぇ!これはお礼だよ!ちゅ!ちゅ!」


 俺は両隣の女子二人の頬っぺたにキスをしてあげた。二人は頬を赤く染めて喜んでくれた。そして俺は二人の肩に手を回す。


「まだパーティーは終わんねぇ!さあ!あげてこうぜ!!」


「「「「「「うぇーーーいいいいーーーー!!!!」」」」」」


 さっきまでグラサン先輩の取り巻きだった連中はみんな俺の指示に従った。これがサークル下克上である。力こそパワァ―。大学生活におけるカーストヒエラルキーとは顔と腕力と積極性がすべてなのだ。そしてパーティーは終わらない。俺たちは夜まで騒ぎ続けたのだった。




 飲み過ぎて疲れた俺は広場のソファーに横になって夜空を見ていた。パーティーが終わって静かになった広場にはもう誰もいない。だけどまだ体には熱が溜まっていた。今日は最高に楽しかった。このまま帰るのが惜しいと思ってしまった。この熱がまだまだ続く何かがあればいいのに、そう思ったのだ。


「やあ、涼んでいるところ悪いけど、ちょっといいかな?」


 綺麗で凛とした女の声が聞こえた。顔を上げるとそこには銀髪に赤い瞳の美女がいた。ジーンズと革ジャンの男の子っぽくてかっこいい服装。やっぱり正面から見るとショートボブっぽくてなんかイケメンに見えた。あの人気だったダンサーのミランがすぐ目の前にいたのだ。俺は起き上がって背もたれに体重を預け座りなおす。


「かまわないよ。むしろ光栄だね。さっきのダンスは最高だったよ」


「ありがとう。君もすごかったね。あのビール手刀切り。女子寮の窓から見てたよ。あんな単純なトリックで人々を操ってみせるなんて本当にすごかった」


「ありゃ?バレてたか!はは!」


 さっきのビール瓶切りにはトリックがある。そもそも最近のビール瓶はすごく丈夫でいくらプロの格闘家でも手刀で切れるようなものではない。


「ビール瓶を持ってくる時一緒に何かを拾ってたのを見た。石だとすぐにピンと来たよ。そして手刀のふりして、石を手に握ったんだ。それで瓶の首を割ってみせた。その石はさり気無くポケットに隠して、あとは啖呵きって全部うやむやにしちゃった。それはそれですごいけど、ズルはズルだね。くくく」


 ミランは悪戯っ子のように笑う。男の子っぽいのに女の妖艶さが同居する不思議で魅力的な笑み。なんともすごい美人さんだ。くらくらするよ。そして体の芯に熱が再び籠ってきたのを感じた。この子はきっと面白い何かを俺に持ち込みに来た。その確信にワクワクが止まらなかった。

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