第9話 雰囲気チャラ男(大学デビュー)が地味女子相手にワンチャン狙いでオラつくのはイタい

 乾杯の後、宴会場のあちらこちらで笑い声や話し声が賑やかに響く。ここのサークルは丁寧な対応を新入生にしていた。ボッチになってそうな新入生には先輩から話しかけていく優し気な雰囲気があった。いいサークルだと思った。だがそれでも相性の問題は立ちはだかる。ぶっちゃけると綾城と賀藤先輩はちょっと趣味の方向性が違い過ぎてプライベートではおそらくまったく合わない。だから最初の方は話がすこしぎこちなかった。最初に俺が賀藤先輩に打ち解けていたからこそ二人の会話は続いていた。俺が二人の間を繋いでいたというのは言い過ぎではないと思う。綾城が俺を連れてきたのは正解だったと思う。だけど綾城のサークル活動への熱意は『本物』だった。


「綾城さんはどうしてうちのサークルに興味を?」


 賀藤先輩が綾城にそう尋ねた。酒に酔っていて少し顔は赤いし表情も緩いが瞳は真剣だった。綾城を見極めようとしている。綾城もその真剣さに応えるためなのだろう。凛とした表情になって口を開いた。


「あたしのうちはよく海外旅行に行っていたんです。色々な国に行きました。日本人があまり行かないような国にも行きました。そこで見たものがあるんです」


「何を見たの?」


「真昼間のある市場いちばを父に手を引かれて歩きました。本当に猥雑なところで、果物の良い匂いに、魚の生臭さ、肉の血の匂い。そんなのがまぜこぜしているようなところ。日本の生活になれてるとあんな匂いはなかなかきついんです。そこで父がある店の前にとまりました。小さな屋台。地元の果物を使ったジュースを売ってたんです。とても美味しそうな匂い。でも…それを売っていたのは大人じゃなかった。当時のあたしと同じ小学生くらい子供。父はジュースを2本頼んで、米ドル札で代金を払ったんです。その国では自国通貨の信用が薄いからドルが流通してたんです。でもドル札で代金を払うとお釣りの計算がめんどくさいんです。その日の交換レートを考えないといけない。あたしにはその値段を暗算できませんでした。でもその子は一瞬で計算してぱぱっとお釣りを返したんです。父は感心してお釣りもチップとしてその子に渡しました。そして日本語であたしにだけこう言ったんです。『今のを見たね?この子は君よりもすごい計算能力を持っているのに、今この時間学校に行けないんだよ』あたしは衝撃を受けました。ジュースの味がわからなくなるくらい。半べそをかいてホテルに帰りました。訳がわかんなくて母に抱き着いたんです。理不尽だって思いました。父は旅行に行くたびにこの世界の闇をあたしに見せたんです。自分たちがいかに幸せなのかって多分伝えたかったんでしょうね」


 俺と賀藤先輩は綾城の話に聞き入っていた。酒を飲むことを忘れて話の続きの事だけを望んでいた。


「この世界は理不尽な、それこそその人のせいじゃないのに不幸に追いやられてしまう人たちがいる。あたしはそれを見てしまった。すれ違ってしまった。そういうものを見て疚しさを覚えて恥じてしまう。…でもなにもできません。あたしは子供でしかないんですから。世界の事なんてどうにもできない。でももう大人の入り口にあたしは立ってるんです。何かをしたい。別に罪悪感とかじゃないんです。自分が持っている幸せを少しでいいからわけられるならば。きっとあの日みてしまった理不尽ももしかしたら報われるのかもしれません。だからまずは身の回りからそうしてみたい。この国は豊かです。少なくとも世界全体から見たらこれほど恵まれた国は他にないってくらい。でもこの国にも様々な理由で、あの日の子供のような教育にアクセスできない子供たちがいる。1人でいいんです。たった1人でもあたしの力でそういう子供が教育にアクセスできるようになって、実りある将来を実現できたならば、あたしはそれで満足です。それがここに来た理由です」


 綾城は何処か寂し気な笑みを浮かべていた。その笑みにきゅっと胸を締め付けられるような感傷を覚えた。彼女の思いは尊いものだと思った。そしてそんな人の隣に今自分がいられることを『幸せ』だと感じた。


「そうなんですか…ああ、言葉にならないわ。でも、うん。いいお話でした。綾城さん、あなたは素敵な人なんですね」


 賀藤先輩も感動しているようだ。瞳をウルウルとさせて綾城を見詰めていた。

 

「ありがとうございます賀藤先輩」


 そして2人は日本における教育問題について熱く語り合い始めた。専門が違うので俺は横から見ているだけ。だけどそれでも嬉しかったあ。綾城はこのサークルできっとうまくやっていける。その助けになれたのだから、俺も今日ここに来れてよかった。白熱する二人からそっと俺は離れた。お邪魔してはいけない。だからべつのシマに移って俺は俺で気の合いそうな人を探してみよう。そう思った。






 新歓において重要なのはシマ、つまりお喋りグループをどんどん移っていく勇気だと思う。一番いいのは各シマに友達が一人でもいれば、そいつを使って自然と混ざれる。でもここには残念ながら友達がいない。ならばどうしようか?ボッチに話しかければいいんだよ!


「すみません!ちょっといいですか?」


「え?ああ、はいなんですか?」


 何処のシマにもあんまり喋ってない奴が一人はいる。シマの中にいる陰キャ。喋れないから頷きに徹している。それしかできない背中は哀れだ。俺はとあるシマに狙いを定めた。男女比が丁度半々くらい。


「いや面白そうな話してるなって思って、僕今一人何で入れてください!あはは」


 コツは笑顔。とにかく笑顔。まず気弱な陰キャに話しかける。そして座れる場所を確保する。するとシマのメンバーたちが俺の方に視線を向けてくる。こいつなに?みたいな感じ。そしてコツ。そのグループ内で一番偉そう、もしくは年長、強そう、ヤンキーっぽい。ようはいかつそうな男に笑顔で握手を求めるのだ。女には絶対に最初に声をかけてはいけない。これがルール。


「あっ!どうも!俺建築学科の常盤奏久っています。カナデとかカナタとかって呼んでください!」


 握手をする時は目をちゃんと合わせること。これは俺が発見したよく知らんやつと話すときのテクニックだ。陰キャ-陽キャたすき掛け方程式とでも名付けようと思う。


「お、おうよろしく」


 よほどイカれた奴以外は握手を拒否ることはない。そして人間は握手した者同士を仲間だと認識する。握手した本人、握手した者を見た周りの者たち。俺とこのグループのリーダーは無意識下で友人同士となった。そしたら後は周りの者たちと順番に目を合わせていけばいい。それがノンバーバルでの刷り込みになるのだ。


「なんか面白い話してたよね!ほら北海道ってマジで水まくと凍るのってやつ!」


「おうそうそう!それそれ!俺高校の時北海道でも奥の方のスキー場行ってリフト昇って頂上でジュース撒いたら即凍ってさ!北海道マジでヤバイって!」


 陽キャなリーダーくんが話を続けてくれた。球に俺の方にも目を向けてくる。おっけー!刷り込みはうまくできた。俺の事をグループのメンバーとして認めてる。


「すごーい!」「まじみてみたーい!」


 女の子たちにはウケてる。多分雪のない地方の出身なんだろう。そして多分こいつの話は吹かしだと思う。雪の中で水撒いても案外一瞬で凍ったりはしない。もちろん試される大地北海道でもガチでやべぇ土地だとバケツの水を空中に撒くと即凍る。なお俺はそういう土地の出身である。


「だよな!まじであれやばいよね!俺北海道からきたんだけどさ!俺の地元マジでそんな感じ!」


 俺はグループのリーダーに向かってそう言う。


「お?お前北海道なの?!やべぇ!リアル北海道人きたし!だろ?!お前らぶっちゃけ信じてなかったっしょ?!」


 陽キャなリーダーくんは皆の事を弄り始める。グループから笑い声が響きだす。


「あれほんと綺麗だよな!!キラキラって!カナタはしょっちゅうやってたの?」


「子供のころ超やってた!でも水が勿体ないって母さんにしかられてやめたわ!あはは!」


「「「あはははは!」」」


 雑談なんてこんなもんである。そして新参者は話に混じれると、次の話題を出す権利が生じたりする。


「みんなどっから来たん?やっぱ東京?」


「俺は福岡!」「ボクは宮城!」「わたしは高知!」「ウチは京都!!」


 そしてこうやって各人から情報を引っ張ってきて次の話に続けていけばいいのだ。そしてこの後は酒を飲みつつガンガン話を回していった。社会人経験があれば大学生なんてチョロいチョロい。こちとら知らんやつしかいない業界パーティーで散々仕事してきたんだからな!未来の知識の有用さが証明されてちょっと楽しかった。






 酒が入るとトイレが近くなる。俺はいったんグループから離れて(その前にちゃんと女子含めて連絡先をゲットしておいた)トイレに行ってきた。戻って来た時、ふっと嫌な光景が目に入った。


「だからさ!俺たちがこの国の教育をリードしてめっちゃレボリューションするわけよ!すごいっしょ!」


「…え…っ…は、はい…」


 なんか大学デビューっぽい慣れてない感ある雰囲気チャラ男の一年が前髪の長くて、眼鏡をかけた同じ一年生女子にうざく絡んでいた。顔はよく見えないが女子の方は今どき珍しいくらいに地味な印象と服装だった。ジーンズにシャツとカーディガン。全部ノーブランドの量産品だ。髪も肩くらいの位置の背中の後ろで縛っているだけ。だけど一つだけ目立つ部分があった。胸がすごく大きい。シャツをぱんぱんに押し上げている。なのに足や手は細く尻のラインを見ても形が良くて太っているような感じじゃない。シャツとカーディガンでわかりずらいけどクビレもきっちりありそう。スタイルは驚くほどいい。


「てかゆずりはちゃん、おっきくない?モテるっしょ!」


 え?それ口にする?ヤバいやつだなぁ…。ドストレート過ぎるセクハラだ。だけど楪と呼ばれた女子の方は俯いて。


「…別に…モテ…な…い…です…」


 ぼそぼそとか細い声でそう言っている。嫌とは言っていない。だけど彼女は体育座りのように足を胸元に引き寄せた。無意識に胸を隠そうとしている。


「そんなことないっしょ!現に俺、楪ちゃんのことすきになりそうだし!」


 男は酒を飲みながらそう言っている。だけど俯く女子の口元は嫌そうに歪んでいた。だけどこれ間違いなく良くない流れだ。あの子多分このまま何もできないまま流されるかもしれない。毎年どこの大学でも不本意に断れないまま男に喰われる女はいるのだ。それは女にとってきっと将来の傷になるだろう。だから俺はその二人のところに向かったのだった。

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