第39話 サムライとは何か

「ソウタは、それでいいのですカ……」

「もったいないよ」

 僕を咎める二つの視線。不正を見逃すこと、正当な評価を受けないことをスルーする僕は異常に見えるのだろう。

「でもそれが、『サムライ』っていうものじゃないの?」

 アレクシアはその言葉に目を見開く。

 これこそが、彼女が求めてやまなかったもの。数万キロ離れた国から、やってきてまで知りたかったもの。

「でハ、ソウタの言うサムライとは、なんなのですカ」

 正直、サムライっていうのがあまり好きじゃない。ヘンテコな精神論振りかざしてしごきの言い訳にする人たちを、いっぱい見てきたから。

 古流の家元に生まれたから、サムライに興味はあった。新渡戸稲造の「武士道」も山本常朝の「葉隠」も読んではみた。けれど、いまいちピンとこなかった。

「武士道」はキリスト教との対比で描かれすぎているし、「葉隠」はせっかちな感じがした。

 それに剣を振るう人だけがサムライじゃないと思う。

 俺は武道をやってるんだ、偉いんだぜっていう嫌味な選民思想にもつながりがちだ。

 自分なりに色々と考えてはみたけれど、誰かの期待に応えるために必死に戦うこと、孤独でも戦うこと。それがサムライだと僕は思う。

 今までの人生で見た中で、一番のサムライは受験生だと思った。刀の代わりにペンを持ち、戦場の代わりに試験会場で孤独に戦って親や教師、友人の期待に応えていく。

 そして試験中は誰も助けてくれる人がいない。自分で自分に勝つしかない。

 戦争中は大空にサムライがいた。一人で零戦や隼といった飛行機を操り、数十倍の敵に立ち向かって空襲におびえる人を守った。

北辰一刀流の先代宗家がパイロットだった。飛行機と刀の違いこそあれ、彼はまちがいなくサムライだろう。

 僕は誰かの期待に応えられたのだろうか。

 中島さんを助けることはできた。アレクシアの北辰一刀流を打ち破ってほしい、という願いには試合には負けたけど応えられた。

 僕は、サムライになれたのだろうか。

 僕のとりとめもない答えを、アレクシアは黙って聞いて。

 話し終わって場を沈黙が支配すると、金糸の髪に隠されていた唇をゆっくりと開いた。

「サムライについて聞くと、どこかで聞いたようなセリフを得意げに、もしくは説教臭く話す者たちばかりでしタ」

 朗々とした異国訛りの声が、沈黙を切り裂いていく。

「でもソウタ、アナタの言葉は誰かの借り物では決してなかった」

「そしてワタシにも、サムライになれると思わせてくれた。外人と馬鹿にしなかっタ」

「アナタは、ワタシが認めたたった一人のサムライでス」

 中島さんの声がそれに続く。

「そうだね。なんていうか……」

 一言を発し、それから穏やかな表情で視線を宙に泳がせる。

 慎重に言葉を選んでいる感じが彼女らしい。

「柳生くんは、上から目線じゃないっていうか。武道をやってない私にも腑に落ちる答えを言ってくれるって言うか……」

「ああするべきとかこうじゃなきゃいけないとか、そう言うのを一切語らない。たどたどしいけどいつも自分の言葉、自分の考えっていうのを持ってる気がする」

「ぶれない自分、っていうのかな。そういうのが『サムライ』らしくて……」

 僕と一瞬だけ視線が交差したと思うと、光線の具合か頬に一瞬だけ朱が差した。

「それに、格好いい」




 準優勝者へのインタビューや閉会式、雑誌からの取材など諸々を済ませるとすっかり遅い時間になっていた。

 荷物をまとめ、私服に着替えたアレクシアや葵さんと国立武道館を出る。

 茜色の夕日に包まれた武道館を、秋の肌寒いほどの風が撫でていく。会場の周囲ですらあれほどの熱気に包まれていた朝のことが夢のように、今は物寂しさに溢れていた。

 アレクシアが手配していたハイヤーの中で、この場にいない広田のことに話題が広がる。

「勝敗やイワナガのことは、ヒロタには知らせないほうがいいでしょうネ」

「そうだね。信頼してない訳じゃないけど、ショックすぎるだろうし」

「何をいっているのですカ。あんな俗物、言いふらしたりネットで拡散するに決まっていまス。安っぽい正義漢とやらを振りかざしテ」

 僕も中島さんも、アレクシアが顔を歪めてそんなことを言ったのが信じられなかった。

「でもわざわざこの席に招待して、普通に話してたでしょ?」

「それハ、凡夫にソウタの実力を見せつけてやりたかっただけでス。ワタシは、アヤと違ってウソつきですかラ。嫌いない相手とにこやかに話すことくらイなんでもないでス」

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