第9話-3 最終話

 すぐに国王と関連する男たちを処罰、とはいかなかったが、王太子フランシスは跡継あとつぎとして王に替わり国政をになうこととなった。

 現王の処罰を考えるついでにガリアの思惑おもわくに加担した者たちを洗い出すと、すでに目星をつけていた九代目の円卓の騎士たち、それから国政の深い場所に入り込んだ魔法使いたちも幾人いくにんかが引っかかり城内が落ち着くにはしばらくの時間を要した。




 ──円卓の内部崩壊を狙った黒幕はガリアだったと言うところまでは良かったが、急な戦争をした結果うやむやになってしまいブリタニアとガリアはお互いに手を出せないでいた。

 そこでブリタニアは作戦に使うはずだった竜の卵の所在を明かせば、捕虜をそちらに返しても良いと条件を出した。ついでに停戦協定も結べと。

ガリアはしばし返事に悩んだようだったが何とか協力的な返事を寄越してきた。

 かくして白いローブの魔法使いオズワルドは魔女の髪で編んだ縄で両腕を縛られ、元・円卓の騎士たちと共にガリアの伝令が到着するのを待った。辺りがよく見渡せる広い海辺は、あいにくの曇天どんてんで輝く白い砂も灰色に見える。

「条件がゆるいと思うのですが」

樽に縛り付けられたオズワルドが生意気そうに喋るとフランシスは彼をジロリと見下ろした。

「舌を抜かれたいならお好きに」

「私を拷問して情報を引き出した方が早いでしょうに。何故わざわざ交換条件に? ああ、わかりました。停戦のためですか」

「ウィリアム、その者の口を縛っておきなさい」

「はい殿下」

王太子の従騎士は追加の魔女の縄を取り出すとオズワルドにくわえさせて頭の後ろで縛ろうとした。

「ガリア兵は来ませんよ。私を見捨てた方が早い」

「ちゃんと縄を噛んで」

「ウィリアム、耳を貸さないように。すぐ縛りなさい」

「はい」

紫炎しえんさま」

オズワルドは暗炎の子を最期さいごに口説いてやろうと意味ありげに見たがウィリアムは目も合わせない。

「ちょ、むが」

「ロビンは最期さいごまで俺に首ったけでしたが、あなたは本心がチラチラ透けて見えます。何と言うかまあ、浅ましい」

ウィリアムはフンと鼻を鳴らした。

懺悔ざんげならもう少し早くすべきだったのでは?」

ん? と片方の眉を上げてウィリアムはフランシスの横に控えた。


 オズワルドの言う通り、待てど暮らせどガリアの伝令は現れなかった。

「……約束を反故ほごにするならそれまでです」

フランシスはきびすを返し部下と共に城砦じょうさいへの帰路についた。

 この時ガリアでは国王が亡くなっており、伝令は途中で引き返していた。


 王城へ戻るとオズワルドは再び牢へ入れられた。それから激しい拷問を受け、その末に持ち出した竜の卵は三つだった、とだけ吐いた。

 三つのうち一つはベルナールが親へ返したもの。残りの二つは所在が不明のまま、オズワルドは事切れてしまった。魔法使いは奥歯に毒薬を仕込んでいて自害してしまったのだった。


 その後ブリタニアには、ガリア国王の国葬の知らせと停戦協定を結びたいと言う先王の甥から使いが寄越され、戦争は真の終わりを迎えた。

先王の甥子はやがてガリアの玉座に腰を下ろすが、血気盛んだった先王と違って内政に力を入れたと言う──。




 ブリタニアが落ち着いたのはガリア国王の葬儀後、半年以上経ってから。ブリタニア国王不在のなか王の代理を勤めるフランシスは、従騎士ウィリアムと若き騎士らと共に混乱した国内をめぐる長い視察を計画し始めた。

 かつての世界樹の根元、奇跡が失われた円卓につどった騎士たちは今後は奇跡に頼らず人の力で国を支えていこうと決意。同時に長らく国を支えた円卓の間は放棄ほうきすることとなった。

神々への感謝と決別を告げる元・円卓の騎士たち。

傍らには小さな従騎士ウィリアム。

「帰ろう、義兄にいさん」

ウィリアムは大切にオリヴァー子爵のかぶとを抱え伯爵邸へと戻った。


「くれぐれも気をつけて向かうのですよ」

「はい」

 長い旅へ向かう見送りの日。伯爵邸の前ではウィリアムのために一家一同が勢揃いしていた。

オリヴァーとフランクとウィリアムの母であるローズ夫人はたくさん焼き上げたパンやチーズのかたまり、この時代には贅沢ぜいたくな砂糖と香辛料を使った糖衣菓子ドラジェと、あれもこれもと息子の荷物に積んでいく。

「母上、もうその辺になさって。伯爵邸のたくわえがなくなってしまいます……」

「そんなことはありません! いいから持ってお行きなさい!」

「あにうえ!」

ウィリアムに駆け寄ったのは細いながらも肉つきのよい少年。金の髪、エメラルドグリーンの瞳。

聡明そうめいな頭脳を感じさせる切長の瞳は亡きオリヴァーに似ている。

まだ七つになったばかりの伯爵邸の後継ぎフランクは「ん!」と義兄に何かを差し出す。

「何ですか?」

それは表紙がり切れた簡素な本。

ウィリアムは見慣れた表紙を目にし笑顔になる。

「ああ、フランクに読んであげた義父上ちちうえの自書ですね」

「貸してあげます」

フランクは何故か誇らしげに言うものだから、ウィリアムはおかしくてふふっと笑った。

「ありがとう。でもどうしてこの本を?」

「父上もあにうえと一緒に旅がしたいんじゃないかと思って」

フランクは既にこの年で聡明さをにじませるものの、さすがに理由は子どもらしい。ウィリアムはそう、と頷いて本を持ち出す荷物に加えた。

「いつでも帰ってきなさい」

 義母ローズはウィリアムの顔にいくつもキスを落として、フランクと共に馬車が見えなくなってもいつまでも手を振っていた。




 王城前の広場で支度を進めるのが視察に向かう次代の王とその連れだとしても、見送る人はそう多くなかった。

市民たちは誰もが混乱した世の中で送る生活で手一杯だった。フランシスたちはそれでも通りすがりに温かい声をかけてくれる市井しせいの人々に感謝し、荷馬車と共に城砦じょうさいを後にした。


 旅の最中さなか、ウィリアムはふと義父ちちの自書を開いて表紙とページの間に見知らぬポケットを見つけた。中には小さな押し花が一輪差し込んであり、その白い花は義母ははが好きだと話していたものだった。

顔も知らぬ義父ちちが、義母ははを想っていたことが垣間見えウィリアムは自然と笑顔になった。

「これは家に戻った時に報告しないと」




 元・円卓の騎士らが王都を旅立って三年後。

フランシスは隣の岩上に立つ紺の髪の少年を見上げてまぶしそうに目を細めた。

「……何ですかフランシス様」

紫と金の瞳がブルーの瞳をとらえるとフランシスは一層目を細めた。

「いやぁ、大きくなったなと思いまして」

「こんな時に、余裕ですね!」

ウィリアムは聖剣タラニスで目の前に湧いた死霊しりょうぎ払った。

「むしろこんな時だからでしょうか」

フランシスも聖剣エーススを振りオオカミの死骸しがいに取りいた死霊を浄化する。

振るたびに鋼のかたまりに戻っていく聖剣たち。

魔法の代わりに現れた魔術もやがては消えてなくなるだろう。

 転がった死骸を検分し終わり、円卓の騎士たちはこの死霊には操っている魔術師がいるはずだと輪になって話し合っている。その中でウィリアムはフランシスの隣で遠くのなだらかな丘を静かに見つめていた。

「ビリー?」

フランシスに声をかけられウィリアムはハッとして彼を見上げた。

「どうかしましたか?」

「いいえ、何でもありません」

そう口にするもののウィリアムはまた丘の向こうを気にしている。

フランシスはかがんでウィリアムと視線の高さを揃えた。

「何か見えるんですか?」

ビリーの視界では丘の上に銀のたてがみを持つ美しい馬がたたずんでいる。

「……まだそちらには行けない」

「ビリー?」

「たとえ夢だったとしても、世界を滅茶苦茶にしたのは俺だから、俺が見て回らないと意味がないんだ」

ビリーが誰かと話している口振りにフランシスやベンジャミンやアダムも丘の向こうを気にし出す。

「ごめん」

ウィリアムの謝罪を耳にし、女神エポナは長いまつ毛を伏せきびすを返した。

フランシスは同じように何もいない丘の上を見やってから、うつむくウィリアムの肩を優しく抱いた。

「あちらに逃げるのは簡単だけど、俺が生きてるのはこの世界だから」

「そうですね。君の家はここです」

自分を穏やかに見下ろす円卓の騎士たちの視線を受け、ウィリアムは頷いた。

「はい」




 ブリタニアの次代の王と騎士たちの旅は国王の突然の訃報ふほうにより急な終わりを迎えた。病死だった。先王は息子を含めたあらゆる周囲に病気をひた隠しにしていた。こちらも、ガリアと抱えている事情はさほど変わらなかったのだ。

 国を上げての葬儀だというのに民の前で罪を暴かれた男のねやは随分ひっそりとしたもので、嘆き悲しんでくれる貴族と国民はそう多くなかった。

フランシスは晩年まで父との別れがこれでよかったのかと思い悩むことになるが、それでもウィリアムを思って行動した自分は間違いではない、と隣に立つ少年の横顔を見て腹をくくった。




 月日は流れさらに三年が経つ。

ウィリアムは十八歳を迎え、王となったフランシスにより騎士として認められ王の間にて成人の儀を行った。傭兵の時のような大柄でたくましい肉体を得た彼は、若き宰相さいしょうとしてその頭脳を振るうことになった。


「ウィリアム様先日の件で」

「ウィリアム様ごめんなさい資料なんですが!」

「ウィリアム様」

「ウィリアム様ー!」


有能ゆえの宿命なのか、ウィリアムは常に右へ左へせわしなく、資料を先にもらうのはうちだこちらだと引っ張りだこの毎日。


 国王フランシスは塩梅あんばいを見ながらウィリアムがいつ音を上げるかと見守っていたが、若さゆえにいくらでも動けてしまう青年はとうとう睡眠時間まで削り出し、ベンジャミン卿やゴドウィン卿に仕事を取り上げられやっと休みを取った。

 そして休んだ途端ウィリアムは熱を出して、やはり無理をしていたのだと周りは溜め息をついた。


「我々もウィリアム卿に頼りすぎなので彼への負担がすごいんですよ」

「一点に集中してしまっているのが問題ですね。上手く分散しないと」

「ウィリアム卿本人ももう少し加減を覚えてほしいものですね」


 年上たちがあれやこれやと調整をし、その後ウィリアムは基本書庫周りで仕事が済むようになった。

 ──ただし今度は調整をしすぎた結果、書庫にいるのはウィリアムが一人だけと言う極端な状況になり、ウィリアムは静寂せいじゃくを殺しに厨房に通うことになる──。


 激動の日々が落ち着いた頃、騎士ウィリアムは普段通りに仕事をこなしていた。

前置きもなく国王フランシスに呼び出されたウィリアムは灰色の鎧下に紫のマントを付けただけの簡素な格好で向かい、その場に居合わせた貴族の年寄りたちの度肝どぎもを抜いた。

「……鎧を着てくるべきでしたね」

ほとんど独り言として放った言葉を耳にしてフランシスは肩をすくめた。

「仕方ありません。サプライズのつもりでしたから」

国王に気軽に手招かれた騎士ウィリアムは、王の間に居合わせた見知らぬ茶髪の青年を見かけて眉根を寄せた。

国王にここへ、と示された青年はウィリアム卿のすぐ近くで膝をついた。

「彼はライナスと申します。血縁としてはゴドウィン卿の従兄弟いとこにあたるのですが三年前に認知されたばかりで」

嫡子ちゃくしではなく庶子しょしだと暗に示すとウィリアムは驚きもせずライナスを横目に見た。

「存じています」

知っていたのか、とフランシスは目を丸くしてからふっと笑った。

「君の従騎士エスクワイアにどうかと」

「陛下、その手のお話は一切をお断りしました」

ウィリアムはあくまで伯爵邸にローズの息子として、オリヴァーとフランクの兄弟として居続けることを望んでおり、新しい家門を得るのではなく騎士の位は一代限りと約束していた。

「まあそう言わず。ライナスは君に憧れて城門をくぐったのです。あまり冷たくすると泣いてしまいますよ」

「どの家から誰が出てこようが特別扱いする気はありません。話は以上でしょうか? 忙しいので戻ります」

フランシスの立場が王子だろうが国王だろうが関係なくバッサリと断ってしまうウィリアムの態度は相変わらず。貴族の老人たちが肝を冷やすのも気にせずにウィリアム卿は早々にきびすを返し王の間から立ち去ってしまった。

かたくなですね」

国王フランシスはすぐついて行きなさい、とライナスに視線を送った。

「し、失礼いたします!」

従騎士ライナスは早足で王の間を出て、廊下に出た瞬間全速力で主人の後を追った。




 そこから二週間、二人の駆け引きは続いた。

朝一番に書庫に顔を出すライナス。生返事でまともに相手をしないウィリアム。

今日こそ鎧の手入れをすると意気込むライナス。仕事を取られる前に自分でやるウィリアム、と。


 十四日目の朝。ライナスがウィリアムを部屋まで迎えにきた時、暗炎の騎士は溜め息をついた。

「君も物好きですね」

ウィリアムがライナスの熱意に根負けした瞬間だった。

「ほかの卿らと違って嫡子ちゃくしどころか伯爵家の実子じっしですらない俺を主人とあおぎたいなんて、どうかしています」

「ウィリアム卿はご自分の実力で宰相さいしょうまで登り詰めました!」

「違います。陛下が支えてくださったからこその待遇たいぐうです。ほかの者が易々やすやすと真似できる下地はないんですよ、俺の場合」

まるで特別な者のように聞こえる、とウィリアムは自嘲じちょうした。

「では、まず君が抱いた理想像と実際の俺の違いを見せるとことから始めましょうか。たっぷりしごきますので覚悟してください」


 第一印象は決して良くなかった主従だった。ウィリアムは従騎士を得たことで仕事の振り方を覚え始め、周りに注文をつけてはあれこれと指示を割り振れるようになった。

 結果的に国王フランシスの見立ては間違いではなかったと認めることになり、ウィリアムは納得がいかないと口をへの字に曲げた。




 ブリタニアの若き騎士ウィリアムがオリヴァー仕込みの頭脳で各地で名をせると、人々は彼に頼り、すがり、時にはあがめた。

だがそれもながき世では一瞬の輝きであり、暗い紫色の光も最後には失われる。

それでも後世の人々は口々に奇跡の子をたたえるのだ。

“円卓の暗炎あんえん”と──。




 ──さて、忘れ去られたのは竜の卵。こけむした岩の竜の子はどうなったのか。

 ブリタニアにしては珍しい晴天の下。

昨夜まで出ていた霧により水滴を受けた岩肌がキラキラと輝く、人が立ち入らぬ山岳の頂上。洞窟どうくつからぬっと頭を出したのは苔むした岩の巨竜。その太い足下に小さなが立つ。

くのか」

く!」

一見人に思えるその少女は親と同じ土と灰色混じりの髪と金の瞳をしていた。ツノらしいものはまだなく、しかし腰からは立派な竜の尾が生えていた。

「助けてもらったからお礼をしなくちゃ!」

「お前はまだ独り立ちもしていないと言うのに」

「独り立ちしてたら暗炎かれが死んじゃう!」

「まあな」

巨竜は頭をうんと低く下げて己の娘に頬擦ほおずりをした。

「気をつけてくのだよ」

「うん!」

竜の子は魔法で尻尾を隠して、麻で織った服とカバンを身につけて巨竜おやに手を振った。

「いってきます!」

「いってらっしゃい」

 竜の娘は山と海を越えた先にあるブリタニアを目指して旅立った。道中さまざまなモノに出会い、たくさんの宝物を得て辿り着いた先には暗炎あんえんの男がいるだろう。

 古い奇跡の子と竜の子はやがて結ばれることになるが、それはまだずっとずっと先のお話──。

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