四話 朝
『現実以上に非道で愚かなものはない』
「……終わった」
いつも通りの夜明けのはずだった。しかし、俺は両手で顔を覆い試験当日の朝のように絶望していた。
この久方ぶりの感じに俺は既に泣きそうだった。指の間から視界を出しちらりとベッド脇の机を見る。
そこには昨夜セットし置いた時計が我が物顔で居座っていた。ただ、居座っているだけなら何ら問題ではない。
だが、事今に関してはこの無機物に僅かながらの殺意を抱き兼ねないでいた。
「なんでだよ……」
小さく漏らし大きくため息をつく。この頃にはもう顔を覆うことはやめていた。口では悪態をつき内心ではイライラしながらも脳内は意外と冷静そのもので。
「とりあえず、顔洗うか」
丸まった背中をそのままにベッドから下り洗面台に向かう。よろよろと覚束ない足取りで洗面所に着き既に覚め切っている眠気に追い打ちをかけるように冷水で顔を洗う。
季節は四月。まだまだ寒い。普段なら「冷たっ」の一言でも漏らすところだが、今はそんな気力はない。
とはいえ、起こってしまったことは仕方なく。いくらイラついているとはいえ感情も意思も持たない物のせいにするだけ馬鹿らしくて。
起きなかった俺も悪いと自分に言い聞かせる。実家にいた時から長く使って来ていた物だし、そろそろ寿命だったんだろう。
ちょうどいいし次の休みにでも新しいのを買いに行こう。
「いただきます」
顔を洗い終えリビングに行き簡単な朝食に手を付ける。パンよりご飯派の俺ではあるが、寝起きはあまり良くなく、それに伴って朝からがっつりと食べる気分も持ち合わせていないので基本的に朝はパンで軽く済ませている。
ちなみに最近の流行はピーナッツバターである。少し前まではりんごジャムが主流だっだけど人の嗜好は時間と共に変化するものだ。
また、少し経ったら別のものにハマっていることだろう。
「行ってきます」
誰もいないうす暗い廊下に一言落として学園へと向かう。寮から学園まではほぼ一本道なため迷うことはなく、道中、咲き乱れている桜を見ながら進んで行く。
同居人がいれば楽しく雑談でもしながら歩いていたのだろうが、生憎俺は一人暮らしだ。
時折、隣から聞こえて来る笑い声や話し声が羨ましくなる。無理を承知で学園側に掛け合ってみようかな。
でも、隔離教室に行った奴と同じ部屋になりたいもの好きなんているのだろうか。俺と同室になるということは、その分周りからの評価を落とすことに繋がりかねない。
俺のせいで罪のない奴が苦しむのは正直、いい気分ではない。
「頑張らないとな」
そうならないために決意したんだ。隔離教室から出て行くって。その前に座学で躓いたら終わりだな。
それも重ねて頑張らないと。
「はぁ……はぁ……」
正門をくぐり本校舎を横目に眺めながら隔離教室がある旧校舎へと進んで行く。良くも悪くも才上学園の敷地は広い。むしろ広すぎると言ってもいい。
創設者が見栄を張ったのかは分からないが、そこまで広くする必要あるか?と思うくらいに広すぎる。
通常、五分歩けばとっくに昇降口に辿り着いているはずが、五分歩いて未だ旧校舎の姿は愚か影すら見えないでいる。
十分に栄養が行き渡らなかったゴボウの如き貧弱さを秘めている俺には、このたかだか五分が辛すぎる。
息は上がり叶うことなら今すぐにでも横になりたい気分だ。
「着いた……」
それからさらに五分近く、正門をくぐってから十分近くが経ち、俺はようやく旧校舎へと辿り着いた。
ここまで長い道のりだった。初日は緊張と不安でそこまで気が回っていなかったけど、いざ登校してみるとその大変がよく分かる。
これは早急に出て行かなければ、そのうち嫌になって不登校になり兼ねない、
「……二日目から遅刻とはさすがだな」
教室に入った俺を迎える担任の呆れと称賛が入り混じった言葉。俺は視界を落とし謝罪の準備に入る。
しかし、それは叶わなかった。
「謝罪をする暇があるならさっさと席に着け。それとも立ったまま授業を受けるか?」
「……いえ」
有無を言わせぬ選択肢の提示。俺は少しの迷いに揺れながら前者を選ぶ。席に着くまで担任の目が俺を許すことはなかった。
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