第六節 騎士団長シッダ
「やはり、リオナ様のおっしゃった通り、漆黒の浸食は・・確かなようです。」
ロワに向かって跪き、深く頭を下げ、騎士団隊長のシッダが言った。周りを囲むように座っている長老の面々から、悲痛な声と溜め息が漏れる。
ロワはじっと目をつむり、腕を組み、何か考えているようだった。
「それと、以前より力が増しております。私も、一体倒すのが精一杯でした。」
シッダは拳をきつく握りしめた。絞り出す一言一言に、悔しさがにじみ出ている。
「なんと・・!!シッダがか!」
「なぜ、漆黒は急に勢いを増したのか・・」
長老の面々が、色々な事を口にし始め、部屋の中は騒然とし、今までにない雰囲気に包まれた。
「始まりだ。」
ロワの静かな一言に、長老達が一斉に前の王座に座るロワを見た。ロワは300歳を越えていたがそうとは見えない屈強な身体つきをしており、代々王の座る玉座に似つかわしい威厳があった。しかし今その表情は深刻で、目を閉じたまま言葉を紡いだ。
「意志を持ち始めたのだ、漆黒が。」
静寂が部屋を包んだ。誰もが皆、事態がひっ迫している事を、ロワのその言葉で理解した。
----------------------------------------------------------------------
「・・ロワ様。少し、お話したいことが。」
長老達が部屋を出て行き、側近とロワだけが残ったとき、シッダが慎重に口を開いた。
「私は、ロワ様とは別に行動しましたが、密林で何かを見ました。」
エリーの報告を受けてから、シッダはいち早く境界へと向かった。
守護の密林は、所々から陽の光が、まるで光の絨毯のように頭上からいくつも差し込んでいた。木々の美しさと、そこかしこから生き物たちの存在が感じられる、はずだった。しかし、今日は何ものの生きた存在も感じられない。シッダは警戒を怠らず、周囲に神経を張り巡らせた。
と、何か嫌なものの気配を感じた。
それは、密林のすぐ外側だった。
シッダは、剣に魔術をかけると、その剣を境界に向かって勢いをつけて振り下ろした。その太刀筋に沿って、風が道を開き、境界が一瞬露わになる。
そこにはーー、漆黒にのまれたものたちが、おぞましく蠢く姿が見えた。それぞれがバラバラに動いていたが、風の通り道が開けたとき、一斉にその視線がシッダに向けられたようだった。
信じられない光景に、シッダの警戒が一瞬怯む。その一瞬に、漆黒が密林側に飛び込んできた。
「くっ・・!」
シッダは慌てて剣を繰り出し、漆黒を切り捨てる。しかし、後から後から漆黒となり果てた何かは、途切れることなくこちらに流れ込んできた。
いつもは絶対の安全を誇る密林に、こうも簡単に侵入されたことに、シッダは内心激しく動揺していた。
密林はいつも通りで、守護の力が弱まったとは考えられない。とすると、漆黒の力が強まったのか・・。
剣の動きは止めずにそう考えていたシッダは、呼吸を整え、ひとふり大きく剣をふるった。今までより大きな風の流れに、漆黒らが流れ込んでくるまで間が空いた。シッダは剣に左手をなぞらせ、強い魔術をかけた。
シッダの剣と、全身が黄金色に輝く。
次に、シッダが剣を振りおろしたとき、辺りの漆黒はその黄金の炎に焼き払われ、姿を残さず消していた。
緊張を解かず、シッダは剣を構え続けていたが、漆黒は密林側にもう入り込んでこれないようだった。思わず、安堵の息をついた。
その時、シッダはかすかにリオナの気配を感じ、遥か上方を飛ぶそれを見た。
(あれは・・!なんだ!?)
目を凝らすと、ちらりとリオナの黄金の髪が見えた気がした。そして、淡い漆黒の気配と、人間の匂い。
「リオナ様っ・・・!!」
シッダは思わず叫び、リオナとそれを追いかけようと、今来た道を城に向かって馬を走らせようとした。
が、すぐに馬の手綱を引いた。周囲から鋭い殺気を感じたのだ。
キィィーーーーン
気配のした方へ剣を振りかざすと、何かに当たった。
シッダは息をのんだ。
それは、人間の形を保った悪意だった。
先ほどの漆黒とは違い、明らかな意志を感じる。自分を、殺そうとしている。
シッダは、このような悪意を数十年前に見たことを思い出した。
そう、リオナの母エリィを死に追いやった、あの戦いを。
攻撃を受け止められたと分かったそれは、一旦後ろに飛び、耳障りな奇声を上げ、すぐにまたシッダに向かって来た。
(速いーーーー!!!!)
攻撃を受け止めるので精一杯だった。それは、今までのものとは比べものにならない力を持ち、シッダを圧倒する。
じりじりとシッダが後退していたとき、その悪意の両手が触手のように伸びた。
「!!!」
剣がからめ取られ、遠くの大地に刺さった。
悪意は口の端で笑ったように見えた。シッダに向かって真っ直ぐ向かってくる。
その鋭い手が、シッダの首に届きそうになった瞬間、シッダと悪意の周りを囲むように魔法陣が現れた。
シッダの手の動きに合わせ、魔法陣が天に向かって光を放つ。悪意は驚き、そこから出ようとするが、光に弾き飛ばされ魔法陣から出ることが出来なかった。
「剣だけだと、、思うなよ!」
シッダが叫び、その身体が黄金に輝く。手を前で組み、呪文を唱えた。
悪意はその途端、苦しみもがき、シッダに手を伸ばしたが、触れようとしたその手から、まるで土が崩れるように全身が崩壊していった。
そして、魔法陣の光が消えた後には、シッダ以外何も残らなかった。
シッダが乗っていた白馬が、遠くに刺さった剣の柄を口にくわえ、重そうに引きずって向かってくる。
シッダは膝をつき、肩で荒い息をしていた。
「ディル、、ありがとう。」
かすれた声でそう言った顔を、ディルと呼ばれた白馬は心配そうに頬ずりした。
「一体倒すので、全力だな。全く、騎士団長が聞いてあきれる。」
苦虫を噛んだような顔で苦笑しながらシッダは言い、気を取り直すと、リオナを追いかけ白馬にまたがり城に戻っていった。
(あれは、、何だ?人間は、この辺境ではとても生きてはいけぬ。漆黒か?しかし・・)
城が見えてきた。城は切り立った崖に挟まれており、いつも風が吹いていたが、今日は一段と風が強く吹いているようだった。シッダは白馬の速度を上げ、一気に駆け上がる。
(姫からは、拒絶の気配が感じられなかった。漆黒の気配を持つものと居たにもかかわらず、、)
シッダは、リオナが先刻越えていった垣根を白馬で高々と飛び越えた。
と、すれ違う風の中に、上空に見たあの匂いと気配を感じた。
刹那、呪文を唱え、背後に向かって放つ。
辺りが、術で照らされた。その光の中に、黒い左手を持つ青年の姿が浮かび上がった。
彼と、視線が合った。
左手が漆黒に染まったその青年は、姿が露わにされたからか、驚いた顔をしていた。
「お前は・・っ!?」
シッダが青年と対峙すべく剣を抜くと、その青年は薄く微笑み、
「リオナは無事だよ。」
そう言い残すと、次の瞬間には消えていた。シッダは辺りに神経を張り巡らせたが、彼の痕跡は何一つ残ってはいなかった。
「なんと・・!我らが城内にも、悪意が入り込んでくるとは・・っ!」
シッダの話を聞いたロワは、驚きを隠せずにそう言った。
「守護の強化をせねばならぬか・・。しかし、、」
眉間にシワを寄せてロワはそう言った後、シッダを見た。シッダは頷き、
「リオナ様とその青年は、共に居たようです。そしてあの青年から、、我々に対する敵意は、感じられませんでした。面白い気配を発していました。」
しばらく、沈黙が流れた。そして、その場にいた者が考えていた疑問を、シッダが口にした。
「彼は、何者でしょうか。」
ロワの脳裏に、老婆の言葉が響く。
『希望と運命は出会った』
ロワは玉座から立ち上がった。
「シッダよ。」
「はっ」
玉座の近くの窓から、遠くを見据えながら、ロワは言った。
「リオナは、その青年のことをわしには話さないだろう。わしが、悪意を憎んでいるからだ。リオナの動きに目を離さないように、頼む。」
「御意。」
シッダは短く、忠誠の言葉を発した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます