第2話 すれ違いの始まり

私たちも、しばらくは睦まじい婚約者同士だった。


少しずつ擦れ始めたのは、いつからだったのだろう。




「あら、セレナ様、ご機嫌よう。……私のこと、聞きまして?」


「……ご機嫌よう、スーザン様」



平静に返事をする。この様な時に、ファーストネーム呼びの学園のルールが、煩わしく感じる。


ああ、早く帰りたいのに!



◇◇◇



婚約の日から5年が経ち、私たちは13歳になった。グリーク王国では、13歳になる年から18歳までの6年間、学園に通う決まりだ。これは、平民でも同じ。



学園は二校あり、平民が通う聖エミール学園と、貴族が通うグリーク魔法剣術学園がある。それぞれ別に通うようになってしまうのだけれど。警備の問題だとか諸々を考えると、仕方がないのでしょう。


でも、両校の交流も、わりと盛ん。平民でも優秀な人たちは沢山いて、いろいろな職業に門戸が開かれている。豊かな自慢の国だ。



そんな理由から、魔剣学園にも平民出身の先生方も多い。その為、身分の貴賤に関わらず、学園は全員ファーストネーム呼びがルール。素晴らしいとは思っているのだけれど。



……こんな時は、苦痛でしかない。



◇◇◇



「セレナ様?」


ねっとりとした声と視線で、また名前を呼ばれる。かなりうざ……煩わしいが、仕方ない。


「失礼しました。……スーザン様の、どのようなお話かしら?」


ここで苦痛は表に出さず、完璧な淑女を演じる。これは私のプライド。学園に貴賤なしとの建前でも、私は侯爵家の長女。情けない姿は見せられない。


「ふふっ、白々しいこと!トーマス様と私のことですわ!」


「トーマス様が、何か?」


私は首を傾げて見せる。


「ですから!トーマス様は、私のようにがお好みのようですわよ?ご婚約者様は、可愛げがないのですって!」


豊満な胸を張りながら話す、スーザン様。恥ずかしくないのかしら。……ああ、恥ずかしくないから出来るのよね。


「……左様でございますか。ご忠告痛み入りますが……先程コレット様がいらして、彼女は明るくて朗らかな自分の様な方が、と仰っていましたが」


「!っなっ、そんな、嘘よ!」


悔しそうに真っ赤な顔で反論してくる。やれやれですわ。自分は、高い棚に上げるのですね。



「私が嘘をつく必要がありまして?……信じて頂かなくても結構ですが」


「だってっ……!」


「もうよろしいでしょう?失礼しますわ」


軽く礼をして、踵を返す。



(まったく…!これ以上、無駄な時間を使いたくないわ!)



入学早々から、毎日と言ったら大袈裟だが、頻繁に、と言ってもいいほどに、女生徒に絡まれる。やめてほしい。さすがに少しイライラしながら廊下を曲がると、そこにトーマスがいた。



「……トーマス。もしかして、聞いていたの?」


「うん。何かごめんね?」


優しい笑顔は変わっていない。そしてまだ、私はこの笑顔に弱い。


「……毎回、ごめんばっかりで!貴方は侯爵家の長男で、殿下の側近候補なのよ?自覚が足りないわ!」


悔しさと照れ隠しと、……悋気と、いろいろな感情が混ざって、きつく諌めてしまう。本当のことでもあるのだけれど。


「分かってるよ。成績は下げてないだろう?ご令嬢とだって、必要な社交をしているだけだ。社交も大事なことだしね?」


さも当然の事のように言う。……いつもと同じ。


「だからと言って、あまり気を持たせるようなことは、」


「何、セレナ妬いてるの?」


少し嬉しそうに言われる。……何なの、この男は。


「……そういう問題ではないでしょう?」


ごちゃごちゃな気持ちのまま、必要以上に冷たい声になってしまう。


「……そっか。そうだよね」


何で貴方がそんな泣きそうな顔をするの。泣きたいのはこちらよ。殿下たちのようになろうって言葉は嘘だったの?……もう、絶対に聞かないけれど。


どこからボタンの掛け違いが始まったのだろう。それも分からない。ただ、そうね。10歳頃から、お茶会の機会が多くなって。そして貴方はジークフリート殿下の側近候補になって。


……人が沢山集まってきた。視野だって広がり、世界がどれだけ広くなったか。理解はできる。


でも、それはお互い様よ。


「……ともかく。節度は守って頂戴」


振り返れば、二人で余裕が無かった。


けれど、この頃はこれが精一杯だったの。

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