第12話 初めての甘さ

その後は、エマ呼びを許してもらい、その時のエマの余りの可愛さに思い切り抱きしめ、自分も愛称呼びをねだって腕を離さずにいたら、ローズ義姉さんに怒られたりしつつ、渋々自分のクラスに戻る。



しかし最後、ハルト呼びが嬉し過ぎて、皆の前でキスをしてしまった。それは失敗だった。エマはとてつもなく可愛かったし、周りには更なる牽制にはなったと思うけど、せっかくのエマの愛くるしさを多数に見せてしまった。減る。理性を保たなければ(人前では)!



◇◇◇



三年生のAクラスに入る。自由に行動していても、俺の成績はトップだ。さすがに、王族がAクラスから落ちたらダメだろ、そこは。と、思っている。逆に兄上の足を引っ張ることになりかねない。



「お、ハルト今朝は久しぶり…ってほどじゃないけど、何日か振りにギリギリ登校だな?女神様にフラレたか?」


悪友のニックが軽口を叩いてくる。こんなでも伯爵家の嫡男だ。何だかんだ、唯一、信用できる幼馴染みだ。


軽口の中に、心配が入っているのが伝わる。



「違うよ、…逆。……エマに受け入れてもらえたんだ、婚約」


「えっ、本当か?!」


ニックの声と同時に、教室の違う所からも「キャー!」という声や、頭を抱えている奴とかが見えたりとか、様々な反応が見て取れた。



「それは……やったなあ!正直、さすがのお前でも手強いと思ってたよ!」


「……俺も。うん、ありがとう、嬉しい」


つい、顔が緩む。


また悲鳴が聞こえる。


「おま、あんまそんな顔……まあ、うん、良かった、本当に」


苦笑気味に言われる。


「おかしな顔になってるか?」


エマの事になると、なかなか表情が作れない自覚はあるからな。


「いや、変ではなく。大丈夫だ。まあ、これでお前待ちのお嬢様方も他に目を向けるだろうからな。ありがたく思う奴らはたくさんいるだろ」


ニカッと笑うニック。


「お前はどうなんだ?」


「俺?俺はまだいいな~!」


「お前らしいな」



そしてチャイムが鳴り、授業が始まる。もう放課後が待ち遠しい。



◇◇◇



今日は何となく学園全体が浮かれた雰囲気だった。三年と四年の両方のクラスから話が流れたのだから、あっという間に全体に婚約話が広まったのだろう。


……エマは大丈夫だったかな。



そしてようやく放課後だ。すぐにエマを迎えに行く。



「エマ、迎えに来たよ。帰れる?」


「は、はい。帰れます!」


鞄をバッと持ち、立ち上がるエマ。


「ん、持つよ」


「じ、自分で持てます!」


遠慮がちなのは、エマの美徳ではあるけれど。


「……持たせて?俺の特権でしょ?」


顔を覗き込みながら言う。甘えられると弱いということは認識済みだ。


「で、では、お願いします……」


エマまたまた真っ赤になりながら、荷物を差し出してくる。可愛いが過ぎる。俺はきっとまた、顔が緩んでいるだろう。仕方ないな、エマが可愛……以下略。



「うん。じゃあ行こうか。ローズ義姉さん、皆さん、また」


「み、皆さんごきげんよう」



二人で教室を後にする。



「……当分、甘いものは食べられないわね……」



との、レイチェル嬢の一言に、クラスの皆が沈黙で肯定したことを、後日、義姉さんが笑いながら兄上に報告したそうな。





「あの、ハルト様」


「エマに呼ばれると響きが違う……何?」


本当に違う。何だこれ。


「も、もう!何を言って……ではなくて、私、今日も治療院に行きたいので、せっかく送っていただいてますけど、学園の馬車止めまでで……」


エマがあわあわしながら言ってくる。


「何を言ってるの?一緒に行くよ?」


「で、でも公務とかも心配ですけど、殿下が治療院に頻繁に行かれても大丈夫なのですか?」


「大丈夫、大丈夫。国立病院を俺の管轄にしてもらったから」


ちょうど今日話すつもりだった件だ。


「は……えっ?!」


エマが一拍置いて驚く。


「聖女の旦那になるんだから、当然でしょ?」


陛下と兄上に管轄移動を願い出した時は、まだ婚約もしていなかったけれど。早く動いて正解だった。


「と、当然ですかね……?」


「うん。当然だね。ちなみに、兄上とローズ義姉さんが婚姻したら俺は王家のシェール公爵を預かるから。エマの事業も手伝うし、病院もエマのいいように変えて?あ、公爵夫人としての役割は、ほどほどで大丈夫!嫌な言い方かもしれないけど、エマであるだけで充分だから。仕事に集中して」


あれもこれも、進めておいた。


「あ、あの、ハルト様!」


エマが途中で口を挟む。珍しい。


「ん?何か不満?」


「い、いえ、不満なんてとんでもないです。た、ただ、驚いたと言うか、何と言うか……」


エマはしどろもどろになっている。……しまった、勝手に進め過ぎたか。…過ぎたよな。呆れられたか、引かれたか。思わず、は~っと深いため息をつき、右手で口を押さえながら横を向いてしまう。……浮かれているのがバレバレだろ。恥ずかしい。



「あの、嫌じゃなくてですね」


エマが慌ててフォローしてきてくれる。


「ごめん。……分かってる、ありがとう。自分が思っている以上に浮かれているみたいだ。先走り過ぎで困るよね。恥ずかしいよ」


穴があったら入りたい、とはこういうことか。とか、遠くを見てしまう。そんな少しの間の後。


エマが俺の腕にしがみついてきた。思わずビクッとしてしまう。えっ?えっ?!


「エ、エマ?」


「ハ、ハルト様がいろいろと考えてくれていて、こ、困る事なんてないです!ただ、ちょっと驚いてしまっただけで。わ、私も浮かれていますし、嬉しいです!!」


真っ赤な顔で、必死で伝えてくれるエマ。


そうか、エマも浮かれてくれているのか……愛しい人。


「そうか、ありがとう」



幸せだ。



その後お義母さんの話になったりして、またエマに若干引かれた気がしなくもなかったが、滞りなく治療院へ向かい、長い1日の幕は閉じた。

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