向日葵の蕾の頃⑩

「失礼しま―す」


「あら、来てくれたのね」


ドアの近くで話していた椛先輩が振り向いて華やかに髪が舞う。


「はい、来てみました。よろしくお願いします」


「ありがとう」


細く長く白い指がそっと伸びてきて、花のような笑顔と共に両手で握手してくれた。


「じゃあ、好きな席に座ってちょっと待っててね。もうすぐ説明始めるから」


「わかりました」


何人か参加者が座っているけど、知ってる顔はなかった。


うー、緊張するー。


とりあえず後ろ目な席に座ろっと。



少しして、椛先輩が教壇に立った。


「お集まり頂きありがとうございます。では、これより孤児院にて行う朗読劇について説明しますね」


椛先輩の説明と合わせるように書記係の人が黒板に文字を書いていく。


朗読劇をやる日時、作品のタイトル、登場するキャラクター、概要についての説明が主で、配役は後日ということだった。


そして朗読劇をやる場面のセリフが抜粋されたプリントが配られて解散となった。


でも、よりによってーー


「この話は……」


渡されたプリントに書いてあったのは、昔にお姉ちゃんの練習で一緒にやったことがあるものだった。


「うーん……」


何となく席も立たずにプリントを前に頭を机にこすりつける。


「どうしたの、悩める仔羊さん」


「めぇー」


「あら、可愛らしい」


顔を上げると後ろから抱きかかえられるように頭を撫でられる。


椛先輩の柔らかな髪と胸が頭を優しく包む。


華やかな香りが鼻腔を満たしていく。


「椛先輩までボクを胸置きですか」


「誰も見てないから、やってみたくて」


確かにいつの間にか他に人はいなくなっていた。


前の席に移動して座ると、てへっ、と可愛らしく椛先輩は笑った。


「それで、どうかしたのかしら?」


両肘をついて両手に顔を収めてこちらを覗き込んでくる。


「えっと……別に、なんでもないです」


先輩から目を逸らす。


「あら、私には教えてくれないのね、寂しい……」


クスン、と涙を浮かべる。


うぅ、流石女優……冗談というか演技だと分かってるのに罪悪感がすごい……。


「……分かりましたよ」


別に隠すことでもないし。


「お姉ちゃんと……この話を練習したことがあって」


「あら、お姉さんがいらっしゃるのね」


「いえ……いたんです……交通事故で亡くなって……」


「あ、ごめんなさい……!」


椛先輩は慌てて申し訳無さそうな顔をした。


「あぁ、いえ、椛先輩はなにも悪くないです!」


そんな顔させるのはこっちもすごく申し訳なさでいっぱいになる。


今はもう受け入れられてるから、ボク自身どうこうと思うところはない。


ただ、あまり話すようなことでもないと思って誰にも言ってなかった。


「お姉さん、演劇やってたの?」


「はい、部活と地域の劇団でもやってました」


何回か舞台を見に行ったこともあったな。


「そうなんだ、私と楓も演劇を始めたのは中学生からでね。ある劇団の舞台を見てからなの」


「へぇ~」


生まれながらの舞台役者かと思ってた。


「その初めて見た舞台のね、朔月さん、朔月……奏波かなみさんという役者さんの演技に心打たれてね」


「えっ……」


椛先輩思い出を懐かしむように少し遠くを眺める。


でも、ボクにはその名前はあまりにも聞き覚えがあり過ぎた。


というか――


「それ……たぶん……お姉ちゃんです……」


「え?」


「それ、ボクのお姉ちゃんです」


「嘘!?」


椛先輩は目を丸くして驚いた。


「咲弥ちゃんって朔月って名字だったの?」


「え、えぇ、そうです。あれ、楓先輩から聞いてないですか?」


そういえば、咲弥姫としか紹介はされていないか。


楓先輩からはお姉ちゃんの話を聞いてないから、単純に結びついてないのかもだけど。


「えー、そうだったの!?もう、楓ったらなんで黙ってたのよ~!」


あの椛先輩が机をドンドンと叩いて荒ぶっていらっしゃる。


これはとても珍しい姿を見ているのではないだろうか。


いつも落ち着いて大人な感じがしてるけど、今は年相応に見える。


普段とのギャップがなんか可愛い。


楓先輩もたまにこういうところ見せるから、やっぱり双子なんだな~。


「でも、そっか……亡くなっちゃったんだね……」


「はい……」


シュンとする椛先輩に合わせてボクも目線を下げると、フワッと頭になにかが触れる。


「ありがとう、話してくれて。ごめんなさい、私ばかり悲しそうにして。咲弥ちゃんのほうが辛いのにね」


椛先輩の手が優しく髪を撫でてくれた。


「いえ、ボクはもう大丈夫なんで」


シズさんと舞のおかげで。


「そっか、強いんだね、咲弥ちゃん」


「そんなことないですよ」


ウリウリ~と撫でられてちょっとくすぐったい。


でも、なんだか心地よかった。

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