話花【咲く花舞う花巡る季節】-向日葵の見上げる頃俯く頃に-

葵冬弥(あおいとうや)

向日葵の蕾の頃①

「あーつーいー」


前の椅子から仰け反ってボクの机の上に補習仲間の蓮乃はすのが長い髪を広げて頭を置く。


額には汗が浮かび、いつも気だるそうなのに、さらにぐったりとした眼差しを向けられる。


「うん……」


そんな視線を向けられても今は何もしてあげることは出来ないし、怒られる前に早く戻ってほしい。


「ちょっと、そこ!はしたないです。ちゃんと座りなさい」


ほらー……。


補習監督役の生徒会役員に注意された。


あの人風紀にも厳しいんだから。


「はーい」


渋々体を起こして姿勢を戻すと乱れた髪を整えようと少し頭を振る。


すると、すとんと綺麗なストレートな髪になる。


髪質的には羨まれるだろうが量も多いのでやっぱり今の時期は暑そうという印象が強い。


本人は物ぐさだから自分で結ぶ気はサラサラない。


後で結んであげよう……。


ジワジワと焼かれるような陽射しとムワムワと沸き上がる湿気が教室を満たしている。


学園が高地にあるとはいえ、やっぱり夏は暑い。そして今日はあまり風も入ってこない。


なんで、夏休みの補習をこんな空調の壊れた教室で受けなければならないのだろうか……。


生徒会の人も暑いだろうに。


まぁ、補習受けるような成績なのが悪いと言われたらそこまでなんだけど……。


やっぱり学校選び間違えたかな。


そんな後悔が頭を過ぎると、もう1人の監督役の生徒会役員と目が合う。


ニコッと暑さを払う様な爽やかな微笑みを返される。


うわー……………………………………………誰?


そんな、作り上げられた表情を浮かべる彼女をボクは知らない。


我らが桜京学園おうきょうがくえんの生徒会長、桜木 舞さくらぎ まいをボクは知らない。


結局たまにすれ違う時の挨拶位でまだちゃんと話したことはない。


向こうからも何かコンタクトがあるわけでもないから、こちらからも特に何もしなかった。


だって、ボクの知ってる舞とあまりに違ったから。


チクリと胸が痛む。


「はぁー……」


胸の痛みを溜め息で誤魔化して、机の上のプリントに改めて目を落とす。


一学期の復習とは言われてるものの、このお嬢様学園はそれなりに進学校であるので、レベルも高いし、身なりや仕草も結構注意される。


お姉ちゃんならまだしも、こんなボクじゃ分不相応だよなー……。


分かりそうで分からない、分かった気になってるような問題を頭を掻きながら、ペンを回しながら答えを何とか書き込んでいく。


ほんの数十分前までこの問題の解き方を舞じゃない方の生徒会役員に説明されていたらしい。おかしいな。


うーん……うん……ふむふむ……。


心の中で分かってる風な声を出す。


うん、そんなんで答えがスラスラ解ける訳なかった。


「消しゴム……あっ」


結局迷走した途中式を消そうと消しゴムを取ろうとしたら指先が消しゴムを机の上から弾き飛ばしてしまった。


コロコロと転がってたまたま近くを歩いていた人の足に当たる。


「あ、すみません……」


慌てて立ち上がって拾おうとしたら、先に拾われて机の上に置かれる。


「あ、ありがとうございます……」


「いえ、大丈夫ですよ。分からないところはありますか?」


キラキラと揺れる金色の髪を耳にかける。


その仕草は自然で、綺麗で様になっている。


髪もちゃんと手入れがされていて、思わず触りたくなった。


そんな事は表には絶対出さないけどね。


前はここまでではなかったのに。


お手入れ用品も良いの揃ってるしね、この学園。


「いえ、ありまーー」


「分からないところ、ありますよね?」


決めつけるなよ。


「いえ、だいじょう――」


「嘘は良くありませんよ」


「……」


おいおい、嘘つき呼ばわりかい。


人の話を聞かないところは相変わらずだった。


そんな変わらないところを見つけて、また胸が痛んだ。


目頭が何だか熱い。


違う違う、気のせい、気のせい。


「ほら、ここは――……」


強引に今解こうとしてる問題の上に少し朱が入った白く透き通るような指先が置かれる。


優しく丁寧に、解答へ導いていく、その流れるような説明に流されるまま、答えへ辿り着く。


一年前の不器用さやいき過ぎることは無く、物足りなさと寂しさを感じる。


だけど、ただ、またその横顔が息遣いが近くに感じられる事が何より嬉しかった。


「何、ニヤけてるの?」


「……………っ!!!」


ニヤけてるのはそっちもだろ!


と叫びたくなるのは抑えた。


いや、ボクはニヤけてなんかいないし。


絶対、絶対に!


何より、耳元で囁くのは卑怯だよ!


「……バカ」


歩き去る背中にひっそりと投げかけた。



舞はやっぱり舞だった。


それが分かって良かった。


元気そうで、本当に良かった。

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