第16話
「は、墓守の一族の役目は、ダンジョンで亡くなった人たちを弔って、彼らがアストラル系モンスターさんにならないように見張ることなんです……」
墓石の少女はそう言って、話し始めた。
俺はひとまず冷静に彼女の話を聞くことにする。
「ダンジョンで亡くなった人たちの亡骸をそのまま置き去りにしてしまうと、彼らの魂は迷宮に取り残されて、アストラル系のモンスターさんになってしまう。ですが、ダンジョンから亡骸を持ち帰るのは、その、とても、難しいです」
確かに、死人が出るということは対峙したモンスターがそれほど強力だということだ。その状況下でひと一人抱えてダンジョンから帰ることはほぼ不可能と言っていいだろう。
「ですが、その人が持っていた装備やアイテムを一つでも持って帰れれば、彼らの魂を一緒にダンジョンから連れて帰ることができます。そして供養を続ければ彼らは女神様の元に逝くことができる。私たち墓守の役目は彼らを供養することと、彼らの持ち物が盗まれないように見張ること、そして、万が一アストラル系モンスターさんになってしまった時は、被害が拡大しないように彼らを女神様の元へ送り届けることなんです」
「それは非常に興味深い話なんだけど、えっと、それと今の状況がどう関係してくるのかな?」
そうだ、少女が俺の恩人かどうか確かめるために目の色を確認したら、なぜか死ぬまで添い遂げる、とかいう話になっていたわけだが、それとこれと、いったいどう関係があるのだろう。
「わ、私たちはこの仕事を家族から受け継いだ時にまず、こう教えられるんです。『ひとの目を見るな、こちらの目を見せるな』と。
アストラル系モンスターさんと対峙する時、その目が見えるような状況はあってはならないんです。もし目が見えて、顔がわかって、それが知り合いだったら、友人だったら、迷いが生まれてしまう。
だから死ぬまで相手の目を見ず、こちらの目は決して見せないと誓うんです。唯一、一生を添い遂げると決めた相手以外は……」
「あ、あー……なるほどね……」
一生を添い遂げるとは、つまりは夫婦ということになるのだろう。
つまり婚姻前ということで、俺と彼女は事実上の婚約者ということになる。
俺は少女の話を聞き、自分が置かれた状況を理解すると、しばらく考え、彼女に一つ質問をした。
「それって、例えば取り消しとかって……」
「できません。誓いですから」
「で、ですよねー……」
俺はハハハと苦笑いを浮かべ、天を仰ぐと、その場で思いっきりジャンプし、苔むした地面に向かって強かに頭を打ち付けて土下座をした。
いわゆるジャンピング土下座だ。
そのままガンガンと景気のいい音を響かせながら地面に向かって頭を打ちつける。
額が擦り切れて血が流れるのを感じたが、構うものかと打ち付け続けた。
そのままお経を唱えるように謝罪の言葉を言い続ける。
「申し訳ない。申し訳ない。申し訳ない。申し訳ない。申し訳ない。申し訳ない。申し訳ない。申し訳ない。申し訳ない。申し訳ない。」
「や、やめてください! 顔を上げてください!」
「すいません。すいません。すいません。すいません。すいません。すいません。すいません。すいません。すいません。すいません」
いくら知らなかったこととはいえ、女性の隠されていた部分を強引に見た挙句、一生のパートナーの座に無理やりなってしまうなんて、どんなに謝っても許されることではない。
だけれど──
「なんとか贖罪の機会を与えてくれないだろうか……?」
「い、いえ、私も動揺してしまって、止められなかったので…………」
「そこをなんとか!」
もうどうしようもないかもしれないが、このままでは流石に立つ瀬せがない。
「で、でしたら、一つ、お願いを聞いてもらえないでしょうか……?」
「なんなりと!」
ガバッと! 土下座の姿勢から顔を上げると、墓石の少女は、ひぇ! と声を上げる。
「あ、あ、あの、最近墓場の装備が盗まれる事件が多発しているので、その犯人を一緒に探して欲しいんです。私一人では、どうにも心細くて……」
「心得た!」
これで彼女との関係が無かったことになるわけではないが、少しでも自分の失敗に対する罪滅ぼしになればと思う。
墓荒らし探し、ドンと来いだ。
「そう言えば、まだ名前を聞いていなかった。俺はハジメ。君は?」
「わ、私はシズヨと言います。よろしくお願いします、ハジメさん」
シズヨはそう言うと、顔を上げてにこりと笑ってみせた。おそらく、そうしようとした。
だが実際は、にや、と引きつった笑いになってしまっていた。
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