第13話

 結果として、1ギル硬貨が22枚、日本円にしておよそ22000円が今日の俺の狩りの成果になった。

 ロストダンジョンを出て、街灯に照らされた商店街を歩くと、財布代わりの革袋がジャラジャラと音を立てて落ち着かない。アプリナに来てロストダンジョンで日銭を稼ぎ始めた頃、一度夜盗に遭って有り金をスられたことがあるのだ。

 東京で高校生をしていた頃はスリに遭ったことなんて一度もなかったので、スリがいるということ自体にまず驚いた。もちろん知識として存在は知っていたが、まさか自分が被害に遭うなんて思わなかったのだ。

 それからは硬貨を一つの革袋にまとめて入れたりはせず、使う用の財布と貯める用の財布で分けて入れるようにしている。この世界には銀行もないので、自分の財産は自分で守らなければならない。


 俺は落ち着いて辺りを警戒しながら、見慣れた緑の暖簾のかかった屋台の前で立ち止まった。


「いらっしゃいませ。こんばんは」


 淡いグリーンの髪の少女が俺を出迎えた。

 彼女は色んな街を旅しながら他の街で手に入らない物などを売り歩く行商人さんだ。

 珍しいものを扱っている分、値段は少し割高だがポーションに限って言えば大通りの雑貨屋よりも安くて良質な物を扱っているので、貧乏人の俺にとってはありがたい存在だったりする。


「回復ポーション四個と、包帯を。それから──」


 俺は1ギル銀貨がギッシリ詰まった革袋をテーブルに置いた。


「はい、両替えですね。お代は1ギルと1コルです。両替代はいつも通りサービスしておきますね」


 1クル銅貨は10枚で1ギル銀貨と同じ価値だ。

そして1ギル銀貨が10枚で1ゴル金貨と同価値になる。

 この街には銀行がないので本来であれば両替屋でお金を払って両替えをする必要があるのだが、この町に来てから俺がいつもこの店を利用しているせいか、ロストダンジョンで稼いだ銀貨を行商人さんの厚意で無料で金貨に両替してもらっている。

 色んな街を旅しているだけあって、情報通で、ロストダンジョンについての情報なども彼女から聞いた。本当に頭が上がらない。


 俺はぺこりと会釈をすると、応えるように少女がにこりと微笑んだ。なんだか落ち着かなくなった俺は暇を持て余すフリをして町の風景に視線をやった。

 そこで街灯の下に見慣れない三角形がかかっているのに気がついた。


「あの赤い旗は?」


「ああ、あれは感謝の旗ですよ。もうすぐ感謝祭ですからね。町をあげてその準備をしているんです」


「感謝祭?」


「ああ、他の街からいらっしゃった方はご存知ないですよね。家族で美味しい料理を食べたり、歌を歌ったり、普段お世話になっている人に感謝の意を込めて贈り物をするんですよ」


 なるほど。どうやら、この町特有の行事らしく、商店街としても贈り者を買ってくれる客のための雰囲気作りの一環としてこういった飾り付けをするのだろう。

 ちなみにアメリカにも感謝祭という行事があるらしい。おそらくこの世界のものとは由来も意味も異なってくるのだろうが。

 そういえば、今日ロストダンジョンで見かけた探索者の子ども達も、感謝祭のために──と言っていたような気もする。


 突如としてこの世界に転移させられた天涯孤独の俺にとっては意味のない行事だが、ただ1人、感謝の言葉を言いたい人物ならいた。

 死にかけていた俺を助けてくれた、年齢も、名前すら知らない一人の少女。

 わかっているのは、翡翠色の目をしているということだけ。

 彼女にはどんなにお礼を言っても言い足りない。

 元々俺は、俺を助けてくれた少女はアプリナには向かったという、あの民宿のじいさんの言葉を信じて、彼女を探しにこの街まで来たのだ。

 一応アプリナに到着した日に聞き込みをしてみたのだが、名前もわからない人物のことを尋ねても、いい反応が返ってくるはずもなかった。もう一つ、有力な手がかりとなり得るものとしては、もしかしたら、彼女の持つスキルは、死んでしまったものすら甦らせる、唯一無二のユニークスキルなのかもしれないということ。

 もしそうなら、彼女を見つけるのはさらに難しくなる。なぜならば、ヤマトの話が真実なら彼女はすでに一線を退き、探索者を引退してしまっている可能性が高い。ロストダンジョンでばったり偶然、というのは期待できないかもしれない。


 だが、せっかくそういうイベントがあるのなら、感謝祭の日までには彼女を見つけてみせる。そしてあの時のお礼を言うのだ。俺は心の中で硬く決意をした。


「ありがとう、また色々と教えてくれて」


 俺は行商人さんから購入した商品と、両替済みの金貨を受け取った。


「いつもありがとうございます。どうぞお気をつけて」


 少女はもう一度、にこりと微笑んだ。

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