第41話 魔王、傍観する
疾走するコウガの放った剣閃が、蜘蛛の姿をした悪魔を捉えた。
鋼鉄の強度を誇るA級悪魔の蜘蛛脚が、まるでただの木の枝のように斬り飛ばされる。
くるくると宙を舞った脚は、地面に突き刺さって衝撃に震えた。
「ぐげっ!!な、なんだてめぇ!!」
蜘蛛の悪魔が、大きく体勢を崩す。
コウガはすぐさま次撃の姿勢に移る。
しかし、巨体を揺らして現れた、一本角の人型悪魔がコウガに掴みかかった。
しかし、その腕がコウガに届くより早く、角の悪魔の顔面に、魔力の載った鉄甲が撃ち込まれる。
「ぐべらぁ!?!?」
メキリと鈍い音が響く。
オリヴィスの『聖拳』だ。
アゴを完全に砕かれ、角の悪魔は紫の液体を撒き散らしながらグラリとよろめく。
そのみぞおちに、追撃の正拳突きが炸裂した。
「おおらあああ!!」
悪魔の肉体はその衝撃に全く耐えることができず、ブチブチと耳障りな音を立てて、哀れ胴体は上下に泣き別れとなった。
思わずその光景に目を奪われた蜘蛛の悪魔だったが、コウガの姿を見失ったことに慌てて首をまわす。
しかし次の瞬間、自分の視界がズリズリとずれていくのに気がついた。
「あ、あれ?」
頭のてっぺんから一刀両断され、蜘蛛の悪魔は再度剣士の姿を捉えることなく絶命した。
「……ふぅぅぅぅ」
大きく息を吐き、コウガは眼光で他の悪魔を牽制する。
角の悪魔の下半身を蹴り飛ばしてから、オリヴィスもコウガの横に並んだ。
「な、なんだこいつら……」
「本当に人間か……?」
悪魔にとって、人間とは餌である。追い回し、いたぶってから食い散らかすだけの、オモチャである。
それ故に、反撃されるなど考えたこともない。ましてや、逆に殺されるなど。
まったく予想外の展開に、悪魔たちはすっかり足を止めていた。
……その背後から、ピシュンと鋭い音が鳴った。
音速をはるかに超えたそれは、音が皆の耳に入るより前に、コウガとオリヴィスがいた地面を砕いていた。
「……へえ、これをかわすんだ。さっきの動きといい、本当にただの人間じゃないみたいね」
ミミドラが自らの鞭を蛇のように操りながら、その一撃を回避した二人を興味深げに眺める。
それから、ニヤリと口元を歪めた。
「ふふ、結構楽しそうじゃない。いいわ、あんたたち。この二人の相手はワタシとアドラがやるから、あんたたちはさっさとあの子を捕まえておいて」
「勝手に決めるな、クソが。殺すぞ」
「あら、アドラ。そんなこといって、顔が笑ってるわよ」
「……へっ。まぁ、少しは楽しめそうか」
「そうでしょ?……ほら、あんたたち、なにやってるのよ。こいつらはワタシたちが止めとくから、早く行きなさいってば」
その言葉に、悪魔たちが再び行動を開始する。
「させるか!」
「はい、動かなーい」
悪魔に飛びかかろうとするコウガたちの足元に、超速の鞭が炸裂した。
「くっ!!」
「あんたたちの相手はワタシたちよ。お分かり?」
「ひひひ」
「げへへ」
「ひゃはは」
下卑た笑い声を上げながら、再び悪魔たちがリィに迫る。
リィは逃げ出したい衝動に駆られたが、後ろで倒れている使用人の仲間たちのことを放っておけず、動けない。
「どーれ」
ブヨブヨの巨体を揺り動かしながら、ゼリー状の悪魔が、手とも足とも分からぬ身体の一部をリィに向かって伸ばしてきた。
「きゃああ!」
リィが思わず声を上げた、その時。
地面が、小刻みに震えた。
「ん?」
ゼリーの悪魔が、体内に浮かぶ目玉でそれを確認した直後……足元の土が、爆発的に隆起した。
それは鋭い岩の槍となってゼリーの悪魔が伸ばした身体を直撃し、そして豪快にちぎり飛ばした。
「げげげっ!?なんじゃこりゃ!?」
「ふむ。一体その身体のどこから声を出しているのか……実に興味深いね」
「何にでも好奇心を持つのはあなたの良いところだけど……あれは無いわ」
「それもそうだね。まずはリィさんたちを守ることに専念しよう。シェリルも、私の後ろへ」
悪魔たちの前に歩み出たのは、金髪碧眼のハンサムエルフ、ウィスカーだった。
「ウィスカー殿!?あまり無茶をしないほうが……!」
コウガが思わずそう叫んだ。
知識は深いが戦闘するイメージが全く湧かない、線の細いエルフの青年を心配してのことだった。
シェリルが代わりに返答する。
「大丈夫よ、コウガさん。こう見えて、ウチの旦那結構強いのよ?」
「いや、しかし……!相手は悪魔ですよ!?」
「ふふ、まぁ、コウガさん。見ててください。こと悪魔に関しては、私もそれなりに経験があるのですよ」
ウィスカーが、ニコニコとコウガに笑いかける。
その様子に全く説得力を感じないコウガは気が気ではなかったが、ミミドラの鞭に牽制されてなかなか身動きが取れない。
「このエルフが……!邪魔するな……!」
身体をちぎり飛ばされたゼリーの悪魔が、全身をプルプルと震わせると……その身体が、まるで鋼鉄のように硬質化を始めた。
至る所に鋭い突起が生じ、棘のついた鉄球が如き容貌に変化する。さらには、少しずつ巨大化も始まった。
「このまま押し潰してくれる……!」
「ふむ。押し潰す。そうだね、それでいこう」
「……は?」
ウィスカーの言葉が理解できず、ゼリーの悪魔は思わずとぼけたような声を出した。
その直後。
ウィスカーが両手を振り上げる。
ゴゴゴゴゴ、という下っ腹に響くような地鳴りと共に、突如……一本の腕が、地面を突き破って現れた。
「……え?」
鉱石で形作られたと思しき黒光りする腕は、その手のひらでゼリーの悪魔をすっぽり包めてしまいそうなほどに、巨大だった。
その威容と突然の出現っぷりに、悪魔はただぽかんと、それを見上げることしかできなかった。
「じゃ、そういうことで」
「……え?」
「【
ウィスカーの最終詠唱を受けて、黒光りした腕が、雄々しく、力強く、その拳を握り込んだ。
そして……それは超々高速で、悪魔に向かって振り下ろされた。
ドガァ!!と爆発に似た打撃音が鳴り響く。
激突の威力は凄まじく、地面は大きく捲れ、弾け飛んだ。爆風で空高く粉塵が舞う。
地を伝う衝撃波は広範囲に及び、振動で他の悪魔たちが体勢を崩す。
噴き上がった土や石が、屋敷の方までも飛んでいって窓を何枚も叩き割った。
衝撃の余韻が続く中、土煙が止むと、無残なクレーターと成り果てた庭園が姿を現した。
……そこに、ゼリーの悪魔の姿はなかった。
いや、体内で浮いていたいくつかの目だけが、そのあたりに潰れて転がっていた。
「ウ、ウィスカー殿……これはまた、なかなか……」
普段と変わらない様子のウィスカーを、コウガは呆気に取られた顔で見つめていた。
「ね!?見たでしょ!ウチの旦那強いんだから!なんてったって、エルフの至宝よ、至宝!」
「……エルフの至宝だと!?」
はしゃぐシェリルの一言に、悪魔の内の一体が仰天する。
「そ、そうだ、間違いない!アイツはウィスカーだ!【エルフの至宝】ウィスカー・ウィンベル!!」
他の悪魔が騒ぎ立てる。
「二十年前にエルフの森とゲートが繋がった時に、こっちの先遣隊を壊滅させたエルフの隊長だ!なんでこんなところに!!」
「おや、あの時にいたのかな?その節はどうも」
「くっ!!」
恐れ慄いた様子で、悪魔たちが後ずさる。
「エルフの至宝……ですか?ウィスカー殿が、まさかそんな人物だったとは……」
未だ信じられないといった表情のコウガ。
しかし一方で、同じく初めて知ったはずのエリスは、どこかドヤ顔であった。
――ふふん、まぁ、当たり前じゃな。呪いの研究をしているだけで名乗れるほど、四天王の看板は軽くないのじゃ!
「数百年に一度出るか出ないかの、エルフ最強の戦士!それがウチの旦那よ!恐れ入ったか悪魔ども!」
「いや、そんな人と駆け落ちして森から出しちゃうあんたの方がすげーよシェリルさん……」
オリヴィスが呆れたように肩をすくめた。
「さて。コウガさん、オリヴィスさん。こちらの悪魔たちは私の方で受け持ちますので、お二人はその二体をお願いしますよ」
「え?あ、ああ、承知した!!」
ウィスカーからウインクを受け取ると、コウガたちは慌てて眼前の敵に向き直った。
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