第6話 魔王、大暴走を見つける
ゴルドーによって粗雑に開けられた扉が、ゆっくりと戻る。
「さて」
カチャリ、と音を立てて扉が閉まったところで、エリスは未だ硬直したまま並んで立つ騎士たちに目を遣った。
騎士の内二人は状況の変化についていけず呆然とした表情をしていたが、青年騎士は一人、エリスを羨望を含んだ眼差しで見つめていた。
「聞いての通りじゃ。叔父上が何と言おうと、この領地での決定権はわらわにある。そして」
エリスは、青年騎士に目を合わせる。
「特にお主の活躍により、わらわはモンスターの襲撃を退けることができた。感謝こそすれクビにするはずなどないわ。今後とも、存分に任務に励むのじゃ」
「あ、ありがとうございます!」
青年騎士が、太陽のような笑顔を見せる。齢二十あたりであろうが、素直な感情表現はまるで子供のようだった。
「ふむ。ところでお主、名は何といったか?」
「はっ!コウガ・ブライトと申します!」
――コウガ。知らん名じゃな。やはりどこかで会ったように思うのは気のせいか……。
「……そうか。良い名じゃ。これからもよろしく頼むぞ」
「ははっ!お嬢様のために、身命を賭して!」
コウガが、腹に響くような大声で応える。
少し仰々しい奴じゃな、とエリスは思ったが、次にコウガの周りでモジモジしている他の二人の騎士を見る。
「……心配せずとも、お主らももちろんクビになどせぬ。モンスターとわらわの間に身体を張って飛び込んでくれたこと、忘れてはおらぬわ」
「は、ははっ!かたじけなく……ううっ!」
ゴルドーにこっぴどく叱責され、さらにはクビまで突きつけられていた二人の騎士は、エリスの沙汰に感極まって涙を流していた。
部屋の端で執事のじいやがウンウンと頷いている。
「お主らにはこれから色々と働いてもらうことになろうが……わらわにしっかり忠誠を誓って、頑張るのじゃ。よいな??」
「「「ははっ!!」」」
三人とも背筋をピンと伸ばして応じる。
親戚の横暴を跳ね除けて、領主の娘が、大切な部下を護った話。
表面上はめでたしめでたし……
……だったが、エリスは腹の中でなんとも黒い笑みを浮かべていた。
――くくく。こんなものかの!これで忠義ある人間の下僕が手に入ったのじゃ!流石わらわじゃ!
思いの外あっさりと最初の目的が達成されたことに、エリスは至極ご満悦だった。
――魔力が復活するまで表立って動けぬわらわとしては、自由に使える手駒は多いに越したことはない。流石にいきなり暗殺仕事などはやらせられんが、徐々に洗脳していけば……くくく。
思わず顔までニヤけてしまう。
――よし、今日のところはこれくらいで良かろう。さて、部屋に戻るかのう。
エリスはくるりと踵を返すと、すたすたと歩いて扉に手をかけた……
その時だった。
「……なんじゃ?」
屋敷の外、かなり遠方に、エリスは妙な気配を感じた。
――これは?なにか、ギラギラしたものが一斉に蠢いておる……。
一つ一つは小さいが、まるで濁流のような勢いと量でこちらに向かっている。その気配は、こうしている間にも徐々に大きくなってきた。
エリスは、足早に応接間を出ると、そのまま階段を駆け上がって三階のテラスがついた部屋に向かう。
「お、お嬢様!?突然どうなされました!?」
エリスの突然の行動に戸惑いつつも、執事のじいやを始めとする使用人、そして三人の騎士は、その後に続いた。
テラスに着いた時、ちょうど正門前からゴルドーの乗る馬車が出発したところであったが、エリスはそんなことは眼中に無かった。
エリスが目を留めたのは、ゴルドーが進んだ方向とは逆の、遥か向こうの森にもうもうと立ち込める砂煙。
その規模に、エリス以下、見たもの全てが目を丸くした。
「あれは、真鍮の森の方向……」
じいやが呟いた。
真鍮の森とは、エリスがマンティコアに襲われた崖があるところである。
「これは……まさか、
じいやの言葉に、エリスが反応する。
「
「
なるほど確かに、精神を集中させると、砂煙の中にD級とC級を中心としたモンスターの群れを感じ取れた。
「発生の原因は不明なのですが、一説には縄張りの主が扇動しているとも……」
――主?マンティコアは討ち果たしたはずじゃが。
エリスは首を捻るが、ふと、マンティコアの習性のひとつを思い出す。
――もしや……そうか、つがいじゃったか。
マンティコアは稀につがいで行動し、縄張りを作る個体がいる。
群れの中心にB級上位クラスの気配を感じるが、昨日のマンティコアによく似ている。これがつがいの相手で間違いないだろう。
相方を殺され怒り心頭、配下全員を連れてお礼参りに来た、といったところだろうか。
――見たところ一直線にこの屋敷を目指しているな。なぜわらわの居場所がわかったか……は、まぁ考えるまでもないか。
エリスは胸のネックレスを指で弾く。
――さて、どうするか。わらわだけ身を隠すのは容易じゃが、せっかくの家や手駒どもがグチャグチャになるのはいただけぬ。
こめかみに指を当て、うーんと唸る。
――そうじゃ、いっそのこと、わらわの配下に収めるか?力の差を見せつければ容易く……いや、ダメじゃ。D級やらC級やらのモンスターをいくら従えたところで、役には立たぬ。悪目立ちすることの方がはるかに危険じゃ。
エリスは思案顔を続けたが、少しして面倒臭そうに髪をかいた。
――……仕方がない、やるか。
「よし。じいや。命令じゃ」
「は、は!なんでございましょう?」
「皆の避難をお主に任せる。わらわはこのテラスに一人で残るゆえ、誰も近づけてはならぬ」
「お嬢様は……お一人で残られるのですか?一体何をなさるおつもりで……?」
「あ?……あー、あれじゃ。えーとえーと……そう、隠し部屋じゃ!」
「隠し部屋?」
「実はこの部屋には、一族しか知らぬ隠し部屋があるのじゃ!そこから大切なものを持って来るゆえ、人に見られてはいかんのじゃ」
「隠し部屋……恐れながらお嬢様、私は長年この屋敷で働いておりますが、そのような話は領主様からも一度も……」
「ええい、やかましい!隠し部屋なんだからそうそう言うはず無かろう!大切なものを取ったらすぐわらわも逃げるゆえ、とっとと出ていくのじゃ!」
「し、しかし……」
ぬぐいきれない胡散臭さに、じいやは思わず顔をしかめてしまう。
「ダメですお嬢様!!」
二人の会話に割って入ったのは、青年騎士コウガだった。
「一人で残るなど、万が一のことがあったら大変です!せめて私を護衛におつけください!」
「ならぬ。隠し部屋には色々ヤバいものもあるのじゃ。一族以外に見せるわけにはいかぬ」
「ならばせめて!部屋の扉の外で待機することをお許しください!」
――こやつ、やたらとぐいぐいくるのぅ……。
エリスは嫌だったが、コウガの熱量についに押し負けてしまった。
「……良かろう。じゃが、決して部屋を覗くなよ」
「はっ!肝に銘じます!」
――まぁよいか。もし見られても、一人なら洗脳するなり騙すなりでなんとかなるじゃろう。こやつ間違いなく単純じゃし。
全員が退室した後、エリスはテラスから再度顔を出して
「ふむ。なんとか間に合いそうじゃな」
砂煙の位置と移動速度から計算するに、まだここに達するまでには時間がかかりそうだった。
エリスはひとつ息を吐くと、ゆっくりと眼を閉じた。
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