ハッピーエンド

雨世界

1 ありがとう。愛してくれて。

 ハッピーエンド


 プロローグ


 ありがとう。愛してくれて。


 たまごの殻


 私は私。あなたはあなた。


 誰もいない無音の、真っ白な窓の開いた教室の中。

 私は一人ぼっちでそこにいた。

 すぐ近くにある窓際のあなたの席もからっぽだった。

 そこには、ただの透明な空気だけが存在していた。

 その事実を確認してから、私は自分の机の上にうつ伏せになって、ゆっくりと目を閉じて、深い、……とても深い眠りの中へと、たった一人で落ちていった。(だって、あなたがいないんだからしょうがないことなんだ)

 私はすぐに眠りについた。(授業中もよく居眠りをしてる私は、本当にすぐに眠りにつくことができた)

 その深い眠りの中で私は一人、夢を見た。

 幸せな夢か、そうじゃない夢なのかは、まだわからない。

 そのひとりぼっちの夢の中で、私は綺麗なピンク色の花が見渡す限りに大地の上に咲き乱れるとても不思議な場所に立っていた。

 時折、とても優しい風の吹く場所。(きっと、度々感じたことのある、あの優しい風はこの場所から自分の暮らしている遠い街まで吹きてきたのだと私は思った)

 そんな場所に私はひとりぼっちで立っていた。

 そんな優しい風が、まるでそっと撫でるように、私の長い黒髪をゆっくりと揺らしている。

 服装はいつの間にか学校の制服から、真白なワンピースに変わっていた。頭には麦わら帽子をかぶっていて、足元は麦のサンダルだった。

 そんな自分の服装に気がついて、私はついおかしくて一人で笑い出してしまった。

 私って、こんな趣味してたんだ。……幼いな。

 もうわかってはいたことだけど、やっぱり自分でもおかしかった。私は大人になれていない。ううん。きっと一生、大人になんてなれないのかもしれない、と私は思った。

 たまごの殻が固すぎる。

 こんな硬いもの、非力な私に一人で割れるわけないと思った。

 こんこんと頭の中で空想のたまごの殻の中にいる私は、自分を覆っているたまごの殻を手でドアをノックをするみたいにして叩いている。

 向こう側から返事はない。

 別に私も誰かの返事を期待していたわけではないから、そのことを特別悲しいことだと私は思ったりはしなかった。(その代わり私は自分のために小さく笑った)


 本編


 なんだか、泣いちゃいそうだよ。


「じゃあ、行ってきます!」

 そう言って、元気よく山根美鷹は家を飛び出した。

 いつもの着慣れた高校の夏服の白いワイシャツと短い紺色のスカートと言う制服姿に、足元に白いスニーカーをはいた美鷹は、家を出たそのままの勢いで、まるで溶けそうなほどに熱く焼けているアスファルトの歩道の上を小走りで移動している。

 道路には街路樹の緑色の葉の影ができている。

 緑色の葉は、真夏の太陽の光を受けて、きらきらと光り輝いて見えた。

 すぐに汗をかいた。

 結構、気持ちのいい汗だ。

 美鷹の家から、通っている白鳩高校までは、距離が結構近かった。(歩いて十五分くらい。それが、この白鳩高校を受験することを美鷹が選んだ理由の一つでもあった)

 すぐに、目的地である見慣れた白鳩高校の真っ白な正門の姿が見える。

 そこには、夏の光り輝く太陽を、手のひらでその目元に影を作るようにして、見上げている、美鷹と同じくらいの年齢に見える、美鷹と同じ白鳩高校の夏服の制服姿の長い髪をポニーテールの髪型にしている、一人の少女の姿があった。

「あ、おーい。おはよう。湖!」

 元気に手を振りながら、足を止めずに美鷹は言う。

 すると、その声を聞いて、その白鳩高校の夏服の制服姿の少女は、美鷹のほうを見ると、にっこりと笑って、「うん。おはよう。美鷹」と小さく手を振って美鷹に挨拶をしてくれた。

 街の中に、気持ちのいい夏の風が吹いている。

 その気持ちのいい風の中で、二人はにっこりと笑い合って、そして、やがて、ゆっくりと向かい合った。

(走ってきた美鷹の息は少しだけ切れていた。日焼けをしていない真っ白な額には、大粒の玉のような透明な汗をかいている)

「ごめん。まった?」美鷹は言う。

「ううん。全然待ってないよ。私も今来たところだよ」と、にっこりと笑って、山上湖は山根美鷹にそう言った。

 近くの木には蝉がいるのか、みーん、みーんという大きな蝉の鳴き声が聞こえている。

 真っ白な正門に、真っ白な歩道。

 緑色の街路樹と、くっきりとした陰影のある夏の黒い影。

 ……目に見えない透明な気持ちのいい風。

 二人のほかに、人の姿はどこにも見えない。

 そんな静かな場所に、二人はいる。

 時刻は、真昼。

 高校の校舎にある大きな時計は、ちょうど十二時を指していた。

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