第10-1話 男でも女でも私より強い奴が好き

連日の疲れのせいか、私はその夜早めにぐっすりと眠った。

だから翌朝は早くに目が覚めたんだけど……。

それにしても毎朝驚かされてしまうわ。だって目が覚めるたびにライナスの姿が同じベッドにあるんですもの。


でも流石にもうその姿だけになら慣れたわ。

私が驚いているのは体に巻き付いているこの腕よ。


初めの頃は同じベッドでも体は離れてたんだけど、最近は腕が巻き付いてたり、顔が目の前にあったり……心臓に悪いったらないわ。


「………」

私はその腕の中から脱出するためにもがき始めた。

これも最近は毎朝の恒例となってるんだけど、ライナスの腕ってば結構重いのよね。

でも早くしないと起こしに来るアルヴィアとかグレイムさんに見付かっちゃうわ。


「……もう朝か」

もぞもぞと動き始めた私に気付いてライナスが目を覚ます。

これも今や恒例ね。


「……ちょっと、重いんだけどっ」

私は不貞腐れて唇を尖らせたまま顔を上げた。

すぐ目の前には開いたばかりのライナスの金の瞳。

うわぁ近すぎる……でも本当に猫みたいに細い瞳が、朝日に輝いてて宝石みたいに綺麗ね……。


なんて見惚れていたら、尖らせたままの私の唇を掠めるようにライナスの唇が触れた。

「!?」

突然の行為に言葉もなく固まってしまった。

パニックを起こして動けない私の体をライナスがぎゅっと抱き締めてくる。


「なななな……なにすんのよぉぉ~~~っ!?」

その腕を渾身の力で弾き飛ばして起き上がり、そのまま枕を掴んで思いっきりぶつける。


「……夫婦の実感が欲しいのだろう」

ぼふんと枕を余裕で胸に受け止めながらライナスが言った。

「なっ……何が夫婦の実感よっ! 何したか分かってるのっ!?」

「……キスだろ」

やっぱり? ……って!

きゃぁぁ~~っ!!

言わないでよっ! 恥ずかしいじゃないっ!


勘違いだと思いたかったけど、キッパリと言われて顔が熱くなった。

だって言葉に出すと急にリアルになった気がするんですものっ!


「かっ……勝手にしないでよねぇっ!」

「……夫婦だろう」

そりゃ夫婦だけどっ……!

だってキスって仲良くなった恋人同士の親密な行為だって、前に侍女から借りたお話に書いてあったのよっ!?


「実感できたか?」

「なにがぁ~~っ!?」


いつか出来る恋人のために大切に取っておこうって思ってたのにっ!

恋人なんて出来る前に嫁いじゃって夫が出来ちゃったけど、キスには夢も思い入れも沢山あって、大事にその時が来るのを待っていようって思ってたのにぃっ!


なのにこんな一瞬で訳が分からない内に終わっちゃったなんて……。


「少しでも実感できたならそれでいい、今後も少しずつ教えてやろう」

人にあんなことしといて、なに偉そうに勝手なこと言ってんのよぉーっ!?


私は枕と共にライナスに殴り掛かった。

夫に殴り掛かる妻なんて最悪なんだろうけど、この際そんなこと関係ないわっ。


「……ここに来たことを後悔していないと言った」

私の拳を余裕で避けていたライナスから急に腕を掴まれた。

バランスを崩してそのままベッドへと倒れ込んでしまう。


「そ、それとこれとは別問題なのっ!」

力の差ではどうしようもないけど、上から圧し掛かられたこの状況が悔しくてたまらない。私は目の前のライナスを思いっきり睨んだ。


「………」

じっと視線がぶつかる。負けてなるもんですかっ!

乱れる息を殺して睨み返していると、ふっと腕を掴む力が緩んだ。


「?」

突然のことに一瞬気が抜ける。

「……泣くほど嫌か」

立ち上がったライナスの背中から独り言が聞こえたけど、私は驚いたままで動くことが出来なかった。


そのまま部屋を出て行ったライナスを見送った後、目元を拭ってみたけど、ほんの少ししか涙は出てなかった。

それなのにライナスは気付いたんだろうか……。


「……もぉっ! なんなのよぉ……っ!」

私は枕に顔を埋めると、痛くなった胸に手を当てた。

悪いことなんてした訳じゃないのに、前にライナスを刺しちゃった時みたいに後味が悪くて胸が痛い。

彼を好きとか嫌いなんてまだ分からないわ。

でも拒絶したら胸が痛むのは何故なの?


「あ……謝った方がいいのかしら……」

でも今回は悪いことした訳じゃないんだしっ……悪いのはライナスよっ!


混乱した頭を抱えたままゆっくりと着替え始める。

そんな私と同様にベッドの周りもぐちゃぐちゃで、後から呼びに来たアルヴィアを大いに驚かせていた。


気まずい雰囲気のまま朝食の席へと着いたけど、目の前のライナスは無言のまま食事を進めている。


さっきからずっとアルヴィアが心配してくれているのは分かってたわ。

だけど私もなんて言っていいか分からなくて、そのまま手を進めた。


「……本日の予定ですが、昨日決めた通り軍の演習風景の見学で宜しいのですか?」

いつもとは違い静か過ぎる食卓に、ガイルの低い声が響いた。

彼も気を使っているのか少し声が硬い。


「問題ない」

短く答えると、ライナスはコーヒーを口に運ぶ。

それを切欠に私は口を開いた。

「……軍はどこで演習してるの?」

「……山一つ越えた所だ」


無視されるかな?

とも思ったんだけど、不機嫌ながらもライナスはちゃんと答えてくれた。

「戦竜の訓練は危険を伴います。四方を山に囲まれた安全な場所で演習は行われているのですよ」

短いライナスの言葉に、ガイルが説明を補ってくれた。

「今からそこへ向かいますので、身軽な格好で必ずサポーターも付けて下さいね」

そのガイルの言葉が正しかった事を、私は後で身を持って実感することとなった。

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