12-8 消化不良なんですけど…
翌日はごく普通に過ごすように努める。
齢をとればそんなこと無くなるだろうと思ってはいたが、実際、そんな事は無かった。
朝にはクローヌに行き、ザックさんの土建班が30人こちらに来て数か月住み込みで働く宿を確保しに行くと、街の宿屋がこぞって強力してくれた。
5人ずつ6軒の宿屋に宿泊してもらう。朝と夜の食事付きで一人当たり月大銀貨20枚。
だいぶお値打ちにやってもらっている。
すべて前金で6軒の宿屋に支払っておく。それと、登山道に露天風呂を作っておいたことを宿屋に伝えると、早速見に行ったよ。
みんなで入ってくれるといいけど、いきなり混浴は厳しいからね。そのあたりのルールを商業ギルドで決めておくように頼み、クローヌの後にした。
シェルフールに戻り、セイディさんの家がやっている酒蔵にやって来た。
この匂い…、下戸の俺にとっては、匂いだけで酔っぱらうくらいの酒気だ。
だが、エールなどをメインに製造しているようで、単価の安い酒を造って売っているという感じだ。
ま、エールも気の抜けたビールのようなものなので、一杯のエールをもらい錬成魔法をかけてみる。
簡単に言えば“蒸留”だ。
たしかアルコールの沸点は水よりも低かったと記憶している。
80℃だっけ?何℃だったか忘れたが、先に蒸気となったものを集めることでアルコール度の高い酒を造ろうと思った。
セイディさんの父親もセイディさんの兄さんも杜氏さんも真剣に見つめる中、コップのエールを約80℃まで上昇させ蒸気を集める。
「この蒸気が冷やされるとアルコール度の高い酒が出来上がります。」
雫となった水滴をなめると、セイディさんの父親は驚いた。
「こんな方法で酒の度数を上げるとは…。」
「ただ、残りは使えませんから、多分エールの製造量から考えれば、3分の1から5分の1まで下がりますよ。」
「それでもこんなコクのある酒ができるんだから問題ない。
社長、この製法を売ってくれないか?」
「別に問題は無いですが、取り合えず道具を作りますので、それまで皆さんの手で作ってもらっても構いませんが、秘密にしてもらえますかね?」
みな納得してもらった。
日常の事をしていると集中するので、その時間は問題ないが、集中が途切れると、途端にソワソワしてしまう。なんだか、遠足に行く前日の小学生のようだ。
「カズさんの心がここに無いという状態を見るのは初めてですね。」
「その通りですね。“規格外”の二つ名を持たれるカズ様ですが、これほどまでに落ち着かれていない姿は二度と見れないかもしれませんね。」
え?何時の間に“規格外”という二つ名まで付いたの?
「そりゃ、ソワソワもするよ。
メリアさんの策がカチッと合えば問題は無いんだけど、どこか一つでも狂うと修正するのに大変だからね。」
「そんなに狂う事はないと思いますね。
もしかすると、2日で考えていた内容が早くなる可能性もありますからね。」
「そうですね。ミシンの構造を早く知りたい帝国の貴族は、移動手段を馬車ではなく、早馬にする可能性もありますから。そういたしますと、ホールワーズ家と帝国の貴族との会談は明後日の日中、白昼堂々と取引する可能性もございますね。」
この2人、何故そんなに落ち着いていられるんだろう…。
それに、相手の行動を分析する力が半端ない。
臥竜先生と鳳雛先生なのだろうか。
「ごめん…、頭がついていっていないんだけど、白昼ってお互い会うとマズいんだろ?」
「しかし、帝国の貴族の顔は、誰にも知られておりませんよ。
明後日、日中お忍びで会いに来られるという可能性もございますね。」
「そうすると一網打尽にできなくなるけど…。」
「ホールワーズ家は何とかなりましょう。帝国の貴族だけはどこかで変装をとくと思いますので、その時に闇に葬るんでしょうね。」
なぁ臥竜先生、鳳雛先生…、闇に葬る事を白昼堂々とやるのか…?
「それじゃ、早めにこの街の三下どもも一掃する必要があるか…。」
「えぇ、それほど時間はかかりませんから大丈夫ですわ。」
メリアさん…顔は笑っていますが、眼からビームが出ていますよ…。
やはり、この方々を敵に回すととんでも無い事になるんだ…。
怒らせないようにしよっと。
店に戻り、ヤットさんとラットさんに蒸留器の説明をする。
「煮たものの蒸気を冷やして出せばいいんだな。で、何に使うんだ?」
「そうだけど、アルコールの蒸留なんだ。」
「は!?社長、何言ってんだ?アルコールを蒸留して何になるんだ?」
「もっと強い酒になる。そんなところかな。」
「強い酒!ラット!すぐさま作るぞ!」
しまった。スイッチ入ってしまったか。
・
・
・
そして一日が過ぎ、ソワソワした感が最高潮に達した…。
午後8時、2階のリビング兼ダイニングに集まり、普通に食事をとった後、従業員に風呂に入ってもらい、彼女たちを別館で休ませる。
レルネさん、ベリル、スピネルはいざという時の為に部屋で待機している。
「ジーナさん、サーヤさん…。どうなるかは神のみぞ知るです。
でも、あなた方はサーシャとネーナが守ってくれるので、平静を装っていて…と言っても無理だと思うので、首輪のせいで話すことが出来なくなっている事を強調してくださいね。
くれぐれもご自身の命を大切に。」
「ご主人様…、このような事を申し上げて良いのか分かりませんが…。
ご迷惑をおかけしました…。」
「じゃ、もう行って。」
「はい…。」
彼女たちが出ていく。
何故か寂しくなる…。
いろいろな謀略がある。謀略という底なし沼に落とされた二人…。
彼女たちは、底なし沼だと分かっていない。つまり、悪い事だとは思っていなかった。
でも、それはそちらの都合…。こちらの都合なんて、これっぽっちも考えていない…。
そんな輩がたくさんいた。
確かに俺もご都合主義だ…。俺の仲間を守るためにそれ以上の事をするんだから…。
ハムラビ法典じゃないが、『目には目を、歯には歯を』だ。
倍返しかもしれないけど…。
「よし、それじゃ、行動開始だ。」
皆が部屋に行く。索敵を常時かけておくことにする。
午後11時、店の通りに嫌な感覚が集まって来る。
ひぃ、ふぅ、みぃ…、8人か…。少ないな。
一番後ろに居る奴が監視なのか?動かない。
7人が闇の中、店の中に入って来る。
なんか嫌だな。
こういった輩が居るって事自体無縁な存在だと思っていたのだが、いざ当事者になると気が重い。
3人は地下に行ったか、4人が2階に上がってくる。
みんな、余りやり過ぎないようにな…。
3階に上がって来た…。
どうやら、一人一人部屋を見ていくようだ…。
あーあ…、こういう場合は複数で部屋を確認しないといけないのに…。
これだから三下は…、と思う。
最初の部屋はレルネさんか…。壁壊さないようにね。
「ぐぎゃ…」 あ、グラビティで潰されたか…。
残り3人…ベリルとスピネルの部屋に入った奴は、多分ベリルの盾で伸されたと思う。
残り2人…ナズナの部屋に入った奴は背後から首筋に刃物を当てられ、お縄だろう。
残り1人…ディートリヒの部屋に入るか俺の部屋に入るか…だが、運悪くディートリヒの部屋に入っていった奴は、レイピアの束で鳩尾を突かれ、うずくまったんだろう。
さて、地下室に行った3人は俺がやるか。
静かに下に降り、玄関で待つ。
ナイトスコープを使って見ていると、3人が石鹸の箱を抱えて地下から上がって来た。
両手が使えないから、こいつら無防備じゃないか…。
仕方が無いので、魔銃5%の力で顔面にマナをぶち込み気絶させた。
これで終わり…?
拍子抜けも良いところだが、皆無事だから良しとしよう。
さて、次なる一手だ。
ナズナに念話で外に居る監視役の影に入るよう指示する。
7人を捕縛し、そのうち1名を起こす。
「よう!お前らがこんな格好ですまんが、もう観念しとくんだな。」
「は!?お前、何をしたんだ?」
「お前はバカか?ヒトん家に入って来て『何をしたんだ?』って質問はないだろ?
お前らが石鹸を盗むことは分かってたんだよ。
ま、この世界でどんな罪になるのかは分からんが、住居不法侵入と窃盗未遂、傷害未遂、もしかすると持ち物の中に変なモノを持っていれば傷害じゃなくて殺人未遂になるかもな。
なので、こちらは正当防衛を働いたって事になるな。
んじゃ、少し声を上げてもらおうかね。」
持っていたダガーでそいつの太ももを刺した。
「ギャー!!!!!」
屋敷の中にデカい声が響き渡った。
あ、外の奴逃げたな。ナズナ…、頼んだぞ。
太ももにダガーで刺されたヤツが煩いので、ヒールをかけ7人にさるぐつわをして玄関に放置しておく。
「レルネさん、明朝一番に伯爵様に連絡し、こいつらとアジトの捜査を依頼してください。
全員捕縛はしておきますので。
あと、うちはいつものとおり店を開けてください。」
「うむ。イチ…、気をつけてな。」
レルネさんが俺にキスをしてくれる。
スピネルとミリーにもキスする。あ、アイナは倉庫か…。
「皆、笑顔で戻ってきますよ。あ、ナズナから連絡がありました。
それじゃ、皆行こうか!」
「はい((((はい))))。」
ダンジョンと同じ返事が返って来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます