9-16 ニコルの覚醒

「ニコルさん、これから魔法を教えるけど、先ず今までの紋章を描くという事をすっぱり忘れてほしい。」


 ニコルさんの特訓の第一弾は、俺の魔法講座だった。


「はい。」

「紋章を描くということを詠唱でするよりも、マナを身体の中に集め、動かすことが肝要だ。」

「はい?」

「んと、俺の魔法はマナで動かすって感じね。」

「マナを感じるとはどうすれば良いのでしょうか?」

「それは、主殿の愛を感じることです!」


 こりゃ!ベリル、何を言っている!


「主殿の愛を感じれば、こんなこともできます。」


 ベリルが大太刀に火魔法を付与する。まさに炎の剣だ。


「ベリル、すごいな!」

「ふふ。これも毎日の主殿の愛のたまものです。」


 うん…、良く分からない…。


「んと、例えばニコルさんの心にキュンって来ることはある?」

「そうですね。ニノ様のたまに見せてくれる笑顔にキュンとなることがあります。」

「えと…、別に俺でなくていいんだけど…、

 それに、ニノ様って、どっかの韓流スターみたいで…。」

「いえ、ニノ様はニノ様です。」


 おい!いつの間にふんすか女子になってるんだ?

一番優柔不断だったじゃないかよ。


「ま、まぁいいや。そのキュンはどこで感じる?」

「はい。ここで感じます。触ってみてください。」


 何故か手を握られ、ニコルさんの胸に当てられる。

うん、柔らかいね…、ではなく、何故こうなったんだ?


「えと、無理してない?」

「いえ、魔法を上達したいという思いは、ニノ様への愛だと思っています。」

「うん…、それ残念娘の第一歩だ…。

 まぁいいや…、んじゃそのキュンとした部分にマナが集まるようにイメージしてみて。」

「イメージとは?」

「想像することだよ。」

「想像すればいいんですね。分かりました。

 では、ニノ様が私の手を取ってくださり、その手が…その唇が…、ムフフ…。」


 何で残念娘ばかり集まって来るんだろう…。

それを見て、ディートリヒとベリルはうんうんと頷いている。こいつらも残念娘だった事を忘れてた。


「はい。できました。」

「んじゃ、そのマナを身体のいろんな所に移動していくイメージで動かしてみて。」

「あの、できればその部分を触っていただけると嬉しいのですが…。」

「はい…。ではここです。」

「うん…、動きました。」

「んじゃ、ここに。」

「はう!はい…。大丈夫です。」

「んじゃ、次はここに。」

「ん…、ニノ様、何か気持ち良くなってきました…。」

「良く分からないけど、動かせるようだね。」

「いえ、まだ、ここが残っています。」


 いきなり、俺の手を握り下腹に持ってくる。


「あぁ…、ここが一番気持ちがいいです。」

「あの…、そういう魔法じゃないから…。」

「カズ様、それで良いんです。気持ち良くなることがマナを動かす訓練になるのですから。」

「え、そうなのか?」

「多分…。」

 

 多分か…。もし、そんなことでマナが活性化するなら、一万年と二千年もどうとかこうとかになるんじゃないか…。


「んじゃ、ヒールをしてみよう。ポイントはそのヒトが傷ついた場所や悪いところが治り、元気に笑顔で生きていけることを想像して魔法をかけるんだよ。」

「はい。では、“ヒール!”」


 すごい勢いで淡い粒が出てきた。


「え?!」

「こりゃ凄いね。スピネルのヒールよりも強力だ。

もしかして、広範囲のヒールもできるかもしれないね。」

「うふふ、ありがとうございます。でも、こんなにすごいヒールを出せたのは初めてですよ。」

「一度、実践してみると良いね。」


 その後、ニコルは鑑定、索敵、探索、罠発見、結界など、次々と覚えていく。

呑み込みが早いというか、素質があったんだろう。


「あとはバフかな。」

「硬化しかできませんが、皆さんが早く走ったり、素早く動けたり、消えたり、飛んだりできることを想像すればいいんですね。」

「流石に飛ぶことは難しいかもしれないが、例えば壁を蹴って上空に飛ぶって想像するのも良いかもね。」

「はい!では、ベリルさんが飛べるように!“ほい!”っと。」


 バフの掛け声は“ほい”なんだ。


「ベリル、すまないが倉庫の壁を蹴ってジャンプしてもらっていいか?」

「はい。では…、きゃっ!」


 あ、3階近くまで飛び上がってるわ…。

これ、落ちる時痛いぞ…。と思ってみているが、一向に落ちてこない…。

上を見ると、ベリルがいろんな壁を蹴りながら、縦横無尽に飛び跳ねている。


「主殿~、なんか気持ち良いですね。」

「まごうことない“万国びっ〇りショー”じゃねぇか…。」


 皆がどんどんおかしな方向に進んでいるな…。


「実験は成功って事だね。んじゃ、最後にもう一つやってみようか。」


 そう言って、俺たちは街の教会に行く。

教会の司教さんは伯爵主催の大慰霊祭で面通しは済んでいる。


「こんにちは。司教さんはいらっしゃいますか?」

「あ、ニノマエ様じゃないですか。先般は孤児のために私財を投じていただき感謝申し上げます。

 いま、司教を呼んでまいりますので、しばらくお待ちください。」


 教会の中に入るのは大慰霊祭以来だな…。


「ニノマエ様、おひさしゅうございます。今日は如何なされましたか?」

「うん。ここにいるニコルがヒールを覚えてね。少し強力なヒールのようだから、病気のヒトがいればかけてあげたいと思ってね。」

「そうですか。助かります。

 シスターの中でもヒールを唱える者はいるのですが、まだまだ経験不足でして…。

 では、部屋まで案内いたします。」

「この部屋の患者さんたちは、内臓の病気を患っております。

 このヒトは胃、このヒトは心臓です。」

「ニコル、胃とか心臓って想像できるか?」

「はい、冒険者の時に魔物を解体していましたので、内臓は大体分かります。」

「分かる範囲で良いから、このヒトたちにヒールをかけてみてくれ。その後は俺が診るから。」

「分かりました。では…“ヒール!”」


 うわ!凄い光の粒だ。多すぎかも…と思うが、その光が患者さんの身体の中に入っていく。

俺も診てるが、全員完治しているようだ。


「ニコル、成功だ。」

「ほんとですか?良かったです。」

「マナは大丈夫か?」

「はい。まだまだ感じます。」

「そ、そうか…。」


 次々とヒールをかけていく。

その姿を見て、司教さんもシスターさんも呆けている。

患者さんの一人が目を覚ました。


「あ、儂は治ったのか?」

「はい。そのようですね。」

「おぉ、ありがとう。これ以上生きられないと覚悟しておったが、この女性が儂を治療してくださったのかの?」

「そうです。」

「おぉ、聖女様じゃ。聖女様がおられる…。」


 司教さんが、俺に駆け寄って来る。


「ニノマエ様、聖女様をお探しいただけたのですね。」

「は?聖女って?」

「神に遣わされた聖女様です。聖女様は…。」


 何か凄い事になってきた。ニコルって聖女だったの?

あ、聖女って処女じゃないと聖女って言われないんだっけ?


「ニコル、司教さんが言うに、君は聖女なんだそうだ。」

「へ?聖女?そんなのイヤですよ。」

「は?」

「だって、私はニノ様に愛していただく女性になるのです。聖女なんてなりたくないですよ!」


 司教さん、口をあんぐりあけてるよ…。


「えぇと、次の部屋に行こうか…。」

「あ、はい。次の部屋は比較的軽い外傷の方が治療されている部屋です。」


 司教さんが説明してくれる。


「んじゃ、ニコル、ここの部屋全体にヒールをかけることはできるかい?」

「はい。やってみます。…“エリアヒール!”」


 こりゃ、すごい光の粒だ!

これほどまでの治癒魔法を見たことがないよ。

そして、部屋全体に広がるって、彼女のマナは大丈夫だろうか?

あ、少し青い顔をしてる。もう限界だね。


 部屋にいた患者さんは完治した。

やはり全員から聖女様だと言われているが、ニコルはぷんすかしている。


「ですから、私は聖女ではありませんし、聖女なんてなりたくありません!」

「いいえ、これは神様が御導きになられた証です。貴方様がこのシェルフールの女神様です。」


司教さんが何とかここにとどまって欲しいと懇願するも、彼女は頑なに拒む。

にっちもさっちもいかないので、定期的に訪問し治療することで何とか納得してもらった。


 帰り道、ニコルに尋ねてみた。


「なぁ、ニコル。君の治癒魔法は凄いと思うぞ。

 その魔法を使って、大勢のヒトを治療するってのも君の道だと思うのだが…。」

「いいえ、私の生きる道はニノ様と一つになることです!

 聖女なんて呼ばれて、あんな事やこんな事ができないなんてイヤですからね。」

「あの…、あんな事やこんな事って…?」

「ダンジョンでの夜です。皆さんの声は官能的であり、甘美であり、あのような体験を私も経験してみたいんです!」


あ、ディートリヒが顔から火を吹いた…。

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