9-6 蠢く紋様

「冒険者を続ける場合、奴隷の身分では個人として冒険者にはなれない。

 ただし、奴隷も解消できれば冒険者になれる。これが選択肢の一つ。

 俺の奴隷という事で仕事をし、冒険を続け、金銭的な解消を終えれば奴隷を解消する。

もちろん、俺の仕事を続けても良し、違う仕事に就いても良し。ただし、俺の仕事を辞める場合は、その能力を忘れてもらう必要があるが…。これが二つ目の選択肢だ。」


 3人は真剣に悩んでいる。

彼女たちがしてしまった過ちを修正することはできない。ただ、その奴隷という身分を受け入れる覚悟があればこそ何でもできる。その上での冒険者か仕事かを選ばせる。

 俺としてはどちらでもいい。

今回の依頼報酬は成功報酬だから、どうせ依頼者からお金がもらえなかったとしてギルドは払わないだろう。金貨5枚だったか?その報酬を逆手にとって、即奴隷を解消してみせる。

その後は、彼女たちの決心だけだ。

 少なくともCランクだ。どれくらい強いのかは分からないが、それ相応の働きはするだろう。

それに3人とも魔導師だ。スピネルの研究を手伝っても良い。

従業員として雇うことも可能だ。


「ニノマエさん、少し整理させてもらってもよろしいでしょうか。」

「あぁ、問題ない。」

「私たちは、今ニノマエさんの奴隷という事になっているんですね。」

「仮にだがな。」

「では、仮でなくなった場合はどうなるんですか。」

「奴隷の事はよく分からないが、おそらく奴隷商に売られるんだろう。

 そうすると、全員ばらばらに売られることとなると思う。」

「3人一緒に買ってくれる主人はいるのでしょうか。」

「それは分かりませんね。お館様、ここからは私が説明します。」


 おぅ…、でもあんまり煽るなよ…。


「みなさんの借金は一人当たり金貨4枚となっております。合計金貨12枚。これを奴隷商が売る場合、3人で金貨15枚はかたいでしょうね。そんな大金を全額払ってくれるヒトがいるとは思えません。

 したがって、みなさんは金貨5枚で単体として売られる方が奴隷商としても簡単だという事です。

 以上が金銭奴隷だった場合です。

そこに皆さんが了解の上で性奴隷として売られても良い場合は、もう少し値が張りますが、売れる可能性が高くなります。が、それも単体です。」

「売られたお金はどうなるのでしょうか。」

「借金として払うべくヒトに返されます。しかし、今回の場合は“とある依頼者”という事になりますが、その依頼者が居なくなった場合は、仮の持ち主であるお館様に入ります。」

「では、私達を買い取っていただくことはできないでしょうか。」

「皆さん、やはり勘違いされていますね。

 何故、そこまでお館様がしなくてはいけないのですか?

 お館様に利点はありますか?お金が右から左へ行くだけで何の得もありませんよ。」

「私たちがいます。」

「奴隷を解消すれば自由の身になれるのですよ。自由になればどこに行こうとも自由ですよね。

 そんなヒトのために苦労を買うのですか?」

「そ、そんな事はありません。私達はニノマエさんの奴隷になった時には、そ、その…、性奴隷にもなるつもりです。」

「お館様はそのようなヒトではございません。

 女性の身体を担保に、守ってあげるというような低俗なヒトではないんです。

 お館様は愛し合っているヒトしか抱きません。そこのところをお間違えのないように!」


 なんかディスられている気分だ…。


「まぁ、世の男性が全員そうではないって事だよ。

 それに俺はおっさんだ。体力ないよ…。

 さぁ、街に着いたが、先ずはカルムさんの店に行く。」


 ディートリヒが店の前で待っている。

ボディーガードさんはドアを開けてくれ、奥の部屋に通される。

中にはカルムさんが待ち構えていた。


「ニノマエ様、何かとんでもない事件に巻き込まれたみたいですね。」

「そうかもしれないが、闇が深そうなか?」

「そういった奴隷商も居る事はいますが、この街では見かけませんね。

 おそらく違う街の輩が出張ってやっていることではないかと思います。

 まぁ、紋様を見れば大体誰が作ったのかは分かりますがね。」

「じゃぁ、そのまま紋様の中身を解読してもらってもいいですか。」

「はい。では始めますね。」

「ディートリヒ、すまないが契約の内容を書き留めておいてくれ。カルムさんはそれを証明する署名をしてほしい。」

「カズ様、分かりました。」


 そこから紋様を読み解いていく。

 ・主人を危害を加えることはしない

 ・主人のいう事を聞く

 云々…。


 まぁ、普通の契約内容だな…。


 ・奴隷が殺されても誰にも訴求されない

 ・金銭が払われたとしても奴隷を続ける

 ・この契約は国にも影響を受けない


 ん?ちぐはぐな契約…。それに国って?


「こんな契約はあるのか?」

「いえ、これは奴隷の契約のようであって奴隷の契約ではありませんね。奴隷の身を守ることは所有者の責務ですが、それは排除されていますからね。」

「で、この紋様を書いたのは誰か分かるのか?」

「ええ、この国の紋様ではありませんね。ディートリヒさんもナズナさんも知っている帝国の紋様です。」

「また、帝国か!」


 あの国は何をしたいんだ?

内部から壊したいのか、それともこんな辺鄙な伯爵領で何を進めているのか…。


「まぁ、帝国であろうと俺には関係ないが…。

 で、そいつをどうするかだが…。」

「ニノマエ様、ここは私に預からせていただいてもよろしいですか。

 何やらきな臭い匂いがしますので。王都にも急ぎ報告し、動いてもらう可能性もあります。」

「そんな大げさな話になるものかね。」

「念には念を入れておくという事です。

あ、それと依頼主は死亡したということで済ませておきます。」

「カルムさん、ありがとう。

 んじゃ、すまないが今はこのままの紋様にしておいても問題はないね。」

「ええ。命に別状のあるような契約ではありません。」

「ありがとう。後日、この紋様を変更してもらうことになるからその時はよろしくね。

この契約内容を持ってギルドに行ってくるよ。」


 なんか、デカい話になってくるな…。

国をどう動かすのかなんて興味はないけど、俺たちが安心して生活できないのはイヤだ。


 ギルドに到着する。

シーラさんが飛んできて、別室に連れていかれた。


 そこには相変わらず苦い顔をしているクーパーさんが居る。


「ニノマエさん、何かとんでもない事になってしまったようですね。」

「あぁ…。今、カルムさんのところに行って紋様を見てもらってきた。

 その内容がこれだ。」


 俺は契約の内容を見せる。


「これは…。」

「自分にも良く分からんです。

 あ、それと死んだ二名はどうしたらいいですか?」

「え、運んでくれたんですか?」

「はい。幸いアイテムボックスに入りましたので。」

「その遺体をこちらに預けていただいても良いですか。」

「預けることはダメですね。万が一という場合もありますので。」

「そうですね…。冒険者ギルドの信頼は底辺ですからね。」

「そういう事です。

 で、依頼の報酬はどうなさるおつもりですか?

 まさか、報酬を受け取っていないという事ではないですよね。」


 かまをかけてみた。


「…、そのまさかです。」

「前金ももらっていないのですか?」

「お恥ずかしい。」

「その担当は?」

「辞めてしまいました…。」

「あの、クーパーさん…、それって非常にヤバい事じゃないですか。」

「やはり、そう思いますよね。」

 

 クーパーさん、冷や汗をかきまくっている…。

 

「クーパーさん、現状を整理しますね。

 依頼内容はCランクの冒険者の行方不明者を発見し、生存していた場合保護すること。

5人のうち2名が死亡、3名を警護しギルドへ連れて来て、今報告を行った。

この段階で依頼は達成されていますね。」

「はい…」

「となれば報酬はもらう権利は発生していますね。」

「はい…」

「しかし、報酬を払うだけの大金は依頼主からもらっていない。さらにその金額をギルドの責任で支払うと、このギルドの財政が危ぶまれる、と。」

「そうです…」

「となれば、選択肢は2つ。

 この話を王都の冒険者ギルド本部に伝え沙汰を待つか、俺の言い分を通すか。」

「…。

 ニノマエさんの言い分を通す方が良いですね…。」

「ありがとうございます。

 では、金貨5枚の報酬の件は置いときまして、先ずはこの3人の奴隷について話します。」

「はい。」

「この人たちは死んだ冒険者の奴隷だった。

 ダンジョン内で冒険者が死んだ場合、その奴隷は助けた者に所有権が移ると言うことでいいですか。」

「そうです。」

「では、この3人の所有権を主張しても問題は無いと。」

「そうですね。」

「んじゃ、こうしましょう。冒険者は死んだ。奴隷だけが残されていた。それを俺が助けた。

 あとの部分はダンジョン内で目撃者も居ないため調査不可能。

依頼主も死んでしまい報酬が払えなかったが、依頼を受けたヒトは事情を聞いて納得して、報酬を辞退した。これ以上の情報はギルドでは調査困難と。」

「ニノマエさん…、それでお願いします!」


 俺はニヤっと笑い、クーパーさんと握手した。

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