5-23 啖呵を切る

 午後になり、ようやく身体が動くようになった。

 レルネさんとベルタさんは感謝してくれたが、表情は険しい。

まぁ、そうだよね。今後の事もあるから結論は出ていないんだろう。


 それでも前に進まないといけない。

ここは郷としての決意が欲しいところだ。


「ベルタ長、少しお話をさせてもらっても良いですか。」


 俺はディートリヒにベッドから身体を起こしてもらい、ド直球で攻めていく。


「郷の皆さんがどう思っているのかは分かりませんが、今後の郷の方針は決まりましたか?」

「いや、まだ決まっておらぬ…。」

「郷としては、コカトリスは憎いでしょうね。でも、その先何をしたいのですか?」

「それが決まらぬのじゃ。」

「自分から言わせてもらえば、それは現実から逃げているだけだと思いますよ。

 これまでどおり生活していくのであれば、また石化されるでしょうね。

 さりとて、自分が加勢して討伐しても、次の魔獣が討伐できるかどうか分かりません。

 その事を郷のヒトはどう考えているのですか?」

「皆、それぞれの考えをもっておる…。」

「それをまとめるのが長の役目ではないのですか?」

「そうは言っても…。」


 ベルタさんはレルネさんの方をチラチラと見ている。


「そう言えば、レルネ様はこの郷でどんなポジションなのですか?

 しきりにベルタ長が気にしておられるようですが…。」

「儂は、この郷の者よりも位が高いエンシェント・エルフという種族じゃ。じゃから、エルフ族は儂を上位だと見ておるのじゃろう。」

「そうですか、まぁヒトの言う貴族とかそんな意味ですかね。」

「ニノマエ殿、恐れ多いぞ。そもそもエンシェント・エルフとは…、」

「まぁそんな事はいいんで。

いいですか、ベルタさん。俺、“渡り人”だからそんな上位だの下位だの言われても何も思いませんし、レルネ様が偉いとも思いません。」

「しかし、ニノマエ殿もレルネ様と呼んでおるではないか。」

「あ、これはそう呼びたいから呼んでいるだけです。レルネさんでも良いですし、レルネっちでも何でもいいんです。

 すみません。脱線しました。

端的に言えば、レルネさんがこの地に来てとやかく言おうと、この地を収めるのはベルタさんであり、ベルタさんの意見を皆尊重すべきではないかと思いますよ。

 たまにしか帰ってこないレルネさんを崇めたてても、郷には一時的な影響しかありませんからね。」

「イチよ…、辛辣じゃの。」

「はい。正論を述べたまでです。

それに、俺は俺です。貴族とか商人とかエルフとか妖狐族なんて一切関係ありません。

伯爵だろうと王様だろうと、下手に気を回されたり、政治の道具にされたりすることはイヤですからね。肩書だけで生きていくヒトもたまにはいますが、そいつらは、俺から言わせれば無能です。実績つんでからしゃべれって思いますね。」

「ニノマエ殿の言いたいことは何じゃ。」


 ベルタさん、そろそろイライラが募ってきたかな?


「解決できないのであれば、亡びればいいんです。」

「お、お前、な、なにを言う…。」

「だって、結論は出ないんですよね。」

「うう…。」

「なら、このまま指くわえてここに住むんですか?それともこの場所を離れて新しい土地に住みますか?でも新しい土地で同じ問題が生じたら、今度はあなたがたがよそ者として駆逐される順番になるんじゃないですか?」

「ぐぅ…。」

「ね。何も解決策を見いだせないヒトが上に立つという事は、郷を破滅させることになるんですよ。」

「それでは、ニノマエ殿が助けてくれれば何とかなるのではないか。」


 やはり、そこに落としていくか…。

甘いんだよな…。


「は?何言ってるんですか?

 今回はレルネさんの顔を立てて、わ・ざ・わ・ざ・来てやったんですよ。」

「なにを、ヒトの分際で…。」

「ほら、それが大きな間違いなんですよ。

エルフがヒトよりも偉い、崇高な生き物? は? 何言ってるの? 石化も治せない種族がヒトを頼ったことで、あんたたちは俺よりも下にいるんだって事が分かんないのか。

 アンタたち高尚な種族は、命を助けられた恩人を“分際”と呼ぶんですね?

 じゃぁ、言わせてもらいますよ。

俺がアンタたちに使った魔法は“ヒーレス”だ。

ナズナ、その魔法をかけた対価はいくらになる?」

「はい、お館様。

この国でヒーレスを唱えることができる者は数名しかおりません。

その者に今回の魔法を用いて治療した場合、1人につき白金貨3~5枚は必要となるでしょう。

今回それを20名に施されたという事は、少なく見積もっても白金貨60枚となります。」


 ベルタさんもレルネさんも青ざめているよ。

そりゃそうだと思う。こんな“渡り人”がヒーレスなんて使えるとは思っていないからね。


「だとさ。あんた達でこの対価を払えるのか?」

「しかしイチよ。主は自らかけてくれたのではないかの?」

「レルネさん、アンタも何か勘違いしているようだけど、あなたが準備したエリクシールは2個だよな。残りの18名を死なせる決心もしたんだよな。

それを助けることができる俺に“任せた”と言ってくれたんじゃないか?

 その言葉で契約は成立しているんだよ。」

「ぐぬ…。」

「ま、そんな金の価値なんて、どうせアンタ達が見下している“ヒトの分際”が決めたものだから、“エルフ”様には関係ないんだろうと思うがな。

あんた達の間違ったというか腐った性根を変えたいと思ってここに来たんだよ。」

「性根が腐っておるとな!失礼であろう!」


 ベルタさん、切れた。

よし!勝った!


「それじゃ、言わせてもらうが、何で失礼なんだ?

この地に生きていく者に上も下もないはずだ。それが何でエルフだけ通用するんだ?

『わしらは崇高な生き物じゃ。だからヒトとは違う。ヒトはすぐ死ぬ。だから放っておけばいい。どうせヒトと付き合ったところで何も変わりはせん。』

 そんな事思っていないか?

 だったら、ここに居るナズナは妖狐族だ。

 あんたらと同じか、それ以上に生きる種族だ。

 じゃぁ、何故俺の傍にナズナがいるんだ?」


「それはイチが強いからじゃ…。」


「レルネさん、勘違いしてもらっちゃ困る。スタンピードの時、彼女はこの街には居なかったぞ。

 どうやってナズナは俺が強いと分かったんだ?

 もう一つ、ベルタさんは俺が強いと分かっていないぞ。

 だから、俺にマウントを取ろうとしているんだぞ。

これが種族の腐った性根以外でないなら何だ? 鑑定か?鑑定したとしても俺の能力なんてたかが知れてるぞ。」


 完全に論破できた。

ベルタさんもレルネさんも、俺の言ったことに反論はできない。

そりゃそうだよ。代替案も持たない奴が相手の意見に“いちゃもん”だけつけることはみっともないくらい恥ずかしいことだからね。

 俺は少し時間をおいて、静かに話し始める。


「すまん。少しばかり冷静でなくなった。

 俺はこの世界の事は知らないしシステムも知らない。そんな奴が何言ってるんだって思う奴もいるが、頭冷やしてよく考えてみれば、第三者からの意見ほど的確な指摘はないんだよ。

 これを受け入れるか否かによって、種の存続が決まる。

 今、あんた達の郷がこの分岐点に立たされているんだ。

 そこを考えないと間違いなく死ぬよ…。」


「カズ様、私からもよろしいでしょうか。」

「ディートリヒか。いいよ。」

「レルネ様なら気づいておられると思います。

 カズ様がご自身を呼ばれる時、郷に入る前までは“自分”と呼んでおられた事を。

そして今は“俺”に変わっております。

これは、カズ様が本気でここに居る皆さんを助けたいと、ご自身のすべてをみなさんに見せていることでございます。」


うわ。“俺”って言ってたのか…。

ディートリヒさん、そんなところを聞いていたんだ…。


「私からも一言。

 お館様は、私を妖狐族だと分かった上で愛してくださいます。

 私どもは千年生きます。

 お館様とは数十年と仰られます。

 でも、例え私が千年生きようと、お館様と過ごした数十年は私にとっての宝です。

 その宝を糧として生きる決意をいたしました。」


 うわ、これも重い…。

でも、嬉しいよ。泣きそうだ。


「すまない。ディートリヒ、ナズナ。そしてありがとう。

 俺は、レルネさんやベルタさん、そしてここに住むヒトが郷をどうしたいのか、自ら考え実行してほしいと思う。

 その考えで進み、例え死んだとしても後悔してほしくないだけなんだ。」


「・・・ください。 ・・・けてください。」


 ベルタさんが嗚咽しながら、何か言っている。


「・・すけてください。助けてください…。

 私たちではどうしようもできないことは分かっているのです。

 私たちは弱い種族ですから、隠れて生きているんです…。

 どうか、助けてください。お願いします…。」


 ベルタさんが土下座している。


「レルネさん、こう言っているが、上位種族のあんたはどうする?」

「儂も今回の事については何の考えも浮かばん。すまん。イチ。助けてもらえないだろうか。」


それじゃ、最終の詰めに入りますか。

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