3-25 命がけの魔法

 俺とディートリヒは1番目の壁に向かう。


まだ戦っているヒトもいるが、己のレベルを熟知した者だけが残っている。中には炎戟のメンバーも居る。


「ディートリヒ、これまで俺を支えてくれてありがとな。」

「カズ様、何を言いますか。まだまだこれからですよ。」

「そうだな。まだまだできることをやるだけだな。」

「そうですよ。」


 俺たちは1番目の門に向かう間、左翼で攻防を繰り返しているヒトを門まで戻れと誘導する。

マナポーションを飲みながら、光輪とエアカッターを交互に投げつけていく。

ディートリヒも、近くに寄って来る魔物を一刀両断にし、覇気を出し戦っている。


「シェルフールで討伐している皆に告げる。今戦っている場を離れ、門の中に移動せよ。そして、街に入った魔物の討伐を第一とせよ。」


 お、レルヌさん、ちゃんと伝えてくれたようだな。

おそらく結界も張ってくれたんだと思う。

これで、街の中は大丈夫だ。惜しむらくは誰も死んでないことを祈る。


「ディートリヒ、大丈夫か?」

「はい。カズ様。」


 いつの間にかディートリヒの鎧も切り刻まれており、お気に入りだったフランベルグも折れていた。


「果てる時は一緒ですよ。」


 彼女は寂しそうに、でも満足気に笑顔で笑う。


「ありがとな。でも、俺はまだ負けていないよ。」


 マナポーションをぐびぐびと3本一気に飲み、1番目の壁に立つ。

うぉ…気持ち悪い…。

横にはディートリヒを従える。


 外壁の上を見る。

そこには、伯爵とレルネさんが立っている。

 俺は一礼し、魔物の方を見る。


 索敵をかけると、左翼からの進行は多いものの強い気配は無い。寧ろ中央奥に嫌な気配を感じる。


 そこまでの距離を計算する。

半径500mを範囲とすれば、ほとんどの魔物が射程内に入る。

問題は魔法を撃つ範囲が広くなればなるほどマナを使う。下手をすれば死に至る…か。


 今度は意識を失うだけでなく、完全にお陀仏になる可能性もあるが、俺一人の命がシェルフールの市民を守ることができれば惜しげもなくくれてやろう。

 あ、俺、この街に何人住んでるのか聞いてなかったわ。

まぁ良いか、それくらい価値があるって事だよな、と一人で納得する。


「ディートリヒ」

「はい、カズ様。」

「俺は、これからデカい魔法を撃つ。でも、その後どうなるか分からない。もし、撃ち損じてしまったなら、炎戟のミレアさんかレルネさんを頼り後始末をお願いしたい。」

「分かりました…。もし撃ち損じがあったとしても、私がカズ様を守ります。」

「分かったよ。でも無理と思ったら逃げる事。いいね。」


 どうせ逃げないんだろうなぁと思いながら、その対応に幸せを感じる。


「ディートリヒ、もし生き延びることができたなら、結婚してほしい。」

「イヤです。」


 へ?


 ありゃ?


 即答なんだけど…。ここはYESの場面じゃないのか?


「私はカズ様の妻という立場よりも、いつもお傍に居られる存在になりたいのです。 

 ですので、今のままでお傍に仕えさせていただきたいのです。」


 感動です。こんな健気な思いをさせてしまっているんだ…。

俺がもっとしっかりとしなくては…。


「分かった。じゃ、これからもよろしくね。」


 俺はディートリヒにキスをした。

まぁ、公衆の面前で…という気持ちもあったが、俺の気持ちがそうさせたのだ。

ディートリヒはとろんとした顔になるも、キスの後俺の左腕に寄り添う。


「ディートリヒ、これから魔法を撃つ。俺を支えてくれ。」

「分かりました。カズ様。」


 腕に寄り添っていた身体が一旦離れ、俺は両手を上に突き上げる。

それと同時にディートリヒは身体にしがみつく。


 半径500m、中心は大体あの辺りだ。

そこを中心に、すべての魔物に攻撃が当たるものは何か…。そうだ雷だ。

上昇する氷や水と下降する氷や水が衝突し静電気を発生し放電する…。それを大規模に発生させるというイメージで念じる。

 すると、上空に暗雲が立ち込め、風も吹き始める。


 雲の中で放電が繰り返されている。俺はここぞというタイミングで最大限のマナを込め念じ、叫んだ。


「逝けーー! “インドラ!”」


ゴロゴロを音を立てていた雲が、にわかに活性化し一気に放電した。



 幾千もの光が地上に落ちた。

 光が落ちた先には魔物がいた。

 数千ボルトもの電圧が魔物の身体を貫いた。


さながら数千匹の金色の龍が地上に落ちた、そんな風景だったであろう。


 すべての魔物が消失し、大地が瞬時に焼けただれた。

 焼けただれた地は熱を発し、その熱が上昇し雨雲を作る。 

 程なくして雨が降って来た。

 雨は熱くなった大地に落ちると蒸発し、また空に戻っていく。


 その風景を見ていたヒトはこの地に起きた惨劇に動けず、言葉を発せられない。

 ある者は、その風景を神が下した裁きだと感じたであろう。

 ある者は、光の斬撃が地上の終わりを告げたと感じたであろう。

 ある者は、偶然天災が発生したと感じたであろう。


 しかしながら、眼下に広がる光景を目の当たりにした人々は、これが惨劇以外の何物でもなかったと感じたのではなかろうか。



 伯爵さん…、早く鬨の声を、皆を誘導してあげてくれ…。

声も出せず、虚空を見つめる俺を見て、ディートリヒが叫ぶ。


「伯爵様、早く鬨の声を! そして街に入った魔物の討伐を!」


そうだよ、ディートリヒ…。それで良いんだ。


俺の傍でしっかりと支えてくれたな…。ありがとう…。

あぁ、伯爵さんの鬨の声を聞きたかったなぁ…


 頭の中には『マナが枯渇しました。危険な状態です。』といったアナウンスが何度も繰り返されていた。



「はぁ、ニノマエさん、またお越しいただくとは…。」


 4度目の白い世界で正座させられていた…。


「昨日の今日で会っていただいても…。」

「いえ、お会いしたのは数日前です。」

「言葉の“あや”です!」

「すみません…。」

「本当にあなたって人は…。世話の焼けるヒトですね。見ていてハラハラしますよ。」

「ありがとうございます。あ、先日また特別なものをいただきありがとうございました。」

「はぁ…、あなたは本当に興味深いヒトですね…」

「そうですか?」

「そうですよ。」


 頬をポリポリと掻いた。


「で、ニノマエさん、今回はえらい事をしましたね。」

「そうかもしれませんね。でも、自分は後悔なんてしていませんよ。多くのヒトを助けることができましたからね。」

「そうですね。歴史が変わった瞬間でした。そして文化も生まれようとしていますね。」

「え?それはどういう事ですか?」

「ふふふ。 それは実際にニノマエさんの目で確かめられた方が良いと思いますよ。」

「それでは、また帰れるんですね。」

「そうそう帰れるものでは無いのですが…、でも、ニノマエさんは死んでいませんから大丈夫です。」

「あ、自分、死んで無いんですね。良かった。」

「そうですね。

 それと、あなたの傍にいる女性を大切にしてあげてくださいね。彼女、ずっとあなたの傍を離れようとしていませんから。」

「ありがとうございます。自分も彼女に何かしてあげることができないかと考えています。」

「ふふふ。ニノマエさんらしいですね。

 では、少しアドバイスをしましょうか。

 あなたの特典は創造魔法です。創造とはニノマエさんが考える、いえ、感じれば発動します。感じることができれば、その魔法は彼女にも伝わるでしょう。

 では、また会いましょうね。」

「ラウェイン様、また今度ゆっくりとお話ししましょう。」



 俺はゆっくりと目を覚ます。気づけばどこかの天井だった。

しかし、立派な部屋のようにも見える。

ここはどこだ?


 周囲を見渡すと、ベッドの脇で寝ているディートリヒを見つける。


「ディ、ディート…リヒ…。」


うん、完全に寝てるね。少しそっとしておいてあげよう。

俺は、身体を起こそうとするも、身体を持ち上げることができない。

ありゃ?身体が重いぞ。全く動かない…、身体が鉛以上の重さに感じる。


でも、少しずつではあるが、感覚が戻ってくる…。

どれくらい経ったかは分からないが、指、手、腕と動かせるようになった。

腕を動かし、横で寝ているディートリヒの頭を撫でた。


ディートリヒはビクッとし、飛び起きる。


「カズ様、お目覚めになられましたか…。」

「いろいろと心配かけたね。」


ディートリヒは途端にポロポロと涙を流し始めた。


「良かったです。もう目を覚まさないのではないかと心配していました。」

「そんなに眠っていたのか?」

「はい、2日間…。」

「そうか、心配かけたね。」

「いいえ、こうして目を覚ましていただけただけで、嬉しいです。それでは皆にカズ様が目を覚ましたことを伝えてまいります。」

「あ、ディートリヒ。その前に一つお願いがあるんだけど…いいかな。」

「はい。何なりと。」


「トイレに行きたいから、手を貸してくれないかな…。」


 ここは抱きしめて、お互い生きている事に喜びを共感するって場面でしょ!


なんて、声が聞こえたか聞こえないかは知らないが、良い雰囲気がまる潰れとなった瞬間だった。

おっさん、夜中に何回もトイレに行くんだよね…。もう我慢の限界でした。

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