2-13 はじめまして

 翌朝、少し目覚めが悪い。

おっさんだから、朝、目が覚めるのは早いんだが、何故か昨晩は寝付けなくて…。


初・体・験…。


“人生初となる奴隷の購入”という珍事に見舞われたものだから、罪悪感というか、高揚感というか…。いろいろ考えるところがある訳です…。


 これまでの世界では人身売買は国際的にも違法であり、そんな事は許されないものだと知っている。人の存在価値をどう見るのかということになるのかもしれないが、正直よく分からない。

飢餓、貧困に苦しむ国ではどうなのか?裕福な家で働き、衣食住を保証されれば死ななくても済むのでは…、なんて政治家でもないのに、いろいろと考えさせられてしまう…。


 朝食を軽く取り、10時近くになってから行動を開始する。

カルムさんのお店に到着した。


 ここに来るのは3日連続だ…。さすがに黒服のボディガードさんも俺の顔は覚えてくれたらしく、すぐに店の中に案内してくれる。でも相変わらずの無愛想で、とても怖い…泣きそうです。


 程なくしてカルムさんが入ってくる。


「ニノマエ様、おはようございます。彼女も既に目を覚ましていますので、すぐにご案内いたします。」


愛想のよい笑顔で彼女の部屋に案内してくれる。


「ニノマエ様、今回は良いお買い物をされたと思いますよ。」


何をもって良い買い物というのか?と思いながらも、彼女が完治していることを祈る。

部屋に入ると、彼女は既に包帯のようなもので覆われておらず、彼女の全容が分かる。


「お?!」


 ベッドに腰かけている姿は、昨日までの浮腫んでいる彼女ではなかった。年齢は20代後半くらいか、昨日カルムさんが準備してくれた服を着こなし、金髪のセミロング、お嬢様のような雰囲気でもあり、キリっとした目もとがどことなくグレース・ケリーに似ている。うん。服も似合っている。


「ニィノマェしゃま…こにょたびはわたくしゅをこうぬうしゅていしゃしゃき、ありがとぉごじゃいましゅ」


 澄んだトーンではあるが、少しハスキーな声がたまらない。まだ呂律がしっかりしていないが、昨日よりはだいぶしゃべる事に慣れてきている。


「うん。いろいろと助けてもらうことも多いと思うけど、よろしく頼むよ。」


 彼女はスッと立つと、背筋を伸ばし俺に一礼した。

あ、良い買い物って意味がなんとなく分かってきたわ…。カルムめ、そういう目で見てたか…。


 身長は165㎝くらいだろうか。スラっとしており、いかにも騎士ですといった立ち方である。元の世界でいえば、大企業の社長秘書みたいなスタイル。とても綺麗、好みだわ。ゲフンゲフン…。


「いろいろとご迷惑をおかけしました。あ、一つ忘れていました。奴隷税は確か購入したお店に支払うこととなっていると思いますが、何時お支払いすればよいですか?」

「いえ、初年度は購入金額の中に含まれておりますので、ご安心ください。」


 ってことは、奴隷税は年金貨1枚だったから、彼女は金貨2枚ってこと???


「ニノマエ様、これでこの奴隷はニノマエ様が所有されたことになります。この度はご購入いただき、ありがとうございました。」


カルムさん、思いっきり営業スマイルだよ。


いろいろと考え始めると混乱してくるので、お礼を言って早々にカルムさんの店を出ることにした。


 次にどこに行くべきか?

これから彼女と衣食住をともにする訳だから、衣類は必要だな。それとギルドの依頼もあるから、冒険者登録と防具の購入か…腹は減っていないかな?。

彼女に聞いても「お任せします。」ということだったので、先ずは生活用品を買うため、服屋に行く。


「これから、君は自分と一緒に冒険者として生活していくことになる。例えばギルドの依頼でダンジョンに入るかもしれないし、遠くに行かなくてはいけないかもしれないので、できれば冒険者用のインナーを数着、あと普段着も数着購入しよう。」

「わかいましゅた」


 お店に入り、店員さんに彼女を紹介し、冒険者用のインナーを3着と普段着を3着分見繕ってほしい事を伝えた。

店員さんが彼女を拉致って行き、俺は店員さんが用意してくれた椅子に座り、ぼーっと外を眺める。

これまでの世界でもこんなことがあったなぁ~と思いにふける。

妻と娘が服を買いに、そして俺がドライバー兼荷物持ち…。女性陣が服を購入するときは、最初は店内をぐるぐる回ってはいるものの興味が無いからものの数分で店内の探検が終わる…そうすると暇になる。

着ている服は無頓着で一年中ジャージで過ごしていた。ファッションセンスなど皆無。「ファッション?何?それ?おいしいの?」と真顔で言えるくらい、俺とは相反する存在だ。なので、毎回店の外で待っているか、周りに起きる人生劇場を傍観するのがいつもの行動パターンだった。

この世界に来ても全く同じだった。でも、何かを変えたいと思う自分もいる。少なくとも、羞恥心も若い奴らよりも無い…。ここらで一つ変えてみようか?

そんな思いで、もう一度店内を見回ることにした。


 結果? そう…。結論から言えば、“店員さんの目という魚雷”により、ものの一発で撃沈したよ…。


「ここは男子禁制!専門的なことはこちらに任せて、男はすっこんどれ!」という目からビームを出しているので、すごすごと肩を落としながら店の外に出ようとした時、店の奥から声がした。


「あのぉ…。ごしゅじんしゃま、おねがいしゅたいことがありゅのでしゅが…。」


彼女が赤面しながら俺に何か言おうとしている。


「どうした?」

「できれば、しゅたぎもかってよいでしゅか…?」


 しゅたぎ? あ、下着か。ごめんね。俺おっさんだから、そんなところまで気が回らなかった…。


「こちらこそ、気が付かなくてごめん。構わないよ。できれば数着買っておいてね。」


 俺も赤面しながら彼女に伝え、店の外に出ていった。


1時間くらい経った後、店員さんが外で休んでいた俺に声をかけ、店の中に案内された。

 カウンターには冒険者用のインナー3着、アースカラーのズボン(パンツ)2つとアイボリーのフレアスカート、白と黒ブラウスに七分袖のシャツ、それと“かぼちゃぱんつ”にタンクトップが数着置いてあった。


 うん。大体これでそろったかな?と思いながら、何故か白のブラウスに目が留まり、俺はおもむろに店員に話す。


「すまんが、この白いブラウスに合う黒のズボンが欲しい。できればズボンはダボっとしたのではなく脚のラインが出るようなものでスリムなやつで。」


 おう! 齢52にして、大人の階段を一段上ってやったぞ!生まれて初めて俺好みの服を注文した!

だって、白のブラウスがあれば、黒のパンツスーツでしょ?秘書さんですよ。秘書さん!

この世界に黒縁の眼鏡があるなら、ぜひ! ゲフンゲフン…。


 店員さんは、少し怪訝そうな顔をしつつも、すぐに営業スマイルに戻る。

その営業スマイルの中には、「こいつ、何プレイするんだ?」といった下衆な思いを含んでいたのかもしれないが、敵も天晴、そんな事をおくびも出さず、彼女に似合うパンツを準備した。


 しめて大銀貨1枚と銀貨7枚。相場なんて分からんし、こんなものだろう…。ここは漢気だよ。

「釣りはとっといて。」と大銀貨2枚渡し、店を後にした。

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