1-16 越後屋、お主も悪よのう…
「そう言えばトーレスさんのお店は、バッグを売っておられるのですか?」
いろんな鞄があったなぁ。
「左様でございます。トーレス・アルバートのバッグは、この国では結構有名なんですよ。ニノマエ様もおひとついかがですか?」
「あぁ、そのうちに買わせていただきますよ。で、バッグはどういった素材があるんですか?」
革だもの。牛、豚、馬いろいろあるんだろうな。
「大きく分ければ家畜と魔獣の皮でしょう。家畜は牛や馬などが使われています。魔獣はさまざまで最も高価なものはドラゴンでしょうか。」
おうふ! この世界にはドラゴンがお住まいになられているのですね。
遭わないよう、静かに過ごさせていただきます。
「魔獣であれば、龍種が人気ですが、機能性から言えばトカゲや蛇も人気ですね。」
トカゲに蛇ですか…。
やはり、クロコダイルさんとかパイソンさんとかもいらっしゃるんでしょうね。
ん?蛇ですって?
「そう言えば、バジリスクって蛇もいるんでしたっけ?」
「そうなんです!バジリスクは軽くて丈夫な上に水にも強いことから、当店でも人気商品の一つなんです。
是非手に取って見てください。
おーい。誰か!」
トーレスさん、先ほどの血迷った表情ではなく、今回はしっかりと商人の顔になっておられますね。
部屋に来た店員に、既に冷たくなってしまったお茶を下げ、新しいものに取り替えることと、バジリスクのバッグを持って来るよう指示する。
その間、俺は時計の横についているボタンの説明をする。
直ぐには分からないだろうから、リセットボタンだけ教えておく。後は俺が普段使っている機能を教えておく。と言っても、単位そのものが違うと思ったので、短針と長針が何を意味するのかを教えようとすると、トーレスさんから時間は一緒であることを告げられる。そして、この街にも時計なるものが教会にあり、教会の鐘で時刻が分かるようになっていることを教えてもらった。
そうこうしているうちに、店員さんが温かいお茶と一緒にバジリスクのバッグを複数持ってきた。
「ニノマエ様、これがバジリスクのバッグです。バジリスクはご覧の通り落ち着いた色で水にも強いことから冒険者の間でも人気の商品となっております。ですが、なかなか素材が出回らないことから、希少な商品です。こちらの大きさだと金貨2枚、女性用のポーチも金貨1枚からとなっております。」
すごい金額だよ。バッグ一つで200万円…。誰も買えんよ。
「貴重な素材だからお値段も張るってことですね。」
「ニノマエ様は話が早い。左様でございます。素材が無ければ作れませんから。」
「おそらく、素材があってもこれだけの素材を活かしながらバッグにする製法にも拘っておられるのでしょうね。」
「そこまでの知識と眼力をお持ちであれば、ニノマエ様は冒険者よりも商人になられた方が出世されますね。どうですか?これから商業ギルドに登録でもしませんか?」
「えぇ、できればお願いします。でも商売はもう少し後から始めようかと思っています。」
「そうですか。さしあたり、何を商いされるおつもりですか?」
「いえ、まだ何も考えていませんよ。この街の事を見て感じて、何が必要なのかを見ながら、自分に出来そうなことから始めようと思っています。」
「左様ですか。流石ニノマエ様ですね。しっかりとした展望をお持ちだ。」
「ははは、買い被りすぎです。」
「ニノマエ様、謙虚さも此処までこれば嫌味にも感じますよ。」
入れ替えてもらったお茶を飲む。そして先ほど見せてもらったバッグを見ながら、ふと疑問に浮かんだことをトーレスさんに尋ねる。
「そう言えば、バジリスクの色なんですが、時間が経過すると茶色になるのでしょうか?」
「いえ、バジリスクは元来茶色ですよ。」
「え、自分が見たバジリスクは白っぽいやつでしたが…。」
突如、トーレスさんが立ち上がる。
「ニノマエ様、白いバジリスクですって! どこで見かけられましたか!」
血相変えた顔で俺に迫ってくる。
野郎に顔を近づけられても嬉しいもんじゃない。なので結論だけ言う。
「この街に来る前、森の中で野営していた時に襲ってきたから倒しました。」
「倒しました、ですって!!」
「ええ。」
「で、素材は?もしかしてそのまま置いてきたとか?」
「あぁ、自分意識が無くなっていたので、替わりに“ヤハネの光”のバーンが素材の剥ぎ取り処理をしてくれましたよ。」
「“ヤハネの光”ですね。分かりました。早速そいつらを捕まえてここに来させます。」
あ、だめだ。なにか違うモードになってるよ。
「トーレスさん、ちょっと待ってください。違うんですよ。」
俺は森の中で迷子になった事、“ヤハネの光”と出会い野営した事、夜中にバジリスクが襲ってきて、そいつらを倒したが、マナ不足になり気を失った事。朝起きたら“ヤハネの光”が素材の処理をしてもらった事。そして何より、俺がアイテムボックス持ちであり、素材を今も持っていることを告げた。
トーレスさんは、時には目を輝かせ時にはフンスカ興奮しつつも、俺の説明が終わると、矢継ぎ早に話を繰り出す。
「で、ニノマエ様、そのバジリスクの素材を当店に卸していただくことは可能ですか?いえ、その前にその白い皮とやらを一度拝見させていただいても…。いや、こんな経験は人生一度きりになるから、家族、店員、全員で拝ませていただいた方が良いか…。」
トーレスさん、あなたもですか…。興奮しすぎて残念なヒト化してます…。
それに、拝むってどんな信仰なんだ…?。
あ、これまでの世界でも白蛇信仰とかあったような…。
どうやら残念化するヒトには免疫がついたようで、俺は相手が残念化すると冷静でいられるようだ。
「トーレスさん、少しよろしいですか。」
「はい。」
「トーレスさんがおっしゃる白いバジリスクをここでお見せしたとします。しかし、自分は今日冒険者登録したばかりのおっさんです。そんなおっさんがバジリスクを倒し、素材をトーレスさんに売ったって話を誰が信じますか?」
「あ、誰も信じませんね。」
「そればかりか、この素材をどうしたんだ?となって、いろいろな機関が動くことになると思いますよ。そうすると、トーレスさんにもあらぬ疑いがかかるやもしれません。」
「その通りですね。」
残念化したトーレスさんですが、もう冷静になっております。
「では、私が裏ルートで仕入れたことにすれば良いのでしょうね。」
「そうかもしれませんが、それだけでは足りません。」
「まだ何かありますか?」
「白いバジリスクで作ったバッグなどは、トーレスさんが真に信頼できると思われた方だけに販売される事です。信頼という名のバッグにするんです。」
「信頼に値する人物のみに売るのですな。なるほど。流石ニノマエ様、あなたは私よりも商才があるようですね。」
「いえいえ、そんな事はございません。
それと、白いバジリスクの素材についても、秘伝と言いましょうか、トーレス商会の宝と言いましょうか。先ずは部下の中でも最も信頼できる人物にしか見せないようにしてください。
そうすることで、商会の宝を見せてもらえた人はトーレスさんからの信頼を得ていることが分かり、さらに信頼のおける人物になっていくでしょう。残念ながら見せてもらえなかった店員は今後見せてもらえるよう奮起し、信頼を勝ち取る努力をすると思いますよ。」
「ニノマエ様は、本当に商才がおありなんですね。」
俺に商才があるとは思えない。
でも、ヒトを信じたいと思う気持ちにウソはない。もし、自分が信じた人物が裏切ったら、それはヒトを見る目が無かった…。それだけの事だと思う。
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