第50話「で、でででデヱト!? 何ですかそれ新しいスイーツですかー!?」①

ウチはリュドヴィック様に手を引かれ、中心街への裏道を歩いていた。両脇には住宅の裏側の壁が立ち並んでいて薄暗い。

ふと、ウチは先ほどの事を思い返してみた。うん、いくらブチ切れたとはいえ、どう考えてもやり過ぎたと思う。

あの言動も、どう考えても貴族令嬢らしくないし、幻滅されたよなぁ……。

けど、前を行くリュドヴィックはどう見ても上機嫌だった、何故だ、わからん。


「あの、どこからご覧になっていたん、ですか?」

「ん? 何を?」

ウチの質問に振り返るリュドヴィックの顔は、満面の笑顔だった、わからない、どうしてそんな顔ができるんだろう。


「ですから、先ほど、のお店で、私が、何をしていたか、ですけど」

「うん、君があの男をシメ上げて、啖呵タンカと共に、蹴り出した所から、かな?」


はい、だいたい全部見られてましたー! 顔が熱い、穴があったら入りたいってこういう感じなのか、いや本当に入りたいんですけどー!?

今の自分は貴族令嬢として取りつくろえるだけで、中身は半分ギャルなのは、むしろ胸を張れるけど、いくら何でも一番見られたくない所を見られてしまった。


「格好良かったなぁ」

「えっ」


ウチは思わず足を止めた。今、なんとおっしゃいました? 聞き間違えたかな?、格好良いって?

同じように足を止めていたリュドヴィック様がウチの方に向き直った。


「僕もね、子供の頃よく言われたんだよ、『王子様はお飾りなんだから何もするな、王宮の奥にひっこんでいろ』ってさ。

 たまにはあんなふうに言いたい事言って、相手を蹴っ飛ばしてやれば良かったんだなぁ」


そう話すリュドヴィック様の顔は、初めて会った時の、あのどこか寂しそうな顔だった。

思わずリュドヴィック様の手をつかむ力がゆるみ、つないでいた手がウチから離れた。


「あの、軽蔑とか、幻滅とか、したりしないんですか?」

「まぁ、ちょっとびっくりしたけど、君は君だろう? むしろああいう裏表がない方が、僕は好きだな」


リュドヴィック様の言葉を聞いているうちに、自分の中の何かが溶けたような気がする。

あぁ、この人は、ウチの事を受け入れてくれるんだ。何となくそんな気はしてたけど、それでも心の底ではずっと不安だった。

『貴族らしくなくても、よかったんだ』


いつの間にかうつむいてしまっていたので、ふと前を向くとリュドヴィック様が手を差し伸べてくれていた。


「どうしたの、早く行こうよ」

(どうしたの、早く行こうよ)


思い出の中の、最初に会った日の、幼い頃のリュドヴィック様の声と重なる。

あの時のウチは何もできなかった。けれど、


もう、間違えたく、ない。


「はい! 行きましょう! リュド!」


私の返事にリュドヴィック様は一瞬驚いた顔をすると、にっこりと笑って、私を引っ張って行ってくれた。よし、私も走る!

さぁ、前世も含めて、人生初デートの、始まりだ――!



薄暗い路地裏を抜け、明るく華やかな大通りに出ると、気分は最の高に沸きまくり、わけも無くテンアゲのままに街を2人して走った。


とはいえ、2人して走り出したはいいものの、どこか目的地があったわけでもなかった。

元々貴族女性で体力の無い私は、そのうち息が切れてきたので足を止めると、

目的地も決めていなかった、と言うのにお互い気づき、思わず声を上げて2人で笑った。


なんだこれ、物事って、どうしてこうも物語みたいに綺麗に行かないんだろう。

ウケる、どうしようもなくウケる。ウチはリュドヴィック様と2人して大笑いした。

ひとしきり笑うと、リュドヴィック様が目じりに浮かんだ涙をぬぐいながら口を開いた。


「と、ところで、こういう時って、どこに行けばいいのかな?」

「ええ!? リュ……リュドも何も考えていなかったの!?」

「うん、何も? 何しろ、女の子とこういう事するの、初めてだから」


マジかー、ウチの家でお茶してる時とか結構色々ちょっかい出してくるし、色々手慣れてる感あったからてっきり……。

さぁどうしよう、ウチもこんなん経験無いからわからんぞ。

よし、考えても仕方ないな! とりあえずぶらぶらしよう!


「じゃあ、どうせ何の計画もしてないんだから、2人で王都を歩きましょう」

「そうだね、それがいいかな。気になる所があったら言ってね?」


こうしてウチらは、有言実行で特に目的も無くブラブラと歩き始めた。そういえばこんな形でリュドヴィック様と歩くなんて初めてだ。

うーむ、しかし改めて見ると、やっぱりカッコイイよなぁ。

変装の為に肌の色が濃くなったり髪は黒くなってるので、異国情緒も加わって顔立ちの良さが余計に引き立ってしまっている。

通り過ぎる女性がチラ見していく気持ちがよくわかる。


とはいえ、今はそれだけでも無いわけでして。


「あ、ローズさん、この間はありがとうございました!」

「ローズさん! 服を選んでいただいてありがとうございました!」

「おー! ローズっち! さすがいい男連れてるわねー!」


などと店で顔なじみになったお客様とやたらに顔を合わせるわけでして。


「人気者だね、”ローズ”は」

「ちょっと……、調子に乗って目立ち過ぎました……」


まずい、これではお忍びのデートとはとても言えん。

そう思っていたら、リュドヴィック様が突然つなぎっぱなしの手を引いて一件の店の前に立ち止まった。

そこは王都でも有名というか、高級寄りの喫茶店で、ウチも噂は聞いた事がある。

リュドヴィック様は無言で店の中に入り、店員に一言二言話しかけると奥の個室へと案内された。

店内はまるで貴族の応接室のように豪華に飾り立てられており、お仕着せ姿の給仕の女の子がしずしずと歩いていた。

なんというか……、超本格的でお固いメイド喫茶?


「ここなら、邪魔は入らないだろう?」

「まぁ、それはそうですけど……ここ、高くないですか? しかも個室ですよ?」

「せっかくのデートなのに、これ以上ロゼを他の人に見られたくないからね、

 これくらい良いだろう?」

「……もう、しょうがない人ですね」


うわ何この甘酸っぱい感じ……。

でも確かに、誰も見ていない部屋で二人きり、というのは新鮮で良いかも。窓からの景色も、人目に触れないよう生け垣に覆われている。

席に着くと、すぐに紅茶とケーキが運ばれてきた。それを食べながらの会話もなんだかゆっくりと時間が流れている気がする。


「僕はこういうケーキはあまり食べた事が無かったんだけど、美味しいね」

「ええ、私もあまり食べた事がありません。『太る』とか言われて中々作ってもらえないんですよ。

 リュド……、自分の事、『僕』って言うのね?」

「ん? どっちかと言ったらこっちの方が地だよ? 僕はそんな立派な王太子サマじゃないんだ。

 一生懸命、無理してるんだよ、必死に、王子様を演じてるんだ」

「えっ……」

「そんなに意外かな? 僕はわりとダメ人間だよ? 本音を言うとね、君の家に転がり込んで、ずっとあそこで暮らしたいくらいだ」

「マ!? いえ、あの!?」


リュドヴィック様の顔は真剣だ、冗談を言ってる様子は無い、そういえばリュドヴィック様はウチの家ではもの凄く伸び伸びとしているように見える。

あの家は自分で言うのも何だけど、慣れすぎて王太子様を王太子様とも思ってないような所があるし、それが心地良いのかもしれない。


「そういう事を言ってくれたの、初めてですね、っていうか、良いんですか? そんな事言ってしまって」

「変装してる時くらい、お互い本音を言っても良いじゃないか、今の僕らにとって、あの王太子と侯爵令嬢は、全くの別人なんだしさ」


今のウチには本音を話してくれる、かぁ、なんか嬉しいかも。

普段私との距離が妙に近いのを周囲に見せつけるのは、余裕の無さの表れなのかもしれない。

そういえば今は隣に座って来たりはしていない。その”本音”を、ちょっとは信じてみても良い、のかな。


ウチはテーブルの上のリュドヴィック様の手に、なんとなく自分の手を近づけてみた、リュドヴィック様もそれに気付いて、そっと、ウチの指先に指を当ててくれる。

そのままお互いに黙って時間が流れる。何か喋った方が良いのだろうか、何を言えば良いのか、わからないし、何も言わないほうが良いのかもしれない。


すると、扉をノックする音が聞こえて来た。思わずビクッとして手を引っ込めてしまったのだが、扉の向こうから声が聞こえる。


「お客様、大変申し訳ございませんが、そろそろお時間の方が……」


思っていた以上に時間が経ってしまっていた。その声に、ウチは何だか気恥ずかしくなり、つい身支度をしてしまう、リュドヴィック様も似たような感じだった。

会計を済ませてもらい、また王都の通りを歩いても、今度は手をつないでいてもお互い無言だった。

なんだか、さっきの喫茶店で、無言だったのに山ほどお話を終えたような気分だったからだ。


本日夕方7時ごろにも更新いたします。ご注意下さい。

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